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セフィール家での休暇と想起の夏
大混乱のち猛吹雪 2
しおりを挟むともかく私は、フィオルド様の手を両手で握りしめた。
「フィオルド様、痛いのは、よくないので……!」
「すまない、リリィ、余計な心配をかけてしまった。今のは、ひとときの気の迷いだ。気の迷いでも思わず頷きそうになってしまった。むしろ、よろしく頼むと、お願いしそうになってしまった。……待て、私は、一体何を……今の言葉は全て忘れてくれ……」
「フィオルド様、大丈夫なので、私、なんでもします、ので……フィオルド様が、お元気になってくださるのなら、私でできることなら、なんでも……」
「もうかなり元気だから、大丈夫だ、色々な意味で。落ち着け、リリィ、いや、私も落ち着け」
「その、あの、準備を、整えてきましたので……脱ぎます……!」
「脱がなくて良い、リリィ。いや、もちろん嬉しい。とても嬉しい。嬉しいのだが、まずは、誤解を解きたい」
「そ、その、フィオルド様のご趣味についての誤解、ということでしょうか……」
「趣味ではないんだ、リリィ……信用できないかもしれないが、私にはそのような趣味はない。……もちろん、お前の愛らしい姿を記録していつでも見ることができるというのは、とても魅力的なことだとは思うが、……それを魅力的だと感じるということは、趣味なのか? ……だんだん自分が信用できなくなってきたな……」
「私も、私も自分のこと、いつも自信がなくて信用できないので、同じですね、フィオルド様」
思いがけない共通点がみつかったことが嬉しくて、私は目尻の涙をふわふわのネグリジェの袖で拭うと、にっこり微笑んだ。
「……可愛いな、リリィ。もう色々、どうでも良くなってきたな……いや、よくない。リリィ、私が遺跡での記録を見ていたことには、理由がある。……今は話せないが、気になることがあって、確認をしていた」
「気になること……?」
「あぁ。……遺跡に放たれていた魔物の種類と、魔力の残滓について」
「魔力の、ですか……」
「あぁ。おいで、リリィ。落ち着いて、説明をしたい。床に座るのはよくない、私の隣に」
フィオルド様がようやくいつもの冷静な様子を取り戻して言った。
私はそういえば、フィオルド様の自死を止めるために、床に座り込むようにしてフィオルド様の腰にしがみついたんだった。そのまま床にぺたんと座っている。
客室の床には良くお手入れをされている毛足の長い絨毯が敷かれているので、痛くはないのだけれど、床に座るというのはあまり褒められた行為ではない。
私は立ち上がろうとしたけれど、考え直した。
私の頭の中で、ドロレスが「お嬢様、今がチャンスです。今頑張らずに、いつ頑張るのですか!」と応援してくれている。
ネグリジェの袖をぎゅっと握った。
それから、フィオルド様に向かって両手を伸ばした。
「そ、その、あの……だ、抱きあげて、欲しい、です……っ」
想定外のことが起こって戸惑ってしまったけれど、フィオルド様にとっても甘えたい気分だったことを思い出した。
だって、お部屋が離れてしまって、寂しかったのよ。
私だって年頃の若い女子だ。婚約者の素敵な男性に、甘えてみたい。
フィオルド様はかなり、かなり、すごく、私を甘やかしてくださっているけれど、自分から甘えるという体験を、してみたい。
ちょっと恥ずかしかったので、また泣きそうになってしまったけれど、なんとか泣かずに言うことができた。
潤んだ瞳でフィオルド様を見上げた途端に、フィオルド様の背後に猛吹雪が吹き荒れて――何かが、プツンとちぎれるような音が聞こえた気がした。
「……リリィ、限界だ」
フィオルド様の熱を帯びたいつもより低い声が、鼓膜を震わせる。
そうして私はあれよあれよというまにフィオルド様に抱き上げられて、リビングルームの奥にある寝室へと運ばれたのだった。
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