リリアンナ・セフィールと不機嫌な皇子様

束原ミヤコ

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遺跡探索と雪解けの春

フィオルド様の苦悩 1

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 きつく抱きしめられると、身を沈めているお湯がゆれた。

 皮膚が重なり合うのが、より鮮明に感じられる。

「リリィ、すまない。私はお前に……触れたいと思ってしまった。邪な気持ちは抱かないと自分を律しているのに、所詮私も獣の子なのだろうな」

 自嘲するように、苦しそうにフィオルド様が言う。

 フィオルド様に大切にしていただけて、私はふわふわとずっと幸せなのに、フィオルド様は辛そうだ。

 どうしてなのかしら。

 よくわからないけれど、知りたいと思う。
 私はフィオルド様からずっと逃げていたから、その溝を埋めるために、今はたくさん、フィオルド様のことを教えてほしい。

「どうして、です? 私、嬉しいです。……でも、フィオルド様は、お嫌なのですか……?」

 自分で口にしたらすこし悲しくなってしまった。

 好きだとおっしゃってくださったのに、やっぱりあれは婚約者としての義務として、だったのかしら。

 そうよね、こんな悪女顔の無愛想な女に魅力なんてないわよね。
 フィオルド様は私にその、なんというか、欲望を抱くことを、間違っていると感じているのかもしれない。

「嫌なわけがない。私は……お前を大切にしたい。それなのに、思いが通じた途端にお前に触れたいと思うのは、獣と同じだろう」

 フィオルド様は、すぐに私の感傷を否定してくださった。
 涙の膜のはった瞳で、私はフィオルド様を見上げる。

 フィオルド様は私のほしい言葉をたくさんくださる。
 だから私は嬉しくて、幸せで、私ばかりが幸せで。

 同じぐらい、フィオルド様も満たされてほしい。

 私でよければ、フィオルド様に全部をさしあげたい。

「そんなこと、ない、です。私はフィオルド様に……たくさん、……触ってほしい、です」

 恥ずかしいけれど、辿々しい言葉で伝えることができた。
 それに、欲望とは無縁そうに見えるフィオルド様が、獣なんて、ちょっと素敵って思ってしまった。

 私も年頃の乙女のはしくれ。婚約者の男性に、獣のように求められたい気がしないでもない。

 しないでもないというか、すごくする。

 リリィ、我慢ができない、とか言われて襲われてみたい。人見知りの私でも、妄想ぐらいはする。妄想は自由よね。

 そこから先のことはよく知らないけれど、男性とは我慢ができなくなると好きな女性を押し倒すものなのよね。
 私にもそれぐらいはわかる。

「だが、私の父は……」

「皇帝陛下のこと、よく知りません。……でも、私は、フィオルド様が好きです」

 好きって、言えた。
 声が震えてしまったけれど、ちゃんと伝えることができた。

 気持ちを伝えるのは、怖い。

 だって、受け入れていただけるかどうか、わからないから。

 けれど、伝えられることは幸せだと感じる。
 受け入れていただける可能性があることを、今の私はわかっている。フィオルド様が私を大切にしてくださっていることが、信じられるような気がするから。

 だから、軽薄かもしれないけれど、身勝手かもしれないけれど、私はフィオルド様が、好き。

 皇帝陛下のせいでフィオルド様は悩んでいるみたいだけれど、フィオルド様は皇帝陛下じゃないもの。

 たとえ、皇帝陛下とその妹姫だった私のお母様の仲が良いものではなかったとしても、私たちには関係ないのではないかしらと思う。

 詳しい事情をどこまで尋ねて良いのか分からないけれど、私はフィオルド様に、苦しんでほしくない。
 抱きしめていただくのも、キスしていただくのも、それから、体に触れていただくのも、怖くない。

「リリィ……」

 フィオルド様は艶やかな声で私の名前を呼んだ。
 いつもと違う熱を帯びた声音を聞くだけで、遺跡でのことが脳裏をよぎって、心臓の鼓動がうるさいぐらいにはやまった。

「……髪と体を洗おう。魔力が枯渇している状態であまり長湯すると、湯あたりしてしまう」

 熱を帯びた声はすぐに冷静なものへと戻った。
 よく考えたらここはお風呂で、ベッドルームとかではなくて、もっと触っていただきたいと思ってしまった私が、恥ずかしい。

「私、自分で……」

「嫌か」

「そ、そうじゃなく、て。ご迷惑を、かけたくなくて」

「迷惑などと思っていない。むしろ……こうしてお前と共に在れることが、嬉しい」

 密やかな声と共に、首筋に柔らかい感触がある。

 首筋を軽く噛まれて、甘く吸われると、くすぐったさと共にさざなみのような快楽が皮膚の上をはしる。
 まるで剥き出しの神経に直接触れられて、優しく口付けられているように、切ない。

「ん……」

「リリィ、落ちないように、つかまっていろ」

 口付けは一度だけで、フィオルド様は私を抱き上げて浴槽から出た。

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