リリアンナ・セフィールと不機嫌な皇子様

束原ミヤコ

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セフィール家での休暇と想起の夏

 飛び入り参加 2

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 あんまり得意ではないけれど、フィオルド様に言われたら頑張るしかない。

 だって見たいとおっしゃってくださっているのだもの。

 フィオルド様が見たいのなら、私も、見ていただきたい。

 すごく単純よね、私。
 でも、それが私の良いところだって、ドロレスも良く言ってくれているし。

「ありがとうございます、リリアンナ様。そして、殿下。さぁ、こちらへ、お二人とも!」

 申し訳なさそうな表情から一転して明るい笑顔を浮かべたミランダさんが、私の手をぐいぐいひっぱっていく。

 遠慮がないのは、ミランダさんは私が小さい頃からときどきセフィール家に来ているからだろう。

 お母様とお茶会をしたり、お父様とお仕事の話をしたり。

 そのたびに、ミランダさんは私にお土産を持ってきてくれた。

 ミランダさんは子供が多く、さらに孤児を引き取っては実子のように育てている面倒見の良い方だ。
 私も、自分の子供のひとりのように扱ってくれた。

「皆! セフィール公爵家のリリアンナ・セフィール様が葡萄踏みの乙女として、お祭りに参加してくださいますよ! なんとまぁありがたいことに、婚約者のフィオルド・セントマリア皇太子殿下もご一緒にいらしてくださいましたよ!」

 ミランダさんの声とともに、拍手が湧き上がる。

 フィオルド様は慣れた様子で、広場の中央の大きな葡萄桶の前に案内されると、軽く手をあげた。

 私は体を小さくしながら、お辞儀をした。

 これでも一応公爵令嬢としての教育は受けている。

 こういうときの挨拶や所作などは、それなりにできるのだけれど――葡萄踏みに参加する緊張で、頭が真っ白になって吹き飛んでしまった。

「いっておいで、リリィ。ここで、見ている」

「っ、は、はい……」

 フィオルド様は堂々としている。

 私の頬に優しく触れると、美しく微笑んでくださった。

 大きな葡萄桶の前には、梯子がかけられている。

 その前に敷かれている絨毯の上で靴と靴下を脱いで、足に浄化魔法がかけられる。

 人前で素足をさらすことなんて、侍女たちの前とフィオルド様の前以外では経験したことがなくて、吹き抜ける風が素足にあたって、涼しさとともになんとも言えない羞恥心を感じた。

 階段を登って、葡萄が沢山敷き詰められている桶の中に足を踏み入れる。

 ぐしゃりとした感触とともに、足の裏の下で果汁が溢れて――さっそく私は、滑って転びそうになってしまった。

「リリアンナ様!」

「こちらに、手を」

 先に桶の中にいた女性たちが、私の手を差し伸べてくださる。
 私は女性たちの手に、ありがたく掴まった。

 知らない人たちだけれど――皆、優しい方々だ。

 まるで、葡萄の妖精さんたちのように、穏やかでふんわりした雰囲気の女性たちとともに、葡萄を踏む。
 踏む度に果汁がはじけて、足を濡らしていく。

 奇妙な高揚感を感じた。

 何かとても清らかなものを、つくりあげているような――そんな感覚。

 それはやっぱり、酩酊に似ていて――。

「まるで、女神だ……!」

 だれかがそんなことを言った。

 先程とは違うざわめきが、広場に満ちている。

 いつの間にか私と手を繋いでいてくれた女性たちは私から少し離れて、手を取り合って私の様子を見つめている。
 その眼差しに恐怖はなかった。深い慈愛に満ちているように思える。

「リリィ……」

 フィオルド様の声が聞こえて、私は視線を巡らせる。

 葡萄桶からは、立派な葡萄の木が何本もはえていた。
 葡萄の木からは、たわわに実った葡萄の房が、いくつも垂れ下がっている。

「わ、私……」

 いつの間にか、魔力があふれていたみたいだ。

 私の魔法は、植物の発育を促すことができる。

 つまり、葡萄も――植物な訳で。

「リリィ、美しいな。私の、リリィ……」

 なんてことをしてしまったのかと青ざめる私に、フィオルド様が手を差し伸べてくださる。

 広場には季節外れの雪が、ちらちらと舞い落ちて、葡萄の房をきらきらと輝かせていた。



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