リリアンナ・セフィールと不機嫌な皇子様

束原ミヤコ

文字の大きさ
95 / 200
セフィール家での休暇と想起の夏

魔力封印の魔方陣 1

しおりを挟む



 人差し指をたてて、大切なことを話すようにして、ドロレスが生真面目な表情で口を開いた。

「良いですか、フィオルド様」

 その胸の谷間には、今はもう潜り込んでしまって見えないが、リリィの記録を残した記録石がうまっている。

 さすがに、手を突っ込んで取り出すことはできない。
 リリィ以外の女性に触れることは、リリィに対する裏切りだと思う。

 それに――触れたいとも思わない。

 私にとってリリィだけが、神聖で美しく可憐で、愛しい。
 それ以外の女性は、やはり、――あまり得意ではない。

「どこかのだれかのせいで避妊魔法なんて無粋な物が開発されてしまいましたが、ま、私もそれが悪いことだとは思いませんが、旦那様と奥様は、孫の顔が見たいのですよ」

「……魔力封じの魔方陣は、そのためか」

 ドロレスの言葉に、部屋で見つけた魔方陣について思い出した。
 相手の魔力を封じるというのは、対象の魔力量が多ければ多いほど難しい。

 私は――これでも一応は、セントマリア皇家の長男だ。

 弟のシリウスと共に、魔力量は、卓越した魔導士程度には多い。

 魔力制御の耳飾りは、魔力暴走を起こさないための守護として使用しているが、――魔力の扱いにも長けているとは思っている。

 リリィを前にすると、感情と共に在り余った魔力があふれてしまう自覚はあるが。
 そんな私に対してあのような呪いを施そうとするとは、よほど己の力に自身のある者しかできないだろう。

 確かに、魔方陣からは強い力を感じた。

 私の魔力と拮抗するぐらい――それでも、その効果をおさえつけることはできたのだが。

「さっすが殿下、評判通り優秀で聡明でいらっしゃいますね! 魔方陣を見ただけで、効果がわかるなんて。ということは、ばれましたね。ばれるように、わかりやすい場所においたんですけど」

「……私には、お前の行動が理解できない」

「言ったじゃないですか、私はいつでもお嬢様の強い味方。お嬢様のためとお酒と煙草と競馬のために生きる、侍女のドロレスとは私のこと。つまり、あれは殿下に対するメッセージなわけですよ」

「どのような意味があるんだ」

「つまりですね、避妊魔法なんて使わなくて良いのですよ……殿下、そのような無粋な魔法はおやめなさい……という天の声です」

「……まだ私たちは、正式に婚姻を結んだというわけではない。いや、その前にリリィを穢してしまったことが問題といえば問題なのだが。大変申し訳ないと思っている」

「なんて生真面目なフィオルド殿下。ただの侍女に謝る必要はないですし、旦那様と奥様の許可があるんですから、どうどうとしましょうよ。そして私にお嬢様のお世話をさせてください、御子様は絶対可愛い。私が言うんだから間違いありません」

「そういうわけには」

「避妊魔法は、女性側か男性側、どちらかにかけるものですよね。殿下の性格からして、絶対自分にかけていますよね。これでも私、ヴェルダナ家では一番優秀な魔導士と言われていたので、魔法については詳しいんですよ」

「魔物を召喚したり、操ったりすることは、並の魔導士ではできないからな」

「ええ、ええ、そうなんです。男性側に魔法を施した場合、精液は魔力へと変換されますよね。というか、疑似的な感覚のようなもので、代替として魔力を迸らせて絶頂感を得るとか。それは体によくありません。殿下、若いのですから、いくど果ててもただの疑似体験では、さぞやお辛いでしょう」

「……それは、女性が口に出して言うべき言葉ではないだろう」

「私ぐらいのレベルになると、羞恥心よりも好奇心。いかに可愛いお嬢様を眺めることができるのかに日々を費やしているので、ご心配には及びません」

「心配しているわけではないが」

「これ、女性側にかけた場合は……ちょっと非人道的なんですよね。皇帝陛下あたりは、そうしてるんでしょうけど。あ、今のは聞かなかったことに。口が滑りました」

「おそらくはそうなのだろうな。あの男が、己にそのような魔法をかけさせることを許可するとは思えない」

 口調がついきつくなってしまった。

 バルツスのことを話すと、嫌悪感が滲んでしまう。

 感情を隠すぐらいできなければ皇帝としては役立たずだろう。
 気を付けなければ。

「ともかく、フィオルド殿下。……お嬢様の体を魔力で満たし続けるとどうなるのか、ちょっと興味があるっていえばありますけれど、もう我慢しなくて良いんですよ、とお伝えしておきますね」

「……せめて正式に婚姻を結ぶまでは待ちたい。もちろん、離す気はないが」

「なんとまぁ、我慢強くていらっしゃる……! ところで、奥様と旦那様は朝には別邸にでかけるそうです。ご挨拶は不要、ゆっくりセフィール領を満喫してほしい、とのことです。ちょうど、夏の訪れを祝う、葡萄踏み祭りが開催されるはずですから、準備をしておきますね。葡萄踏み祭り。楽しいですよ」

「葡萄酒を仕込むための祭りだな」

「よくご存じで。あと、セフィール領生まれの駿馬がそのスピードを競う競馬なんかもとても楽しいです。殿下、競馬得意そうですね。お嬢様もなんとなくビギナーズラックが凄そうな予感はしますが。お嬢様の場合は、それだけじゃないので、ちょっとした詐欺になっちゃうんですよね」

 肩を竦めながら、さらりとドロレスが口にした言葉に、なにかひっかかりを覚える。


しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...