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セフィール家での休暇と想起の夏
魔力封印の魔方陣 1
しおりを挟む人差し指をたてて、大切なことを話すようにして、ドロレスが生真面目な表情で口を開いた。
「良いですか、フィオルド様」
その胸の谷間には、今はもう潜り込んでしまって見えないが、リリィの記録を残した記録石がうまっている。
さすがに、手を突っ込んで取り出すことはできない。
リリィ以外の女性に触れることは、リリィに対する裏切りだと思う。
それに――触れたいとも思わない。
私にとってリリィだけが、神聖で美しく可憐で、愛しい。
それ以外の女性は、やはり、――あまり得意ではない。
「どこかのだれかのせいで避妊魔法なんて無粋な物が開発されてしまいましたが、ま、私もそれが悪いことだとは思いませんが、旦那様と奥様は、孫の顔が見たいのですよ」
「……魔力封じの魔方陣は、そのためか」
ドロレスの言葉に、部屋で見つけた魔方陣について思い出した。
相手の魔力を封じるというのは、対象の魔力量が多ければ多いほど難しい。
私は――これでも一応は、セントマリア皇家の長男だ。
弟のシリウスと共に、魔力量は、卓越した魔導士程度には多い。
魔力制御の耳飾りは、魔力暴走を起こさないための守護として使用しているが、――魔力の扱いにも長けているとは思っている。
リリィを前にすると、感情と共に在り余った魔力があふれてしまう自覚はあるが。
そんな私に対してあのような呪いを施そうとするとは、よほど己の力に自身のある者しかできないだろう。
確かに、魔方陣からは強い力を感じた。
私の魔力と拮抗するぐらい――それでも、その効果をおさえつけることはできたのだが。
「さっすが殿下、評判通り優秀で聡明でいらっしゃいますね! 魔方陣を見ただけで、効果がわかるなんて。ということは、ばれましたね。ばれるように、わかりやすい場所においたんですけど」
「……私には、お前の行動が理解できない」
「言ったじゃないですか、私はいつでもお嬢様の強い味方。お嬢様のためとお酒と煙草と競馬のために生きる、侍女のドロレスとは私のこと。つまり、あれは殿下に対するメッセージなわけですよ」
「どのような意味があるんだ」
「つまりですね、避妊魔法なんて使わなくて良いのですよ……殿下、そのような無粋な魔法はおやめなさい……という天の声です」
「……まだ私たちは、正式に婚姻を結んだというわけではない。いや、その前にリリィを穢してしまったことが問題といえば問題なのだが。大変申し訳ないと思っている」
「なんて生真面目なフィオルド殿下。ただの侍女に謝る必要はないですし、旦那様と奥様の許可があるんですから、どうどうとしましょうよ。そして私にお嬢様のお世話をさせてください、御子様は絶対可愛い。私が言うんだから間違いありません」
「そういうわけには」
「避妊魔法は、女性側か男性側、どちらかにかけるものですよね。殿下の性格からして、絶対自分にかけていますよね。これでも私、ヴェルダナ家では一番優秀な魔導士と言われていたので、魔法については詳しいんですよ」
「魔物を召喚したり、操ったりすることは、並の魔導士ではできないからな」
「ええ、ええ、そうなんです。男性側に魔法を施した場合、精液は魔力へと変換されますよね。というか、疑似的な感覚のようなもので、代替として魔力を迸らせて絶頂感を得るとか。それは体によくありません。殿下、若いのですから、いくど果ててもただの疑似体験では、さぞやお辛いでしょう」
「……それは、女性が口に出して言うべき言葉ではないだろう」
「私ぐらいのレベルになると、羞恥心よりも好奇心。いかに可愛いお嬢様を眺めることができるのかに日々を費やしているので、ご心配には及びません」
「心配しているわけではないが」
「これ、女性側にかけた場合は……ちょっと非人道的なんですよね。皇帝陛下あたりは、そうしてるんでしょうけど。あ、今のは聞かなかったことに。口が滑りました」
「おそらくはそうなのだろうな。あの男が、己にそのような魔法をかけさせることを許可するとは思えない」
口調がついきつくなってしまった。
バルツスのことを話すと、嫌悪感が滲んでしまう。
感情を隠すぐらいできなければ皇帝としては役立たずだろう。
気を付けなければ。
「ともかく、フィオルド殿下。……お嬢様の体を魔力で満たし続けるとどうなるのか、ちょっと興味があるっていえばありますけれど、もう我慢しなくて良いんですよ、とお伝えしておきますね」
「……せめて正式に婚姻を結ぶまでは待ちたい。もちろん、離す気はないが」
「なんとまぁ、我慢強くていらっしゃる……! ところで、奥様と旦那様は朝には別邸にでかけるそうです。ご挨拶は不要、ゆっくりセフィール領を満喫してほしい、とのことです。ちょうど、夏の訪れを祝う、葡萄踏み祭りが開催されるはずですから、準備をしておきますね。葡萄踏み祭り。楽しいですよ」
「葡萄酒を仕込むための祭りだな」
「よくご存じで。あと、セフィール領生まれの駿馬がそのスピードを競う競馬なんかもとても楽しいです。殿下、競馬得意そうですね。お嬢様もなんとなくビギナーズラックが凄そうな予感はしますが。お嬢様の場合は、それだけじゃないので、ちょっとした詐欺になっちゃうんですよね」
肩を竦めながら、さらりとドロレスが口にした言葉に、なにかひっかかりを覚える。
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