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セフィール家での休暇と想起の夏

魔物の襲来の可能性 1

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 魔力が溢れることなんてないほどに、私の魔力量は少ないはずだったのに。

 確かに魔力制御ができなかった幼い頃は、お庭の花を満開にしたりしたこともあったけれど――葡萄の粒から木々をはやして、葡萄の房を実らせてしまうなんて。

 太い蔓状の葡萄の木々は、広場を縦横無尽に広がって、広場から建物の連なる路地の向こう側へと枝先を伸ばしている。

 広大な葡萄農園に街が包まれてしまったみたいなありさまだった。

 私は桶の中からフィオルド様に抱き上げて貰った。

 失敗してしまったことに青ざめる私に、ミランダさんが駆け寄ってくる。

「リリアンナ様! まるで女神マリアテレシア様が降臨なさったかのようなお姿でしたよ……! そうしているとまるで、翼あるセントマリア様と、女神マリアテレシア様の再臨のようです……ありがたいものを見せていただいて、オウウェル地区代表として、感謝させていただきます」

 ミランダさんが深々とお辞儀をすると、人々から大きな歓声があがった。

 私はとってもいたたまれない気持ちになって、フィオルド様の腕の中で小さく首をふった。

「あ、あの、ミランダさん……私、失敗、してしまって。……葡萄踏み祭りなのに、葡萄の木をはやしてしまうなんて……」

「良いんですよ、そんなこと! 葡萄は女神様の象徴、そして葡萄の木がこうして街に広がる奇跡、これはまさしく豊穣を表しています。オウウェル地区は、葡萄の実る街として、さらに栄えることでしょう……! これを感謝せずして、何を感謝するというのでしょう、ねえ、みんな!」

 ミランダさんの大声に合わせて、街の人々の歓声もさらに大きくなる。

 フィオルド様がちらりと空を見上げた。

 広場のところどころから、氷の弾丸が空に向けて打ち上がり、空と街の境目を、煌めく氷の檻がぱきぱきと小さな音を立てて覆っていく。

 雪の結晶が、氷の檻からひらひらと舞い落ちてくる。

 フィオルド様の澄んだ魔力が、街に満ちていくのがわかり、私は身に馴染んだその味を思い出して、ふるりと体を震わせた。

 幻想的で美しい光景に、街の方々が息を呑む。

 歓声はさざなみのように静まっていき、教会でお祈りを捧げているような、柔らかな沈黙が広場に満ちた。

「……私からも、ささやかな祝いを。リリィの魔力でうまれた葡萄の木が、枯れないように、私の魔力で樹木を包んだ。豊穣の木が枯れてしまうのは不吉だろう。これで木々たちは、未来永劫、どんな時も、葡萄の実る永遠の木となる。……楽しませてもらった礼だ」

「殿下! なんて光栄なこと……ありがとうございます!」

 フィオルド様に、ミランダさんが何度も頭を下げた。

 私はそうして頭をさげられると、なんだか居心地が悪くなってしまうのだけれど、フィオルド様はさすがに慣れている。

 大きくはないけれど、堂々とした声音が、広場に響く。

「季節が巡っても枯れない以外は、ただの葡萄の木だ。その実を食べても特に問題はない。きっと、収穫するほどに実るだろうから……いや、だが、そうすると葡萄農家の者たちが困るかもしれないな」

「そこまで思いやらなくても大丈夫ですよ、殿下。この木の管理は、私がおこないます。豊穣の女神の木をめぐって、諍いなどは起こらないでしょうけれど、ご心配にはおよびません」

「そうか。……それでは、私たちはこれで。リリィ、泣かずとも大丈夫だ。皆、喜んでいる」

「……っ、で、でも、私、ご迷惑を、おかけしてしまって……」

「迷惑なんて! リリアンナ様、ぜひまたいらしてください。来年の葡萄踏み祭りの葡萄は、リリアンナ様の木から収穫した葡萄で行いますよ。リリアンナ様のおかげで、オウウェル地区は今まで以上に活気に満ちた、栄えた街になることでしょう!」

 ミランダさんが高らかに宣言すると、私と共に葡萄を踏んでいた女性たちがミランダさんに並んで、スカートを摘んで華麗な所作でお辞儀をしてくれた。

 そこここから「ありがとうございます」という感謝の言葉や、私たちの名前を呼ぶ声が聞こえる。

 いつの間にか、私たちの近くに、セフィール家からきていた護衛の方々が姿を見せていた。

 護衛の方々と一緒の中央にドロレスがいる。

 ぶんぶん手を振っているドロレスの元へ、フィオルド様は私を運んだ。

 脱ぎっぱなしの靴や靴下は、ドロレスと一緒に来ていたらしい侍女たちが集めて運んでくれた。

「ドロレス、きていたの?」

 一緒の馬車には乗っていなかったので、てっきりセフィール家で待っているのかと思っていたけれど。

 フィオルド様がドロレスの前まで私を運んでくださったので、私は不思議に思って尋ねた。



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