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番外編
アニスと野良猫 1
しおりを挟むずっといる。
ずっといるわね。
まるで野良猫が住み着いていつの間にか家猫になってしまったぐらいにずっといる。
私のベッドでさもあたり前のようにくつろいでいるシリウス様を、私は部屋の隅で立ったまま睨みつけている。
「アニス、俺たちは婚約者になったのだから、そんなに睨まなくても良いのに」
よく言うわね、こいつ。
シリウス様はいつものようにシャツの前ボタンをざっくりひらいた半裸で、ついでにスラックスのベルトなんかも外している、だらしのない姿だ。
ほぼ半裸で私のいつもイヴが清潔にしてくれているベッドに横にならないで欲しいわよ。
汚れるじゃない。
シリウス様はリリアンナと殿下が、密やかな契りを交わしている図書室の奥で私に酷いことをしたあとに、私を部屋まで抱き上げてつれてくると、それからずっと居座っている。
女子寮には男子生徒は入ってはいけないという決まりになっているのに。
いえ、それ以前の問題よ。
シリウス様は植物園でも図書室でも、私に酷いことをしたことを忘れたのかしら。
因みに私がシリウス様の存在に気づいたのはついさっきだ。
シリウス様にいいように弄ばれた私は、意識を失って眠ってしまい、目が覚めたらイヴがお風呂に入れてくれて、着替えをさえてくれた。
ぼんやりしながらイヴのお世話を受け入れていた私が寝室に戻ってくると、シリウス様が私のベッドでリラックスしていたというわけである。
「お帰りください」
「冷たいなぁ、アニス。あんなことまでした仲なのに」
「帰れって言ってるのよ。私たちは婚約者だけど、私はお飾りの婚約者でいてやるって決めたのよ。さっさと帰って、大好きな娼館にでも行きなさいよ」
私のお父様には愛妾がいる。
だから私は、あまり男性というものが好きではなかった。
とはいえ自分の立場をわきまえているつもりなので、セントマリア皇家に命じられたら粛々とフィオルド様、もしくはシリウス様の婚約者になることを受け入れるつもりでいた。
フィオルド様という方は昔から女性を傍に近づけることもせず、冷たく怖い印象はあるのだけれど、その身は清廉潔白で、ひたすらに正しい方という印象だった。
恋愛感情ではないけれど、男性が嫌いな私にとっては憧れの対象ではあった。
だから、リリアンナの不貞を信じてしまった私は、いきすぎた行動をとってしまったのだけれど。
それに比べてシリウス様は、不真面目で、浮気性で、最低な男だ。
リリアンナの件で深く反省した私は、シリウス様の娼館通いの噂を鵜吞みにはしないようにと思っていたのだけれど――やっぱり駄目だわ。
言わないようにと思っていたのに、当然のように私の部屋にいるシリウス様を見ていたら、つい口に出してしまった。
「いかないよ。俺にはもうアニスがいるのだから、あの場所には行く必要がなくなった」
「どういうことなの?」
「どうして怒っているのかな、アニス? もしかして、嫉妬?」
「違うわよ!」
意地悪く笑いながらシリウス様が言うので、私は声を荒げた。
そんなわけないじゃない。
嫉妬とは、好きな相手の場合に沸き起こる感情だもの。
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