リリアンナ・セフィールと不機嫌な皇子様

束原ミヤコ

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聖女の魔力と豊穣の秋

 バレンタイナ家の処遇 2

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 アニスさんは堂々としている。
 理由があってもなくても、大体おどおどしてしまう私とは大違いだ。私も、見習いたい。


「謝罪はもう良い。アニス、お前が自らの行いを反省し、学園でリリィと共に在ることで、リリィを広まった噂や悪意から守っていてくれたことは良く分かっている」

「元々、私の行動のせいで、リリアンナは傷つけられていたので。償いにもなりませんけれど」

「……アニスさん、……償い、だったのですね。私、てっきり、お友達になってくれたのかと、思って……」


 そうよね。

 アニスさんが私と仲良くしてくれていたのは、私を守るため。罪を償うため。

 寂しいけれど、仕方がない。


「リリアンナ……! そんな悲しそうな顔をしたらぐりぐりしたくなるじゃない……! じゃなくて、私だってあなたのことはお友達だと思っているわよ」

「アニスさん、本当に……?」

「ええ。私とあなたはお友達。口にしなくても分かるでしょう? それぐらい、リリアンナとは仲良くしていたつもりだけれど」

「ありがとうございます……!」


 私とアニスさんは両手を握りあった。良かった。

 フィオルド様のことはもちろん大切だけれど、お友達も大切。

 アニスさんがいてくれるおかげで、学園生活が以前よりも楽しい。

 教室の中で独りぼっちでいるよりも、ずっと心強い。

 お友達と一緒に授業が受けられるというのは、幸せなことだと思う。


「少々妬けてしまうぐらいに、仲が良いのだな。だが、アニス。リリィの傍にいてくれて、感謝する。……私も極力そうしたいと願ってはいるが、身動きが取れないことも多い」

「それでも十分リリアンナ様との時間を過ごしていますけれどね、殿下は」

 フォルトナ様が肩を竦めて言った。

「当り前だろう。……記録石の話を続けようか。石に記録されていたリリィの姿をした女は、フォルトナに調べさせたところ、レイフィア・バレンタイナだと判明した。本人の力なのか、それとも力のある魔導士を雇ったのかは知らないが、己の体をリリィの姿に変えて、記録石に残したようだ」

「レイフィア・バレンタイナの胸には、記録石に残ったリリアンナ様の姿をした女と同じ位置に、二つ、黒子がありました。バレンタイナ家の公爵夫人にも確認済みです」


 フィオルド様の言葉を、フォルトナ様が補足した。

 アニスさんは己を恥じるようにして目を伏せて、深く息をついた。


「バレンタイナ家は、娘が何をしていたのかを把握していなかったようですね。つまり、誰かから命令されて、レイフィアは動いていたわけではないようです。証拠が見つかりましたので、夏季休暇を利用してフィオルド様と共にバレンタイナ家に訪れて、レイフィアとソフィア、二人と話をしました」

「なんて言っていたの、あの子たちは? あんな子供に騙された私も私だけれど、子供だと思っていたのに……記録石に嘘の映像を残してリリアンナを貶めようなんて、性悪も良いところね」


 フィオルド様の説明を聞いて、アニスさんが苛立ったように言った。


「子供といっても、レイフィア様はもう十五歳。お二人よりも一つ年下というだけですよ」

「子供よ」

「子供だからこそ、大胆なことを思いつくのかもしれませんが。……ともかく、レイフィア様は黙ったままでしたが、ソフィア様は何もわかっていないようでしたね」


 ――お姉様が、リリアンナ様は悪女だっていうから、そう思っていました。

 そう、ソフィアさんは言っていたようだ。

 つまり、巻き込まれただけなのだろう。


「沈黙は時に言葉よりも雄弁に真実を語ります。全てはレイフィア様が仕組んでいたことなのでしょう。リリアンナ様を貶めて――恐らくは、自分がフィオルド殿下の婚約者になるために」

「……レイフィアさん、フィオルド様のことを……」

「理由など気にする必要はない。ただ、事実だけがあれば良い。――バレンタイナ家には、社交界に私が許可を与えるまで顔を出さないように、謹慎を命じた。レイフィア、ソフィア共々、三大公爵家として皇家の血筋に名を連ねる権利をはく奪した」


 フィオルド様が軽く首を振って、言った。

 レイフィアさんは、フィオルド様のことが好きだったのだろうと思う。

 だから自分の身を道具のように使ってまで、――私を排除しようとしたのかもしれない。

 バレンタイナ家がどうしてもフィオルド様の婚約者になれと、レイフィアさんに命じたわけではないのなら、その可能性しか残されていない。

 そんな強い気持ちを持っていたレイフィアさんに――私は、誇れる何かがあるのかしら。

 ただ流されるまま、言われた通りに婚約者になって、フィオルド様のことを怖がって――好きだと言われたから、好きになって。

 なんだかとても、つらい。

 私がいなければ――私さえ、いなければ。

 誰も苦しまなくてすんだかもしれないのに。


「どういうことですか? バレンタイナ家は、公爵家ではなくなるのですか?」


 アニスさんが訝し気に尋ねる。
 アニスさんのはっきりとした言葉に、思考の袋小路に迷い込んでいた私は、意識を浮上させた。


「いや。バレンタイナ家には罪はない。今回に限り、血筋から除外するというのは、シリウスの婚約者をアニスにする、ということだ」

「……え、……え?」

「皇妃であるアミティ母上は、レランディア家の者。そして、リアン皇女はセフィール家に嫁がれて、私の婚約者はリリィだ。これではレランディア家とセフィール家の、セントマリア皇家とのつながりが濃くなりすぎてしまう。本来なら、バレンタイナ家のどちらかが、シリウスの婚約者になるべきなのだろうが」

「状況を鑑みて、それはしない、ということです。正式な通達が、レランディア家に今頃届いているでしょう。アニス様はシリウス様の婚約者になりました」

「……そんな」


 アニスさんが口元を手で押さえて青くなっている。

 以前アニスさんは、シリウス様の婚約者に自分が選ばれる可能性が高いと言っていたけれど。

 覚悟ができているのかと思っていたのに、アニスさんはどういうわけか、この世の終わり、みたいな表情をしている。


「アニス。お前は騙されていたとはいえ、リリィを貶めていた罪がある。それを償いたいと、何度も私に言っていたな。……お前の償いとは、シリウスとの婚約だ。シリウスの了解は得ている。やや素行に問題がある弟だが、よろしく頼む」

「……はい」


 アニスさんはこの世の終わりみたいな表情のまま頷いた。

 それから、ふらふらと貴賓室を出て行った。

 私はアニスさんの背中とフィオルド様の顔を交互に見つめて、――アニスさんを追いかけることにした。

 だって、放っておけない。





 
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