灰色の瞳に宿る想いに気づいた時、元騎士は静かに手を伸ばす

能登原あめ

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4 備え

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 領地に戻って三日。
 そろそろマルスランがやって来るだろうと思い、屋敷の準備はすでに整えていた。

 御者にも王都から領地まで宿屋で十分休みをとるように伝えてあって、万一大量の荷物を運んでいるとしたら、もう少し到着までに時間がかかると考えている。
 それでも構わないのだけど。

 結婚したことに実感がわかず、王に呼び出された時の手紙を手に取り、なんとはなしに眺めていた。

 手紙は何度読み返しても簡潔な内容で、その行間からは何も読み取れない。
 まさか教会に移るでもなくあの場ですぐに誓わされるとは思わなかったし、マルスランであったことにも驚いたけれど。

「ロゼール様。離れの件ですが、人員を増やしてなるべく早く仕上げるように要請しました」

 アントワーヌに声をかけられて小さく息を吐く。

「色々とありがとう。……これからも助けてね」
「心得ております」

 いつもの淡々とした態度にほっとした。
 元々アントワーヌの両親が祖父に仕えていて、彼らには今王都の屋敷の管理を任せている。
 アントワーヌはロゼールが生まれた時にはすでにこの屋敷で働いていて、爵位を継ぐ前から祖父に頼りにされていた。

「私の隣の部屋は準備できているのよね?」
「客室も用意しております」

 澄ました顔で言われて、思わず口元が緩む。
 祖父同様にアントワーヌは厳しかったけれど、たまにこっそり温めたミルクを届けてくれたり、少しだけ大きく切り分けたプディングをよそってくれたりした。
 
 今は四十を過ぎたはずだけど、独身のままで結婚するつもりもないらしく、ロゼールが幸せになるのを見届けるのが先だというから申し訳ない。
 
「……いきなり客室に行けとも言えないわ。折を見て離れの話をするつもりよ」

 離れの完成を待たずに、喪が明けてすぐに結婚すればよかったのかもしれない。
 そのほうがマルスランを巻き込まないですんだはずだから。

 四人目の夫を領民の中から探そうとした時に、アントワーヌから形だけだというなら領内の医師クレマンはどうかと提案された。

 独身主義者でつき合いも長く、程よい距離感でいられたと思う。
 医師であるというのも、多少なりとも彼自身の身を守ることができて安心できた。

 今はもう結婚に夢を見ていないし、理想的な契約結婚になるところだったのに。
 今さら嘆いてもしかたない。
 できることをするだけ、とロゼールは気持ちを切り換える。

「ロゼール様、私達がついております。全てうまくいきますよ」
「そうかしら。……でも、アントワーヌに言われると本当にそうなる気がするのよね」

 領地でのロゼールの評判は、悪くはない。
 海に面していて昔から海水を引き込んで塩田を作っているから、その利益で潤っていて領民が高額な税を払う必要もない。

 塩田のおかげで働き手があぶれることもなく、小さい領地ながらも、そのおかげで街も活性化されていて、小さな村まで発展している。
 
 けれど王都でのロゼールの噂は、コロンブの誇張という訳でもなく本当にひどいものだということを、パーティに出ると実感した。

 悪女だの、毒婦だのと囁かれて遠巻きにされる。
 最初の頃は一晩の戯れを求めて近寄る者もいたけれど今はいない。

 王都では気を抜けないけれど、領地は心穏やかに暮らせる。
 屋敷の中にも領民が働いているから、全てとは言わないけれどある程度の事実はみな知っているように思えた。

 この七年間にロゼールが三人も夫を亡くしたことは、悲劇であり、信心深い領民達はシモンズ侯爵家は呪われているのだと囁く。

 憐れみの目を向けられることもあったから、そういう時は背筋を伸ばして顔を上げた。
 弱った姿など見せたくない。

「では、失礼します」

 アントワーヌが出て行った後、ずっと黙っていた侍女のバベットが口を開いた。

「……ロゼール様、もしかしたらとても相性のいい男性かもしれませんよ。……一度は向き合ってみてはいかがでしょう?」

 ロゼールが眉を上げて見せると、バベットはそのまま続ける。

「これまでは運が悪かったのです。ロゼール様のせいではありません」

 バベットの夫はシモンズ家の料理人として働いていて、二人は十年以上前に結婚している。
 子宝に恵まれていないけれど夫婦仲はとてもよく、バベットは長年ロゼールの専属侍女として働いてくれていた。

 もしかしたら、ロゼールのことを子どもみたいに思っているのかもしれない。
 家族縁の薄いロゼールからみても、姉のようでもあり母のようでもあって大切な存在と思っている。

「そうね、私もジャコブみたいに誠実な相手だったら真面目に考えるかもしれないわ」

 冗談で言ったのに、バベットが嬉しそうに笑った。
 
「そうですよ! 人生何があるかわかりません」
「……そうね」

 マルスランに嫌われていることは、バベットも会えば気づくだろうと思う。
 がっかりさせてしまうのも申し訳なくて、先に伝えようと口を開いた。

「あらっ……。ロゼール様、いらしたみたいですね!」

 バベットが嬉しそうに声を上げる。
 窓の外に彼を乗せたであろう侯爵家の馬車が入ってくるのが見えた。
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