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セフィール家での休暇と想起の夏
はじめてのお泊り旅行 1
しおりを挟む貴賓館に泊まるような要人や有力者や貴族の方々は、従者や護衛を連れていることがほとんどのため、彼ら用の休憩施設も宿の一階や、通路で繋がった離れなどに準備されているのが普通だ。
ドロレスは最初から宿に泊まるつもりだったのか、他の侍女たちとともに着替えなどの荷物を最上階の私とフィオルド様の部屋にてきぱきと運び込んでくれた。
「お嬢様、お風呂に入りましょうか、リリィお嬢様。まずは葡萄踏みをした、小さくて可憐な足を、丁寧に洗わないといけません。それから、とっておきのお洋服に着替えましょう」
うきうきとした口調で、ドロレスが言う。
他の侍女のみなさんも、嬉しそうに頷いている。
自宅以外の宿に泊まるという経験は、今までしたことがない。
どうしてもどうしても、フィオルド様の婚約者として皇都にいかなければならなかったときは、皇都にあるセフィール公爵家の別邸に泊まることはあったけれど、侍女の方々やドロレスも一緒だった。
別邸というのは、自宅と同じなので、まったく知らない場所に泊まるという意味ではやっぱり、今日がはじめてだ。
貴賓館ヴィララーデンの最上階はとても広くて、天蓋付きのベッドや、ふかふかした大きなソファのあるリビングルーム、重厚感のある家具に、広いバルコニーへと続く大きな窓がある。
「すまないが、二人きりになりたい。リリィのことは私に任せて、せっかくの祭りなのだから、皆も楽しんでくると良い」
馬車の中で自分でも何だかよくわからない感情の波に襲われて、ぐずぐず泣いてしまった私は、ずっとフィオルド様の胸に自分の顔を押しつけるようにして伏せていた。
フィオルド様が私を抱きしめて、優しく背中を撫でてくださって、少し落ち着いたけれど――せっかく楽しい日だったはずなのに、ご迷惑をおかけしてしまったことが申し訳なくて、顔があげられなかった。
そんな私を慮ってか、フィオルド様はドロレスたちに下がるように言ってくださった。
「お嬢様のお世話は私たちの生きがい……と言いたいところですが、セフィール家の侍女は有能ですので、無粋なことはいたしません」
「悪いな。気をつかわせてしまって」
「大切なお嬢様とお嬢様の可愛さをよりいっそう引き出してくださる殿下のためなら、いくらでも気をつかいますとも! それでしたら殿下、私たちも余暇を楽しませていただきますね。護衛のみなさんはお仕事ですので、宿の一階に控えていますが、有事の際以外には顔を出したりはしませんのでご安心を」
「ドロレス、みんなも、ありがとう。……その、みんなのことも、好きだけれど、私」
せっかく宿の手配までしてくれたのに、挨拶もしないなんて良くないわよね。
もう涙はおさまっているから、きっと大丈夫。
私はフィオルド様の胸からそっと顔を離すと、ドロレスたちに視線を向けて言った。
「私のお嬢様が今日も尊い……!」
ドロレスが胸を押さえて床に倒れ込みそうになるのを、侍女のみなさんが「ドロレスさん、行きますよ」「完全に邪魔です」「若いお二人の邪魔です、ドロレスさん」と言いながら引きずっていった。
フィオルド様は私の体をそっとベッドサイドに降ろした。
それからドロレスたちを追いかけて部屋の扉まで向かい、一言二言なにか言葉をかわしたあとに、鍵をかけて戻ってきた。
私は所在なく、ベッドサイドに座っていた。
もう乾いているけれど、葡萄の果汁でせっかく清潔なベッドを汚してしまったらどうしよう。
そう思うと、妙に体が緊張した。
「リリィ……すまなかった。……せっかく祭りを楽しんでいたのに、楽しいとは言えない話を聞かせて、お前を怖がらせてしまった。私は、駄目だな。お前から笑顔を奪ってばかりいる」
私の前まで戻ってきたフィオルド様は、私の前にずるずると膝を曲げて座り込んで、片手に顔を埋めるようにしながら深い溜息をついた。
もの凄く落ち込んでいるように見えるフィオルド様に、私はあわてる。
今までの私は――あわてていたとしても、何一つ声をかけることができないぐらいに、口下手だった。
心の中で思っていることを口に出すのには長い時間がかかって、長い時間がかかりすぎてしまうせいで、途中で諦めてしまうことばかりだった。
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