リリアンナ・セフィールと不機嫌な皇子様

束原ミヤコ

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セフィール家での休暇と想起の夏

魔族といにしえの争いの話 1

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 ドロレスが手配してくれたのは、オウウェル地区の一等地、カヌラ上流区にある貴賓館ヴィララーデン。

 カヌラ上流区自体、道の入り口に巨大な鉄柵に似た門が設置されていて、身分証がないと入れないつくりになっている。

「以前は、今よりもずっと街の治安が悪かった。一歩街から外に出れば、魔物や賊などに襲われる。そんな有様なのだから、農業も、畜産業もまともには行えず、疫病も餓死も、あとをたたなかった」

 私とフィオルド様を乗せた馬車が、カヌラ上流区の門を抜ける。

 オウウェル地区自体が、都市アラミアの中心街だけれど、カヌラ上流区ともなると住める人々はごく少数に限られる。

 街の有力者やお金持ち、貴族や、勲章を与えられた騎士などがそう。

 フィオルド様は馬車の窓から鉄製の門を見て、呟くように言った。

 私は相変わらず素足のまま、フィオルド様の膝に座っている。

 こびりついた葡萄の果汁が、足を薄紫色にところどころ染め上げている。

 浄化魔法をかけてくださらないのは、葡萄踏みという行為が神事だからなのかもしれない。

 神事によって色づいた足を浄化するという行為は、お祭りの会場にいる間はあまり褒められたものではないのかもしれない。

 なんて色々考えてみたけれど、結局よく分からない。

「持たざるものは、持つものから奪う。そうしなければ、生きることもできない人々が多かった。……鉄の門は、その名残だな。今は門をなくしたとしても滅多なことは起らないだろうが、それでも、長年の習慣をなくしてしまうことは難しい。門があることによって、中の人々は安心して眠ることができる」

「魔物は、ひとに危害を加えるのに、翼のあったかつての人々はどうしてそんなものをつくりだしたのでしょうか」

「生命をうみだすことで、神になることができる。……そう思っていたのだろうと、歴史書には書かれている。原初の神々が、翼ある人々をうみだした。そして王となった翼あるセントマリアは、原初の神々のうちのひとり、女神マリアテレシアと愛し合った」

「教会の、伝承ですね……」

「そこまでは、皆が知っている教会の伝承だな。……セントマリアとマリアテレシアは、人々が異形の生命をうみだすことを危惧していた。そうして――争いが起ったようだ」

「争いが? 原初の神々が、翼を奪った……それだけでは、ないのですか」

「一部の翼ある者が、もっと多くの力を得ようと、つくりだした魔物をその体に取り込んだ。そうして更に強大な力をもつ者がうまれた。彼らとセントマリア皇家は対立し、争いが起った」

「魔物を、体に……」

「原初の神である、マリアテレシアを有するセントマリア皇家は争いに勝利することができたが、力ある者たちは力と自由を奪われることを嫌い、その力を持ったまま姿を隠した。それが、今の魔族といわれている者たちだ」

「魔族?」

 私は首を傾げた。

 魔物は知っているけれど、魔族とは――どういう存在なのかしら。


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