リリアンナ・セフィールと不機嫌な皇子様

束原ミヤコ

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セフィール家での休暇と想起の夏

 ドロレス・ヴェルダナはお嬢様の味方 2

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 扉を開くと、ドロレスを含めた数人の侍女たちが壁にへばりつくようにして並んでいたので、流石に驚いた。

「……何をしている」

「殿下! なんで部屋から出てくるんですか、殿下! お嬢様を一人にしたら駄目じゃないですか。お嬢様は中身は子ウサギみたいなものなんですよ、寂しいと死んでしまうんです。目覚めたら殿下がいなくて、寂しくて泣いちゃうリリィお嬢様。何それ、萌える。好き」

 私と目があったあと、ドロレスは私を咎めるように捲し立てて、それから、夢みがちに両手を握りしめてうっとりと言った。

 他の侍女たちも手を取り合って「可愛い、お嬢様可愛い」とはしゃいでいる。

 今まで侍女さえそばに置かなかったせいでよくわからないが、侍女というのはこんなに奇妙なものなのだろうか。

 確かに私の姿が見えずに、泣きながら「フィオルド様、どこ……?」と私を探すリリィを想像すると、心が震えるものがある。有り体に言って、ものすごく可愛い。

「殿下、今、そんなお嬢様は撫で回したくなるほど可愛いって思いましたね。奇遇ですね、私もです」

 ドロレスが満面の笑みを浮かべて言った。

 ドロレスの背後の侍女たちも「私も」「私もです」と手をあげて自己主張してくる。

 私は自然と皺が寄ってしまった眉間を押さえて、深いため息をついた。

「でも、殿下。可愛いお嬢様についての妄想合戦なら、私は殿下に勝てる自信がありますよ。なんたって、お嬢様がうまれてからずっと、おそばでお嬢様の成長を見守っているんですから。お嬢様の可愛さは全て知り尽くしています。でも、殿下! そんなお嬢様の可愛さをもっと引き出してくださりありがとうございます」

「……私は、お前に話があるのだが」

「情熱的にそして優しく、けれどときに激しく、お嬢様を可愛がってくださって、大変ごちそうさまと言いますか、その調子でよろしくお願いしますといいますか」

「話を聞け」

「はい」

 お嬢様、可愛い、と言いながら体をくねらせていたドロレスは、私の言葉に姿勢を正した。

 私は部屋から持ってきた記録石をドロレスの前に差し出して見せる。

「……先日、リリィと共に学園の管理下の遺跡に、校外学習に行った。そこで、リリィは魔物に襲われたのだが」

「まぁ、大変」

「その魔物は、遺跡には元々いないものだ。溶解スライムに、アルラウネ、触手ワーム。どれも、人間を捕食する性質を持っている。リリィは魔物に襲われて、魔力を奪われた。……その様子が、この記録石に記録されている」

「……なんてことでしょう……!」

 ドロレスはやや焦ったように見えた。

 やはり、魔物を遺跡に放ったのは――ドロレス・ヴェルダナ。
 辺境伯家の魔導士ならば、魔物を召喚することも操ることもできるだろう。

「記録石の記録を調べあげた。お前と似た魔力の残滓が、魔物たちから感じられた。……お前が、魔物を召喚して、リリィを襲わせたのか?」

「殿下、その記録石を私にください! どうか、どうか、後生ですから……!」

 ドロレスが私の前で膝を床について頭を下げたので、私は深くため息をついた。

「……信じたくはなかったが、やはりお前が。……リリィを襲わせて、命を奪おうとしたのか? 記録石は、渡さない。これには、リリィの……人には見せられない姿がうつっている。お前が罪を認めたのなら、これはもう必要ないものだ。誰にも見られないように、砕く必要がある」

「ど、どうしてそんなひどいことを……! 可愛いお嬢様の可愛い姿がうつっているのに、見せてもらえないとか、非道過ぎます……! これまでのご褒美に、記録石ぐらい貰っても良いじゃないですか、くださいよ殿下! 私にそれをください!」

「あまり、騒ぐな。リリィが起きる」

「そうでした。私としたことが。あまりにも欲しくてつい。……でも、殿下。その石、砕けますか? リリィお嬢様の可憐かつ淫らかつどこまでも可愛らしい姿が記録されている石を。リリィお嬢様のことを愛している殿下が砕けるのですか?」

「……それは、確かに……そうかもしれないが」

 リリィの姿が残っている石を砕くというのは、リリィを傷つけることのような気がする。

 躊躇う私の手から、ドロレスは記録石を素早く奪った。
 それから、侍女服の大きく開いた胸元の、胸の谷間に記録石を突っ込んだ。

「殿下、なんと私の方が殿下よりもずっと大人なので、悪知恵が働くんですよ。こうすれば、女性を傷つけることができない殿下は、手が出せませんね」

「……それは、卑怯だ」

「卑怯なんです、大人ですので。これは頑張ったご褒美にいただきます。魔物を召喚して遺跡に放ち、お嬢様をいやらしく襲わせた私の努力の結果、殿下とお嬢様の間の誤解が解けたわけですから」

「一体どういうつもりなんだ」

「どういうつもりも、何も、私はお嬢様の味方です。いつだって、お嬢様が可愛いんですよ。殿下とうまくいかないことを、お嬢様が悩んでいたから、助け舟を出したという訳です」

「……魔物に襲わせることが?」

「ええ、ええ、そうですとも。お嬢様の魔力はなんたって特別ですから、……普段は、私が守護をしているからご無事ですけれど、なんせ魔物に襲われやすくていらっしゃるんです。お嬢様の魔力、美味しいですからね。というわけで、それを利用して、殿下と二人きりの時に、思う存分魔物に襲われていただいたというわけです」

「何故そんな、危険なことを……」

「可愛いお嬢様の可愛い姿を見ていただけたら、殿下も素直になるんじゃないかなぁと思って」

「……私が?」

「ええ。だって、フィオルド殿下、ずっとお嬢様のことが好きだったでしょう?」

 ドロレスの言葉に、侍女たちが「初恋!」「甘酸っぱい初恋よね!」と、嬉しそうな声をあげた。

 なんだか居た堪れない気持ちになった私は、手のひらに顔を伏せて深く長く、息を吐き出した。
 


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