リリアンナ・セフィールと不機嫌な皇子様

束原ミヤコ

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聖女の魔力と豊穣の秋

バレンタイナ家の処遇 1

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 一か月ほどの夏季休暇を終えると、季節はすっかり秋になっていた。
 夏季休暇の間、フィオルド様は何度かセフィール家を訪れてくださった。

 フィオルド様が皇帝になる日も近い。そのため、お城でやらなければならないことが沢山あるらしく、ずっと一緒にはいられなかった。

 けれどフィオルド様らしい美しく文字で綴られたお手紙を下さったり、贈り物をくださったりと、会えない時間も私を想ってくださることを感じることができて、寂しくはなかった。

 というのは嘘で、フィオルド様がいないと寂しくて何一つやる気の出ない私は、セフィール家の自室でだらけた生活を送っていた。つまり、いつも通り。

 いつもどおり朝になっても起きない私をドロレスがベッドから引きずり下ろし、侍女たちが身なりを整えてくれて、そのあとは特に用事もないので、お庭でぼんやりしたり、お部屋でぼんやりしたりしていた。


 フィオルド様だけではなく、時々、アニスさんも遊びに来てくれた。

 アニスさんは私の生活ぶりを見て「好きな男が傍にいないとやる気がでないの、リリアンナ。しゃんとなさい」と言って怒っていた。

 それは誤解なのよ。もともと私はやる気がないのだと説明すると「学業の成績は私よりも良い癖に……!」と、また怒られた。夏季休暇の前の試験の順位をアニスさんは気にしているらしい。

 私は別に頭が良いわけではなくて、ついでに言うとお勉強だって嫌いだ。

 今までは学園生活を特に問題を起こさずに、恙なく送るために努力していたけれど、今回は頑張った。

 フィオルド様に褒められたくて頑張った。学年一位の成績を、頑張ってとることができた私を、フィオルド様は褒めてくださったので、次も頑張ろうと思う。

 我が家に遊びに来たアニスさんは、お母様に今までのことをきちんと謝罪をして、アミティ王妃様が会いたがっていることを伝えた。

 お母様も「私たち大人の問題に、巻き込んでしまってごめんなさいね」と言って、アニスさんに謝っていた。

 アニスさんはフィオルド様に「しかるべき処罰を与えてください」とお願いをしに行ったみたいだけれど、まだ保留にされているのだと悩まし気に言っていた。

 もう良いのにと私が言うと、「処罰を受けるまで、罪を償ったとは言えないのよ」とアニスさんは頑なだった。

 私がアニスさんと共にフィオルド様の使用している貴賓室に呼ばれたのは、夏休みが終わって学園が始まった数日後のことだった。


「二人とも、呼び出してすまない」


 フィオルド様がいつもよりもやや硬い口調で言う。

 アニスさんが制服のスカートを摘まんで優雅に一礼をする横で、フィオルド様にお会いできてにこにこしていた私も、一拍遅れて慌てて礼を行った。


「リリィは、こちらに」


 貴賓室の奥に置かれた立派な政務机の椅子に座ったフィオルド様が、私を呼んだ。

 呼ばれた私がフィオルド様に近づこうとすると、フィオルド様の隣に立っているフォルトナ様が、片手をあげて私を制した。


「リリアンナ様、申し訳ありません、少しお待ちを。――殿下、お気持ちは分かりますが、リリアンナ様と愛を確かめ合うのは、話が終わってからにしてください」

「……そうだな。……夏の間、会えない時間が長かったせいか、つい」

「フィオルド様、私も、寂しかったです……」

「リリィ……」


 フィオルド様も寂しいと思ってくださっていたのね。

 夏季休暇が終わってもフィオルド様はなんだかお忙しそうだったから、ゆっくり時間を過ごせていないもの。

 手を伸ばすとすぐ届く場所にフィオルド様がいるのに、傍にいけないことが、苦しい。


「……話はすぐすみますので。リリアンナ様、捨てられた猫のような顔をしないでください」

「夏季休暇の終わりに実家でお別れをしてきた私の猫もこんな顔をしていたわね……元気かしら、ジェリスは……」

「アニス様は、猫を飼っているのですね」

「そうなの。学園寮には、猫はさすがに連れてこれないから、寂しくて……」

「シリウス様も猫がお好きだそうですよ」

「そう……? え? 何故今私に、それを?」


 フォルトナ様がシリウス様の名前を口にした瞬間、何故かアニスさんが青ざめた。

 両手を胸の前で握りしめて、「嫌な予感がする……」と小さな声で呟く。


「二人を呼び出したのは、バレンタイナ家の処遇について伝えるためだ」


 フィオルド様の静かな声が貴賓室に響いて、私とアニスさんは顔を見合わせた。


「以前、アニスは私の元に、記録石を持ってきただろう。リリィの姿が映っている石を」

「……大変申し訳ないことをしたと思っております」


 アニスさんが深々とお辞儀をしたあとに、真っ直ぐにフィオルド様を見つめて、はっきりとした声で口にする。

 自分の罪を認めることは、とても苦しいのに。


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