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聖女の魔力と豊穣の秋
アニス・レランディアとの和解 1
しおりを挟むドロレスの教育的指導で、頭を押さえてうめいていたアニスさんは、気を取り直したようにソファに座りなおした。
それから口元に手を当てると、何かを考え込むように眉を寄せた。
「確かに、エヴァにはそれとなく注意を受けていたのよ。……本当に、リリアンナ様は浮気性なのですか? って。相手のことを良く知りもしないのに、まして、話したこともほとんどないのに、噂だけで――誰かを嫌ったり、勝手に悪い印象を抱くのはいけないって」
「エヴァさんは有能な侍女だというのに、まったくアニス様ときたら。ご自分の母君を盲目的に信じてしまうそのお気持ちはお察ししますけれど、けれど、ですよ。私のお嬢様が! ちょっとつつくとすぐ泣くし、ちょっと優しくするとすぐに懐く、脆弱ちょろすぎお嬢様が、浮気性などと……!」
ドロレスは腕を組んで、ぎろりとアニスさんを睨んだ。
アニスさんは怯えるかと思いきや、真っ直ぐにドロレスを見返して口を開いた。
「ちょっと、あなた。それは悪口ではないの? 私以上にリリアンナを酷く言っている気がするわよ」
「そ、そんなこと、ないです、アニスさん……ドロレスは、私のことを良く分かっていて、本当に、その通りなので……」
ドロレスの言っている言葉はわかるときとわからないときがあるけれど、どんな言葉でも私への好意に満ちていることは理解できるから、不快になったことなんて一度もない。
私は精一杯声を出して、アニスさんに言った。
すごい。私、フィオルド様にひきつづき、アニスさんとも、ちゃんとお話しできている。
それもこれも、きっとフィオルド様が私を愛してくださっているおかげね。
ちょっと、自信がついた。それから、長年の息苦しさが、少し楽になった。
明日お礼を言おう。
「言い返しなさいよ、リリアンナ。あなた、それでも公爵令嬢なの?」
「自分でもそう思います……」
びしっとアニスさんに注意された私は、反省を込めて頷いた。
全く持ってその通りだと思う。
アニスさんは、林檎のような赤い瞳を見開くと、両手で頭を押さえた。
どうやらドロレスの教育的指導を気にしているみたいだ。
さらさらの黒髪が揺れる。私はおさまりのわるいふわふわの毛質なので、さらさら艶々も良いなと思いながらアニスさんの髪を見つめた。
「今のはお友達としての心配と注意なので、教育的指導チョップの対象外です。私はいつでもどこでも暴力を振るう横暴系侍女ではありませんので、ご安心を、アニス様」
ドロレスに言われて、アニスさんは頭を押さえていた手をどかした。
それから乱れた髪をささっと手櫛でなおすと、何か胡乱なものを見つめるように、私の顔をじいっと見た。
「……リリアンナ・セフィール。滅多に社交界に顔を出さなくて、顔を出したとしてもいつもフィオルド様の隣で、黙ったまま不機嫌そうにしている、立場をわきまえない嫌な女だと思っていたけれど……ずいぶん印象が違うわね」
「あ、あの、私……人前に出ると、緊張してしまって……怖い顔が、余計に怖くなってしまうのです……。それに、お話しするのも、苦手で……で、でも、これでも良くなったんです、フィオルド様の、おかげで……!」
「そ、そうなの、それは良かったわね。私が余計なことをしたせいで、リリアンナは殿下に疑われていたでしょうに、良好な関係になれたのね、私が言うのもおかしいけれど、良かったわね」
「は、はい……!」
「それで、その、リリアンナ。あなた……先日は、殿下と初夜を共にしたと、それはもうはっきりと言っていたけれど……あれは、本当なのね」
秘密を共有するような小声で、アニスさんが言う。
そういえば、そんなことを言ったかしら。
アニスさんに教室で色々言われた時に、何かを言い返した気がする。
きっとその時の話ね。自分が何を言ったのかさえ、あんまり思い出せないのだけれど。
「この前、校外学習があって、色々あってそのあと、フィオルド様のお部屋で過ごしたのですけれど……」
「ちょっと待って。それは正しいのかしら、私たちはまだ学生なのに」
「アニス様、興味津々ですね。かくいう私も興味津々です。リリィお嬢様、積極的なのか消極的なのかわからない殿下は、お嬢様と二人きりだと獣のようになるのですか?」
「なんてことを聞くのよ、主にむかって……!」
「アニス様も、非常にわくわくしているご様子。恋人も婚約者もいないアニス様、さぞ、男女の艶毎に飢えていらっしゃるとお見受けしました。まぁ、艶毎というのは、男女に限ったことではありませんが」
「そ、そんなわけないじゃない。私は、今までリリアンナのことを誤解していたお詫びとして、親しくなろうとしているのよ。話を聞くのも、その努力のひとつだわ」
ドロレスの指摘に、アニスさんはややうわずった声で言った。
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