リリアンナ・セフィールと不機嫌な皇子様

束原ミヤコ

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セフィール家での休暇と想起の夏

 魔力封印の魔方陣 2

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 ひっかかりは――少し前から、感じていた。

 『とある理由があって、お嬢様は魔物に襲われやすい』

 そう、ドロレスは言っていた。

 確認しなければいけないことが多すぎて言及はしなかったが、その言葉に含まれている意味と、それから、競馬や賭け事が詐欺になってしまうほどのビギナーズラック、つまり、幸運に恵まれているということ。

 なにかに気づけと、リリィの侍女は言っている気がしてならない。

 その意味は、つまり――。

「……ドロレス。……リリィは魔物に襲われやすいと言ったな。それに……奇妙なほどに運が良いのか」

「ええ、そうなんです」

 赤い唇を笑みの形に吊り上げながら、何を考えているのか良く分からない女は言う。

 ドロレスはリリィの敵ではない。

 おそらく、リリィを大切にしているというのは本当だろう。

 けれど、その性質は愛らしく純真で無垢なリリィよりも、本心や感情を隠すのが得意で一筋縄ではいかない、フォルトナに似ているような気がする。

 それに、そもそも辺境伯の娘がリリィの侍女をしているというのも奇妙な話だ。

 ヴェルダナ辺境伯家は、由緒正しい貴族の家系である。

 優秀な魔導士を数多く輩出している、国境警備の要のような存在なので――たとえ、十三番目の娘といえども、良縁には恵まれるはず。

 確かにリリィのセフィール家の方が格上だが、皇家に連なる血筋という面をのぞけば、辺境伯家も同格。

 なにか、理由があるはずだ。
 私の予想が正しいとしたら、それは。

「リリィは……聖女、なのか」

「殿下! 殿下、殿下! ドロレスは感動しましたよ、この少ないスペシャルヒントで、よく真実に気づきました。それこそ、リリィお嬢様を愛しているから! 愛の証というものです!」

 両手を上にあげて喜ぶドロレスを、他の侍女たちが「お嬢様が寝ています!」「ドロレスさん静かに!」と注意した。
 ドロレスは「そうでした」と居住まいを正して、そのあと、両手を私の前にかざした。
 その手から、ぽん、と、花弁と何故か白い鳩が数羽舞い上がって、すぐに消えていった。

「苦節十六年、冷ややっこのようにひやひやしていましたが、……殿下、冷ややっこってわかります? お豆腐です。それはともかく、ずっと心配していましたが、殿下はとうとうご自分の力でお嬢様の真実に気づかれたのですね。明日はおめでとうございますの会をひらかないといけませんね」

「……何故隠していた? 聖女であれば、皇家が大切に保護をしなければいけない存在だ。……私との婚約は、それが理由だったのか? しかし、だとしたら隠すという理由がわからない」

「それは、殿下とお嬢様のためですよ。それに、婚約はの理由は……どうなのでしょうね、お嬢様がうまれてすぐに、リアン奥様はヴェルダナの魔導士を呼び寄せて、お嬢様が聖女であることを隠しましたから」

「リリィの魔力量は、さほど多くない。……それは、幼い頃にヴェルダナの魔導士が封印をしたからか」

「ええ。そうです。皇帝にさえ秘密にして、お嬢様の魔力を封印を施したのは、私のお父様ですね。……リアン奥様は、大人たちの思惑に、お二人が振り回されて欲しくなかったのでしょうね。義務感からではなく、真実の愛に辿り着いて欲しかったのだと思います」

「それから、おまえがそばにいて、封印のほころびを見張っていたのか。いや、それだけではなく、魔力を封印されたことによって力が弱まってしまったリリィを、魔物たちから守っていたのだな。……聖なるものは、襲われやすい。魔物にとっては、甘美な果実となる」

「ええ。お嬢様は、本当に、それはもう本当に魔物たちに襲われやすいのです。そしてあの性格ですから、……たとえば魔物よりもずっと知性のある、――魔族などに襲われて攫われたら、絆されてしまうでしょう、きっと。全てはお嬢様を守るために。そして、……殿下とお嬢様が、幸せになるために、です」

 ドロレスは僅かに悩まし気にそう言って、それから、何かを振り切るように笑顔を浮かべた。

「お話は、これでおしまいにしましょう。お嬢様が目覚めてひとりぼっちだとしったら、きっと泣いてしまうでしょうから。……それでは、記録石はありがたく頂いていきますね。大丈夫です、殿下。悪いようにはしません。個人的に楽しむだけですので」

 そう言うと、ドロレスと他の侍女たちは下がっていった。

 私はしばらく廊下に立ちすくんでいた。

 リリィと深く繋がったときに感じた、甘く清らかな魔力は――確かに、特別な物のように感じられた。

 それはリリィだから。私が、リリィを求めているから。
 だからそのように感じられるのだと思っていた。

 けれどそうではなく、他にも理由があった。

 聖女、聖人と呼ばれる、女神の血を受けたもの。

 国に豊穣と安寧を齎すといわれている、女神の化身。

 セントマリア皇家が、血筋に拘っているのは――それら女神の化身を、うみだすため。

「……リリィは、知らないのだろうな」

 伝えるべきではないのかもしれない。

 ――リリィを愛する前にそれを知っていたら私は、どうしていただろう。

 己の心を偽ってさえリリィに優しくし、囲い込み、逃げられないようにしていたのではないだろうか。

 それは、義務感から。
 でも、今は違う。

 リリィが聖女だろうと、女神の化身だろうと、それはどうでも良いことだ。
 私はリリィを愛している。それは、変わることがない。


 ◆◆◆◆◆




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