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セフィール家での休暇と想起の夏
魔族といにしえの争いの話 2
しおりを挟む今まで学んできたどの学問にも、そんな話は出てこなかった。
フィオルド様のお話を聞いたから、きっと、おそろしいものだということは、分かるのだけれど。
「私たちと同じぐらいに知能が高く、――門の向こうに、国をもっている」
「おそろしい力を持った人たちが、世界のどこかで、暮らしている、ということですか……?」
「争いあったのは、いにしえの昔のこと。今は、そう悪い関係でもない。……魔導師の中には、魔族と契約を結ぶ者もいるぐらいだ」
「よくわかりません……」
「私たちがくらす国の裏側。見えざる場所に、国があると思ってもらって良い。かつて、魔物を取り込んだ同胞たちは、神の支配に背いて世界をつくりあげた。それが、魔族がすんでいる国。必要がなければ、関わることもない。だが」
「……フィオルド様?」
フィオルド様の瞳が、不安げに揺れた。
覆い被さるようにして、私の体を抱きしめる。腕の力が、苦しいぐらいに強い。
「……美しく、清らかな、私のリリィ。お前の魔力は香しく、甘露のように――神聖で、甘い。お前を欲しがるものは、多い。どうか、私だけを、見ていてくれ」
「わ、私をほしがるひとなんて、いないと思いますけれど……私はフィオルド様が、大好きです。他の方なんて……」
「リリィ。……いにしえの争いのあと、もう二度と同じことが起らないようにと、原初の神々は私たちから、魔力の源である翼を奪った。魔物の脅威に晒され続けるのは、懲罰の証。……だが、女神マリアテレシアは、翼を奪われた民を不憫に思い、セントマリア皇家に聖なる血を残していった」
「以前、おっしゃっていましたよね。聖女や、聖人と呼ばれる、女神の血を受けた方々のこと」
「あぁ。……聖女や聖人が国に安寧と豊穣をもたらすのには、理由がある。彼らは、全ての魔物を鎮めることができる。彼らが存在する限り、人々は魔物の脅威から逃れることができる」
「それは、良いことですね……」
私は目を伏せた。
魔物を呼ぶ葡萄の木をはやしてしまった私とは大違いだ。
でも、フィオルド様は――どうして、どこか苦しそうなのかしら。
私はフィオルド様の背中に手を回して、その体を抱きしめた。
私と違ってフィオルド様はいろいろなものを抱えていらっしゃるから、少しでも、その重荷を受け止めてさしあげたい。
私にできることは、抱きしめることぐらいしかないのだけれど。
「……聖女や聖人をセントマリア皇家が大切に保護するのは、国にとってとても重要なものたちだから、という理由だけではない。……堕ちた人々、つまり、魔族も、彼らを欲しがる。それは、……かつて神の子だった己の姿を追い求めているからなのかもしれないと言われている。実際の理由は分からないが、魔族にとっても聖女は、魅力的な存在らしい」
「そうなのですね……聖女様があらわれたら、守ってさしあげないといけませんね」
そこまで口にして、急に不安になった。
もし――三大公爵家の、アニスさんやレイフィアさんやソフィアさんの誰かが、聖女だったら。
フィオルド様は、その方を守らなくてはいけない。
私よりも、ずっと、その方を大切にしなければいけない。
勝手に涙があふれて、頬を伝ってこぼれおちる。
凄く、嫌だ。
そんなの――嫌。
「リリィ?」
「……っ、フィオルド、さま、私、フィオルド様と……一緒に、いたい、です」
「それはもちろん……どうした? 今の話が、おそろしかったのか」
「わたし、わたし……っ」
言葉にならなくて、しがみつくようにして、フィオルド様の服を掴む手に力を込めた。
この感情は――なんだろう。
ぐちゃぐちゃで、どろどろしていて、今まで感じたことがないもので。
何を口にして良いのか、まるでわからなかった。
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