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聖女の魔力と豊穣の秋

 所有の証が半端ない 2

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 アニスさんは通りすがりざま、助けを求めるように清楚な眼鏡をかけた侍女の方に手を伸ばした。

 侍女の方は、「アニスお嬢様が全面的に悪いのですから、頑張ってください」と、にこやかに手を振ってアニスさんを見送っていた。

 それにしても、アニスさんのことを私は今まで良く知らなかったのだけれど。

 女生徒たちの前で胸を晒した私のことをいたく心配してくれている。

 そう思うと、そんなに悪い人でもないのかもしれない。

 誰も招待したことのない私の寮の部屋に、初めてきてくださったのはフィオルド様だった。

 そして、次にアニスさん。

 恋人に次いで、お友達を招待してしまったようで、なんとはなしに嬉しい。

 アニスさんはお友達ではないし、リビングのソファにどこか怯えた様子で小さくなって座っているのだけれど。

 私はふかふかのソファの片隅に座って、そろそろベッドで眠りたいな――なんて考えていた。

 フィオルド様と一緒に過ごしたセフィール家での休暇はとても幸せだった。

 頭の奥に押し込んで、忘れたふりをしていた過去を思い出すことができて、本当の意味で、気持ちが通じ合ったような気がした。

 だから、お庭であんなことを、してしまった。

 すごく激しくて、気持ち良くて、今でもまだフィオルド様の魔力に体中が満たされている気さえする。

 本当は、今日も――抱きしめて欲しい。
 フィオルド様のいないお部屋は、やっぱり寂しい。


「ようこそおいでくださいました、悪の性悪お嬢様ことアニス様。……いえ。諫言で殿下の心を乱したという意味では、性悪という言葉では物足りません。自分が正義だと思い込むことこそ、本当はいつだって恐ろしい。正義の極悪お嬢様とでも申しましょうか」

「良く分からないけれど、すごく罵倒を感じるわよ。……だから、悪かったって、謝っているじゃない。リリアンナは許してくれたわよ」

「……え? あ、はい」

「ぼんやりするんじゃありません、リリィお嬢様。どうせ昨日のフィオルド様は素敵でした……などと考えていたのでしょうけれど、今はうっとりしている場合ではありません」

「ご、ごめんなさい、ドロレス……フィオルド様がいないの、寂しいなって、思っていて」

「……可愛すぎて死ぬので、今のお嬢様を記録石に残して殿下に送り付けてやりましょう」


 ドロレスは豊かな胸の谷間から手のひら大の記録石を取り出した。

 それからはっとしたように、その石をまじまじとみつめると、胸の谷間の中に戻した。


「今の記録石は、私の素晴らしいコレクション用の石でした。それはともかく、正義の極悪アニス様」

「その言い方、やめてくれる……? すごく、恥ずかしいわ」

「私のお嬢様を辱めておいて、自分だけ恥ずかしがるなどと……! 私としましては、今すぐ教育的指導魔物を召喚して、アニス様を半裸にひん剥いて、魔物に纏わりつかれる生娘の像、として、女子寮のエントランスに飾って差し上げても良いのですよ」

「ドロレス、よく意味はわからないのだけれど、あまりよくないことをするのは、いけないわ……」

「お嬢様は優しいですねぇ」

「それに、ドロレス。私は自分で、胸を晒したのだから、辱められてはいないわ。大丈夫よ、下着もちゃんと、つけていたし……」

「お嬢様、そういうことではございません。……自分で確認をするべきかと。このところ、殿下が残していった半端ないぐらいのやんごとなき所有の証。お嬢様の白い肌に散る罪深い赤い痕跡。とても趣深く良いものですが、お嬢様はそれをがばっと、皆さまの前で晒したのですよ、それはもう豪快に」


 ドロレスに言われて、私は自分の服を引っ張って、胸元を覗き込んだ。


「うわぁ……」

「うわぁ、ですよ、お嬢様。ちなみに、首筋やら鎖骨にも堂々とございます。ここにきて、隠す気の皆無な殿下、色事に消極的なのか積極的なのかさっぱりよくわかりませんが」

「フィオルド様は、どちらかというと消極的、ではないのかしら……でも、ほかの男性を良く知らないから……あの、アニスさん、……アニスさんは、お詳しいですか? 恋人、との、そういうことについて」


 同年代の方とそういったことを話す機会のなかった私は、ちょうどよくアニスさんが部屋にいるので聞いてみることにした。

 アニスさんは何故か頭を抱えている。


「知らないわよ、私には婚約者も、まして恋人もいないもの。殿下は、……どんな感じなのかしら」

「正義の極悪アニス様、もしかして、興味がありますか? 殿下とお嬢様がどれほど深く愛しあっているかについて」

「それは、根掘り葉掘り、聞くようなことではないわ。……リリアンナが話したいというのなら、聞いてあげても良いけれど」

「ここでドロレス・ヴェルダナの、秘儀、教育的指導チョップが炸裂する!」


 ごつん、と、鈍い音をたてて、アニスさんの頭にドロレスの拳が直撃した。

 アニスさんは頭を両手で押さえてソファの上で丸まった。


「反省なさい、アニス様。上から目線の度に、教育的指導チョップを行います。ちなみに、アニスさんの侍女のエヴァさんには、ご理解とご協力と感謝の念をいただいておりますのであしからず」

「裏切ったわね、エヴァ……!」

「アニスお嬢様は少々直情的で思い込みが激しく、人の話を聞いたら全部うのみにして突っ走る傾向があると、悩んでおられました故。頭の中でぐるぐる考えて考えて、結局何もせずにベッドで寝ることを選択する、私の可愛いリリィお嬢様と二等分ぐらいにしたら、一般的なお嬢様ができあがるのでしょうね、きっと」

「……アニスさんは、行動力があるのですね、……私も、見習いたいです」

「殿下に褒められたいからですよね、お嬢様?」

「……うん」


 私は頷いた。

 よく頑張った、リリィ、と言って、頭を撫でて褒めてもらいたい。

 私の胸に散った赤い跡については、恥ずかしいけれど、それでもフィオルド様の残してくださったものだと思うと、全部愛しく思えた。



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