獣人の国に置いて行かれた私の行き先

能登原あめ

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 番?
 きょとんとする私に、慌ててネッドさんがやって来た。

「どうしてそう思った?」
「だって、ツガイっていいにおいがするんでしょ? フィーはおはなのいいにおいがするよ!」
「花……甘い、のか?」

 ネッドさんまで私を嗅ごうと寄ってくるから、今度は私が慌てた。

「ラベンダー入りのオイルで肌の手入れをしているので」
「……なるほど」

 鞄から取り出して蓋を開け、二人の前に差し出した。

「あ、これだ! いいにおい……」

 コレットがそう言うと、ネッドさんが大きく頷いた。

「あぁ、そうだな。……番は、もっと甘い香りがするんだよ。俺も嗅ぐまでそうとは思わなかったけど」

 ネッドさんの言うことがわからなくて、首を傾げると、順に説明するよと言う。

「……二人とも鼻がいいんですね。そこまで匂いは強くないと思うんですけど」

 塗ったのは起きてすぐだし、それもほんの少しだけ。
 私は自分の腕の匂いを嗅いだ。

「俺も、コレットもイヌの獣人なんだ。……だから、匂いには敏感かもしれない」

 やっぱり獣人なんだ。すごく納得する。

「……それで、獣人は心から惹かれ合う番という存在がいるけれど、生きているうちに会えない場合もあるし、何人かと出会う可能性もあるらしい……周りで聞いたことがないけど」

 番の話は本で読んだことがあるけれど、ネッドさんの話すことは物語の中の出来事のように私には現実味がなくて、興味深い。
 もし出会うことができたら、特別で幸せなんだろうな。

 さっきの口ぶりからすると、ネッドさんは番に出会えたのかな? 
 今独身だと言うことは、うまくいかなかったのかもしれない……私からは訊けないと思った。

「獣人の番が人間のこともあるんだけど、気づく人間は半分くらいと言われてる。この国に住んでいると、共存しているからか感覚的に気づく人間が多いんだけど……」
「はい」
「……やっぱり、気づかない?」
 
 他人事だと思って聞いていたけど、ネッドさんに両手をとられた。

「フィオレンサ、君は俺の番だよ」

 その言葉に、黙っていたコレットが、騒ぎ出した。

「すごい! でもずるい! ぼくがツガイになりたかった‼︎」
 
 ぴょんぴょん跳ねて私たちの周りを走る。

「コレットは、花の匂いだって言っただろ? 違うんだ! もっと甘くて、吸い寄せられるような、食べてしまいたくなる匂いがするんだ……あーー! ごめん、急にこんなこと言われても困るよな! とりあえず、頭の片隅においてくれ」
「……はい」

 びっくりした。
 今日会ったばかりの人だし、番だなんて私にはよくわからない。

「悪い、まず、食べよう」

 ネッドさんが、小麦粉で作った団子の入った具沢山スープを出してくれた。
 色々な野菜が煮崩れていて、とろりとして食べやすい。美味しくて一皿で満足する。
 だけど、コレットは渋々口に運んでいるから、苦手な野菜が入っているのかも。
 
「コレットは苦手な野菜があるの?」
「ないよ……でも」
「でも?」
「これ、まいにち、たべてるから……」

 ちらっとネッドさんを見やると、モゴモゴ言った。

「このスープは一皿食べれば栄養がとれるし、温まるし、一度に仕込めば何日も持つ。コレットは飽きたらしい」

 三日間、同じものを食べてるの?
 双子も、気分で食べたり食べなかったりした。
 でも。
 独身の男性が仕事しながら甥の面倒を見るのはすごく大変だと思う。

「合理的ですね……美味しいですし。……ただ、小さな子によっては、同じものを食べ続けるのは苦手と感じるかもしれませんね……」

 ネッドさんが私をじっと見つめる。

「フィーは優しいな」
「そう、でしょう、か……?」

 私を拾ってくれたネッドさんのほうが優しいと思う。

「あの、ちょっとずつ味を変えていけば、多分飽きないのかもしれません……」

 食事作りは家でも作っていたし、双子を見ていたからなんとなく食べれそうなものはわかるかもしれない。

 ネッドさんは、斡旋所で契約する時に住み込みの子守代として新人には破格の給料にしてくれたから、その場で家事を含む契約に変えてもらった。
 それでも、家にいた頃より楽な上にお金ももらえるから申し訳ないくらい。

「明日から任せるね。朝、食材を買いに行こう」
「はい、よろしくお願いします」
「それって、ぼくも、いっしょにでかけられる? おいしいのたべれる?」

「あぁ、もちろん。みんなで行って、おいしいものを買ってこような」
「うん! すっごくたのしみ!」

 





 食事の後は、コレットが使っている客間へ移動した。ベッドが二台をくっつけてある。
 この客間は山の麓に住むコレット一家が朝市に出店する時に泊まることがあるんだそう。

 港の朝市は活気があって、地元の人だけじゃなくて、私も家族と旅行に来て楽しんだことを思い出して、落ち込んだ。

「ぼくとフィーがこっちのベッドで、おじさんこっちね」

 戸惑いながら、横になる。

「ママともこうしてねてたんだ」

 私のお腹に顔を埋めてしがみつく。小さな背中をゆっくり撫でながら、ネッドさんと顔を見合わせた。
 横になって、男の人を見ることなんてなかったから、なんだか恥ずかしい。
 ネッドさんは微かに笑って言った。

「おやすみ」
「おやすみなさい」
「…………」

 コレットの身体が震えているのに気づいて、そっと視線を下げる。
 嗚咽が聞こえて、ぎゅっと抱きしめた。

 きっと、家族に会いたくなったんだ。
 ずっと我慢していたのかな。
 私も会えないんだよ。
 つられて泣きそうになって、私は静かに息を吐いた。

 しばらく抱きしめて、背中を撫でているうちに泣き疲れて眠ってしまったらしい。
 
 ずっと黙っていたネッドさんが、私の髪をくしゃりと撫でた。

「仕事してくるから、コレットが起きるまで一緒におやすみ、フィオレンサ」

 ネッドさんが静かに部屋を出ていき、私はほんの少しだけ泣いた。
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