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2 地獄なんかじゃなかった。

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「おかえりなさいっ!」

 たたたっと、走り寄ってきたのは、子犬のように人懐っこい雰囲気の男の子。

「コレット、さっそく家の手伝いをしてくれる女神を見つけたぞ。フィオレンサだ」

 まんまるの目で見上げられて、ちょうど双子と同じくらいだと思った。

「はじめまして、ふいぃおれんさ!」
「はじめまして。フィーでいいわ。これからよろしくね、コレットくん」
「ぼくもコレットでいーよ!」

 私は身体を屈めてコレットと同じ目線になった。
 すると、にこっと無邪気に笑うからなんだか胸がじーんとする。
 
「俺もフィーって呼びたいな」

 ネッドさんにつぶやかれてパッと顔を上げた。

「はい、どうぞ。名前、長いですよね」
 
 名付けたのは祖母で、幼い頃はもっと親しみやすい名前に憧れたのだけど。

「いや、とてもいい名だと思うよ。フィオレンサ。うん、とてもいい」

 ネッドさんに味わうように呼ばれてなんだかくすぐったい気持ちになった。

「あ、りがとう、ございます。呼びやすい方で、どうぞ……」
「うん、じゃあ普段はフィーって呼ばせてもらうよ」
「はい」

 ここでお世話になるのは、多分一月くらいだろうとお互いに話している。
 その後のことは、早めに職業斡旋所に相談することになると思うけど、今日は色々なことがあってこれ以上考えられない。

「フィー、狭くて悪いんだけど、ここを使って欲しい」

 示されたのは屋根裏部屋で、時々使っているのか掃除はしてあるみたい。
 ベッドとテーブル代わりになりそうな木箱があって、秘密基地みたいで過ごしやすそう。何より個室が嬉しい。

「ありがとうございます」
「足りないものは……とりあえず、明日買い物に行こう。俺は家で仕事しているんだ」

 ネッドさんは職人だった祖父の跡を継いで、その自宅兼工房に移り住み、櫛を作っているそう。
 髪をすくものや、髪飾りにするもの、いろいろな形のものを作って生計を立てていると聞いた。

「フィー、ぼくといっしょのへやでもいいよ?」

 私の手を握りながらコレットが見上げる。
 ふと、夜中にふとんに潜り込んで来た幼い双子が思い出されて、胸がきゅっと苦しくなった。

 たった数時間でがらっと生活が変わってしまったから、小さなコレットの温かい身体を抱きしめて眠ったら、ざわざわする心も落ち着くかもしれない。
 私が頷こうとした時、

「こら。フィーも疲れているだろうから、無理を言わない。それに、コレットと寝たら蹴られたり乗られたりして休めないだろ」
「ぼく、そんなことしないもん!」

 弟も寝相が悪かった。いきなり、お腹に足が乗って夜中に目が覚めたこともあったし、朝になると、なぜか枕に足を乗せて寝ていたこともあったから。
 何気ないやりとりに笑みがこぼれるものの、家族を思い出してせつなくなって、ポロリと涙が流れた。 

「ごめんなさい、二人のやりとりがおかしくて……」

 ネッドさんが私の頭をくしゃくしゃに撫でる。
 慌てて目元を拭った。
 コレットは言葉通りに受け取ってくれたみたいでほっとする。

「まずは、昼飯にしよう。それから」
「フィーとおひるねする!」
「……お前はそんなに一緒に寝たいのか」

 あんなに昼寝しろって言っても寝なかったのにって漏らす。
 五歳なら昼寝をしない子もいるだろうなと思ったけれど、国が違うと暮らし方も違うかもしれない。

「フィーとなら、いいゆめがみれそうだから!」

 それはそうだな、ってネッドさんがつぶやくから、私は口を挟んでいいかわからなくなった。

「それなら三人でおひるねすればいいよ!」
「いや、それは……その、さすがに」

 ネッドさんが赤くなってそっぽを向く。私は今度もなんて答えていいかわからない。

「でも、ぼくママとパパにはさまれてねむるの、すごくすき。でもいまはできないから、二人にしてほしい」

 いきなり両親と会えなくなったからきっと寂しいんだと思う。
 真ん中にコレットを挟むなら、日中で明るいし、恥ずかしくないんじゃないかな?
 そう思って。

「昼寝だったら、いいですよ」

 コレットが私に飛びついてきて、驚いたけどぎゅっと抱き止めた。
 会ったばかりなのに警戒心がなくてびっくりする。でも素直に好意を示されると嬉しい。

「やったぁ! きまり!」
「あぁ、もう! フィーは本当にいいのかい?」
「はい」

 確認されると、なんだか恥ずかしい。
 大人のネッドさんが一番恥ずかしがっているのがなんだかおかしくて、思わず笑いが漏れた。

「……あー、わかった! じゃあまず、ご飯だ」

 手伝うと言ったけれど、今日は大丈夫だと言うから今はコレットと話すことにした。
 さっきから、ピッタリくっついて離れない。

「フィーは、いいにおいがする。とっても、やさしい、いいにおい……!」

 そう言った後、ネッドさんに向かってコレットが叫んだ。

「おじさーん! フィーはぼくのツガイかもしれない!」

 



 

 


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