灰色の瞳に宿る想いに気づいた時、元騎士は静かに手を伸ばす

能登原あめ

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3 気詰まりな二人

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 侯爵家の馬車に向かい合って乗り込み、走り出したところでロゼールはようやく口を開いた。

「なるべく早く領地へ向かいたいのですが、どのくらい準備に時間がかかりますか?」

 しばらく考えてから、マルスランが口を開く。
 何を考えているか読めないけれど、彼もこの結婚を不本意に思っているとは思う。
 ゆったりとした造りの馬車で、こうしてお互いを知らぬまま向かい合っていると、やはり気詰まりになった。

「二日ほどいただければ」
「わかりました。では三日目の朝に迎えの馬車を用意します。私は先に領地へ戻っていますので」
「よろしくお願いします」

 とても夫婦の会話とは思えなくて、笑いたくなったけれど、お互いをほとんど知らないのだから仕方ない。
 そのまま会話が続かず沈黙が落ちた。

 マルスランは荷物をまとめたり、フォスター伯爵家に結婚のことを伝えたり、恋人と今後のことを語り合ったりするのだろう。
 別れなくてもいいと伝えたほうがいいか迷う。
 この結婚は白い結婚になるのだから。

 本当ならこのまま二人で伯爵家へ挨拶に向かうほうが良いのかもしれない。
 けれど二人だけで話をしたくて、ロゼールはしばらく御者に王城の周りをゆっくり走ってもらうことにしていた。
 ロゼールの灰色の瞳が彼を捉え、形良い唇が開く。

「……お互いに望んだ縁ではありません。然るべき時にどちらかの色を持った子を迎え入れようと思います。節度を持っていただければ、自由に過ごしていただいてかまいません」

 それがお互いの、彼に害が及ばないようにする方法だとロゼールは信じた。
 彼には昔、助けてもらった事があるからなるべく迷惑はかけたくない。

 マルスランはロゼールの何の感情も映し出さないその顔を探るように見つめた。

 さっきまでも好意的とは言えなかったけれど、淡々としていた彼から、今わずかに怒りと蔑みの眼差しを向けられて、馬車の中の温度が下がったように感じてぞくりとする。
 
「……なるほど。だから、あなたも自由にする、と?」
「ええ、旦那様」

 白金色の髪に灰色の瞳という組み合わせと、整った顔立ちから冷たい印象を与えることが多い。
 たった今、ロゼールが浮かべた笑顔も温かみがなく、マルスランの様子から悪印象しか与えていないと感じた。

「…………」

 彼女なりに和やかな空気を醸し出そうとしたのに、彼にきつく睨まれて、繕おうとすればするほど、悪化していくのが肌でわかる。

 これまで高度な教育を受けた高慢な女侯爵、それも数々の男を打ち捨ててきた毒婦という印象を利用してきたけれど、まるでそれが本物だというように定着してしまったのかもしれない。

 縁あって夫となったマルスランに対して、もう少し別の言い方ができたらよかったのに。

 でも、お互い反目し合ったままのほうが、結果的に彼のためになるかもしれないと、自分の心を宥める。
 長い沈黙が降り、ロゼールが御者に合図を送って騎士団の寮の近くに止まった。
 
「領地でお待ちしてますわ」
「……失礼」

 強い視線でロゼールの表情を見つめていた彼がいなくなり、ほっと息を吐いた。
 あんな風に冷たく睨まれて、背中に冷や汗が流れている。
 今日はもう悪意に晒されるのには疲れた。

「……これでは先が思いやられるわ」

 王命で離婚できないのであれば、彼の命を守るために夫と仲良くしないこと、子供を産まないこと。
 養子もある程度の年齢までこっそり匿い、寄宿舎に入れる必要があるかもしれない。

 二十五歳のコロンブは独身で、私の四番目の夫になる気でいたと思う。
 流石に本腰を入れて相手を見つけたらいいのに、彼の両親は好きにしろと言わんばかりに遊び回っていて、コロンブの行動を把握していない。 

 もともとコロンブの両親は伯爵家を継ぐ予定のなかった三男夫妻だからか、ずいぶん気楽な様子だった。
 ロゼールの祖父が生きていた頃から彼に対して甘すぎると忠告していたけれど、変わることはなく。

 すでに出来のいい長男が爵位を継いでいて、彼もコロンブのことを苦々しく思いつつも放置しているように思える。
 
「離れは彼が使うかもれない」

 王命でもあるし、いきなりマルスランの命が狙われることはないと思う。
 けれど、しばらくはロゼールの目の届く隣の部屋をつかってもらうしかない。

 屋敷の者すべてが信用できるわけではないから。
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