2 / 9
2
しおりを挟むその後ジュリアンと踊ったのはたったの二回。
いつもと変わらないほほ笑みに、彼の腕の中にいると夢を見てしまいそうになる。
このまま彼が学校を卒業して、一緒に彼の領地へ移って一年ほど一緒に領地経営についてや侯爵夫人として教育を受ける予定となっていた。
そしてジュリアンが十九歳、私が二十歳になる頃に結婚する運びとなっている。
この世界では二十二歳までに嫁ぐのが当たり前で、早くに結婚して後継ぎをもうけてから自由恋愛をするのが一般的。
前世とは逆の価値観で馴染めないし、きっと私は器用に恋愛なんてできないと思う。
元々はジュリアンの卒業と同時に結婚する話だったけれど、
「お父さまともう少し一緒に過ごしたいです……離れてしまうのは寂しいですわ」
そう泣きついて結婚する時期を延ばしてもらった。
侯爵家にはそれなりの理由で伝えたらしく、意外にも私の意見が通ったのは父が王弟だということと、私に甘いからかも。
彼とヒロインが一緒に図書室にいるところを見てしまった後では、結婚の準備を早々に進めてしまってはとても悲しいことになる。
結婚式のドレスの準備もギリギリまで伸ばしたくて、最近デザインが決まり布選びをしているけれど、あれやこれや好みや条件を伝えてすぐには頷かないつもりでいた。
本当だったらとても楽しいはずの作業なのに日の目を見ないドレスなんて無駄だと思う。
そんなドレスが仕上がったところで目にするたびに悲しくなる。
もっと割り切ることができたら隣国で開催される王宮のパーティーに着られるように仕立てたんだろうけど。
結婚式の延期が決まった後でジュリアンに会った時、眉を下げて困った顔をしていた。
『僕は君が早く結婚したいんだと思っていた』
そう言われたのは、彼が学園に入学してヒロインと出会った直後、パニックに襲われた私が今すぐ結婚してほしいと迫ったことがあるから。
両家の結束を強めるために中には十四、五歳で結婚式を挙げることもあるけれど……一般的ではない。
場合によっては両家に何かあるのではと噂が飛び交って痛くない腹を探られる。
彼からは学園に通っていて今は無理だから卒業まで待ってほしいと真面目な顔で謝られた。
『あの時は……ごめんなさい』
彼は私のほうに手を伸ばしたけれど何もせず手を下ろす。
どうして、とも彼は聞かなかった。
ヒロインに惹かれているからだろう、私に触れるのはエスコートする時とダンスの時だけに限られているから。
彼は今、昔からの婚約者と恋してしまったヒロインとの間で葛藤しているのかもしれない。
ヒロインは貧乏な伯爵家の娘で、弟二人のために玉の輿……ではなく学園の先生になって家族を支えようとする頑張り屋でけなげな可愛い女の子だ。
同じクラスのジュリアンに惹かれるものの、婚約者がいると知って身を引こうとする。
けれどさまざまなトラブルに巻き込まれて二人は近づいていく。
二人が少しずつ惹かれ合う様子が細やかに描かれていて前世の私は何度も読み返した。
婚約者なんて政略結婚なんだからさっさと別れたらいい、そう思って。
まさかそれが今の自分に返ってくるなんて考えられなかったから。
最初はうまくいっていた私達の関係も、ジュリアンが入学してからお互いの距離がどんどん開いていくのを感じて寂しい。
でもそう思っているのは私だけだろう。
彼がヒロインとの関係を進めるのに私が邪魔になるのだから。
私は彼に恋心を見せてはいけない。
お互いに誠実であろうとしたのに、今では上辺だけの薄っぺらいつながりで今にも途切れそうだった。
胸が痛むのは、いつまでだろう。
明日の夜には私達の関係が終わるから、私はそのまま隣国に住む大叔母の元へ行くつもりで連絡してある。
アルセニオ殿下からの招待状はまだないけれど、きっと私に甘い父が手に入れてくれるはず……。
本当は結婚にこだわらなくてもいい。
シャペロンとかガヴァネスとか、働こうかな。
仕事に没頭すれば前世のように恋だって忘れられるはず。
隣国へ行ってしまえば私の噂なんてすぐに消えてしまって、私の家族もそのうち気にならなくなると思う。しばらくの間は家族に迷惑をかけるけど。
仕事に生きるならいっそのこと、ジュリアンと一度だけ夜を過ごすことができたら素敵な思い出になったんだろうな。
だけど体を重ねてしまえば彼は責任を感じて私と結婚することを選びそう。
それはいやだった。
彼の心がヒロインに奪われたままでは虚しい。
前世で少しだけ恋愛経験があるから、恋を失った後のことだって死ぬほどつらくたって、私は生きてきた――まぁ、病気で死んでしまったようだけど。
この世界の成人年齢が十八歳でよかったと思いながらシェリー酒を口に含む。
アルセニオ殿下の国から輸入したこの酒が白ぶどうから作られたワインだって知らなかった。
癖もあるし好きかと問われたら……微妙だけど、極甘口のこれはワインよりもアルコール度数が高いみたいでぐっすり眠れるからやっぱり好きなのかも。
もう一口飲んでグラスをテーブルに置いた時、扉がノックされた。
「はい」
「イヴェット様、ジュリアン様が至急お会いしたいとおっしゃっているのですが……」
明日の夜が最後になるはずなのに、どうして今ジュリアンが?
112
あなたにおすすめの小説
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
わんこ系婚約者の大誤算
甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。
そんなある日…
「婚約破棄して他の男と婚約!?」
そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。
その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。
小型犬から猛犬へ矯正完了!?
あなたが残した世界で
天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。
八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。
ダメンズな彼から離れようとしたら、なんか執着されたお話
下菊みこと
恋愛
ソフトヤンデレに捕まるお話。
あるいはダメンズが努力の末スパダリになるお話。
小説家になろう様でも投稿しています。
御都合主義のハッピーエンドのSSです。
私の意地悪な旦那様
柴咲もも
恋愛
わたくし、ヴィルジニア・ヴァレンティーノはこの冬結婚したばかり。旦那様はとても紳士で、初夜には優しく愛してくれました。けれど、プロポーズのときのあの言葉がどうにも気になって仕方がないのです。
――《嗜虐趣味》って、なんですの?
※お嬢様な新妻が性的嗜好に問題ありのイケメン夫に新年早々色々されちゃうお話
※ムーンライトノベルズからの転載です
どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。
無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。
彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。
ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。
居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。
こんな旦那様、いりません!
誰か、私の旦那様を貰って下さい……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる