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セフィール家での休暇と想起の夏
葡萄踏み祭り 1
しおりを挟むセフィール公爵領は冬は短く、春から秋が長い。
葡萄の品種改良が積極的に行われていて、ワインや葡萄ジュース、葡萄のジェラートや葡萄ジュレ。
などなどといった、葡萄を加工した食品が数多く出回っている。
ずっと昔の代からセフィール公爵家は積極的に葡萄農家を支援していた。
私のお父様も新商品開発への支援は積極的で、デア・リアンという、正々堂々と『リアンさんは女神』という意味合いの商品名を、開発に資金提供したデザートワインにつけている。
「最初は、リリィ・アンジェ……にしようとしたらしいのです。どうかやめて欲しいって、泣いて頼みました」
「泣いて頼んだのか」
「はい。必死でした」
露店に並んでいる『デア・リアン』という銘柄の赤ワインをみつけたフィオルド様に、私は一生懸命説明していた。
だいぶ、言葉がすんなり出てくるようになったと思う。
フィオルド様は私をせかしたりしないで、ゆっくり同意したり、優しく言葉を促したりしてくれる。
お母様やお父様、ドロレスと話をしているぐらいに、今は自然に会話をすることができるように思う。
フィオルド様と共に、セフィール公爵家から馬車に乗って街へと向かったのは、昼過ぎのこと。
セフィール公爵領の中心的都市であるオウウェル地区は、葡萄踏み祭りで賑わっている。
石造りの街並みに、色とりどりの初夏の花が飾られていて、初夏の風と共に良い香りを届けてくれる。
葡萄踏みの乙女の衣装に身を包んだ女性たちが街を歩き、葡萄をつかったお菓子やワインやジュースが、そこここに出展された露店で売られている。
人混みの中を、私はフィオルド様と二人で歩いていた。
といっても完全に二人きりというわけではなくて、セフィール家からの護衛の方々がつかず離れずの位置で待機してくれている。
フィオルド様は並大抵の人々では太刀打ちできないぐらいの魔法を使えるそうだけれど、それでも、皇太子殿下を危険な目にあわせたとあっては、セフィール家の沽券にかかわるのだと、ドロレスが言っていた。
フィオルド様はお忍び用のシンプルな白いシャツの上から、薄手の薄水色のマントを身に纏っている。
私は葡萄踏みの乙女の衣装に似た濃いめの桃色のワンピースを着せてもらっていた。
白いレースのフリルとリボンが特徴的なワンピースは、とても可愛い。
可愛い服は似合わないと思っている私だけれど、今日はきっと許される気がする。
お祭りの日は女性たちは皆同じような服装をしているから、悪女顔の私が可愛い服を着ていたところで悪目立ちしないと思うの。
それが、けっこう、かなり、嬉しい。
レースとリボンでたっぷり飾られた可愛い服を着て、フィオルド様と一緒に街を歩けるなんて、思わず口元がほころんでしまう。
「天使のようなリリィ、か。良い名前だと思う。私が新製品の開発に資金提供をしたら、その名前をつけよう」
「は、はずかしいので、やめてください……」
「リアン母上は、恥ずかしがってはいなかったのか?」
「お母様は、大丈夫みたいでした。お父様の愛情の証みたいで、嬉しいって。その、……幼いころは、恥ずかしかったです。僕のリアンさん、といって、ワインボトルを両手に抱いて、お家のホールで踊ったりするので」
「ロイス公爵が?」
「はい。お母様は、にこにこしながらそれを見ていて。仲良しなんです」
「私も、……見習いたいと思う」
「フィオルド様が、ワインボトルを抱いて、踊るのですか……?」
「似合わないだろうか」
「い、いえ、とても、……その、可愛らしい、気がします。で、でも、駄目です……恥ずかしいので」
私たちはお酒を購入するわけではないので、お店の人の邪魔にならないように露店の前から離れた。
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