4 / 38
3 気詰まりな二人
しおりを挟む侯爵家の馬車に向かい合って乗り込み、走り出したところでロゼールはようやく口を開いた。
「なるべく早く領地へ向かいたいのですが、どのくらい準備に時間がかかりますか?」
しばらく考えてから、マルスランが口を開く。
何を考えているか読めないけれど、彼もこの結婚を不本意に思っているとは思う。
ゆったりとした造りの馬車で、こうしてお互いを知らぬまま向かい合っていると、やはり気詰まりになった。
「二日ほどいただければ」
「わかりました。では三日目の朝に迎えの馬車を用意します。私は先に領地へ戻っていますので」
「よろしくお願いします」
とても夫婦の会話とは思えなくて、笑いたくなったけれど、お互いをほとんど知らないのだから仕方ない。
そのまま会話が続かず沈黙が落ちた。
マルスランは荷物をまとめたり、フォスター伯爵家に結婚のことを伝えたり、恋人と今後のことを語り合ったりするのだろう。
別れなくてもいいと伝えたほうがいいか迷う。
この結婚は白い結婚になるのだから。
本当ならこのまま二人で伯爵家へ挨拶に向かうほうが良いのかもしれない。
けれど二人だけで話をしたくて、ロゼールはしばらく御者に王城の周りをゆっくり走ってもらうことにしていた。
ロゼールの灰色の瞳が彼を捉え、形良い唇が開く。
「……お互いに望んだ縁ではありません。然るべき時にどちらかの色を持った子を迎え入れようと思います。節度を持っていただければ、自由に過ごしていただいてかまいません」
それがお互いの、彼に害が及ばないようにする方法だとロゼールは信じた。
彼には昔、助けてもらった事があるからなるべく迷惑はかけたくない。
マルスランはロゼールの何の感情も映し出さないその顔を探るように見つめた。
さっきまでも好意的とは言えなかったけれど、淡々としていた彼から、今わずかに怒りと蔑みの眼差しを向けられて、馬車の中の温度が下がったように感じてぞくりとする。
「……なるほど。だから、あなたも自由にする、と?」
「ええ、旦那様」
白金色の髪に灰色の瞳という組み合わせと、整った顔立ちから冷たい印象を与えることが多い。
たった今、ロゼールが浮かべた笑顔も温かみがなく、マルスランの様子から悪印象しか与えていないと感じた。
「…………」
彼女なりに和やかな空気を醸し出そうとしたのに、彼にきつく睨まれて、繕おうとすればするほど、悪化していくのが肌でわかる。
これまで高度な教育を受けた高慢な女侯爵、それも数々の男を打ち捨ててきた毒婦という印象を利用してきたけれど、まるでそれが本物だというように定着してしまったのかもしれない。
縁あって夫となったマルスランに対して、もう少し別の言い方ができたらよかったのに。
でも、お互い反目し合ったままのほうが、結果的に彼のためになるかもしれないと、自分の心を宥める。
長い沈黙が降り、ロゼールが御者に合図を送って騎士団の寮の近くに止まった。
「領地でお待ちしてますわ」
「……失礼」
強い視線でロゼールの表情を見つめていた彼がいなくなり、ほっと息を吐いた。
あんな風に冷たく睨まれて、背中に冷や汗が流れている。
今日はもう悪意に晒されるのには疲れた。
「……これでは先が思いやられるわ」
王命で離婚できないのであれば、彼の命を守るために夫と仲良くしないこと、子供を産まないこと。
養子もある程度の年齢までこっそり匿い、寄宿舎に入れる必要があるかもしれない。
二十五歳のコロンブは独身で、私の四番目の夫になる気でいたと思う。
流石に本腰を入れて相手を見つけたらいいのに、彼の両親は好きにしろと言わんばかりに遊び回っていて、コロンブの行動を把握していない。
もともとコロンブの両親は伯爵家を継ぐ予定のなかった三男夫妻だからか、ずいぶん気楽な様子だった。
ロゼールの祖父が生きていた頃から彼に対して甘すぎると忠告していたけれど、変わることはなく。
すでに出来のいい長男が爵位を継いでいて、彼もコロンブのことを苦々しく思いつつも放置しているように思える。
「離れは彼が使うかもれない」
王命でもあるし、いきなりマルスランの命が狙われることはないと思う。
けれど、しばらくはロゼールの目の届く隣の部屋をつかってもらうしかない。
屋敷の者すべてが信用できるわけではないから。
3
あなたにおすすめの小説
どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。
無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。
彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。
ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。
居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。
こんな旦那様、いりません!
誰か、私の旦那様を貰って下さい……。
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?
石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。
彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。
夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。
一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。
愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。
大人になったオフェーリア。
ぽんぽこ狸
恋愛
婚約者のジラルドのそばには王女であるベアトリーチェがおり、彼女は慈愛に満ちた表情で下腹部を撫でている。
生まれてくる子供の為にも婚約解消をとオフェーリアは言われるが、納得がいかない。
けれどもそれどころではないだろう、こうなってしまった以上は、婚約解消はやむなしだ。
それ以上に重要なことは、ジラルドの実家であるレピード公爵家とオフェーリアの実家はたくさんの共同事業を行っていて、今それがおじゃんになれば、オフェーリアには補えないほどの損失を生むことになる。
その点についてすぐに確認すると、そういう所がジラルドに見離される原因になったのだとベアトリーチェは怒鳴りだしてオフェーリアに掴みかかってきた。
その尋常では無い様子に泣き寝入りすることになったオフェーリアだったが、父と母が設定したお見合いで彼女の騎士をしていたヴァレントと出会い、とある復讐の方法を思いついたのだった。
愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください
無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――
貴方に私は相応しくない【完結】
迷い人
恋愛
私との将来を求める公爵令息エドウィン・フォスター。
彼は初恋の人で学園入学をきっかけに再会を果たした。
天使のような無邪気な笑みで愛を語り。
彼は私の心を踏みにじる。
私は貴方の都合の良い子にはなれません。
私は貴方に相応しい女にはなれません。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】愛する人はあの人の代わりに私を抱く
紬あおい
恋愛
年上の優しい婚約者は、叶わなかった過去の恋人の代わりに私を抱く。気付かない振りが我慢の限界を超えた時、私は………そして、愛する婚約者や家族達は………悔いのない人生を送れましたか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる