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12 本物の婚約者

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「レアル、大丈夫か?」

 扉を塞ぐように立っていたのはバレンティ様で、私が倒れないようにたくましい腕で腰を支えてくれていた。

「……はい、バレンティ様」
「遅くなってすまない。あとは任せろ」

 バレンティ様の低い声には説得力がある。
 違う、声だけじゃない。
 抱きしめられたのは初めてだけど、すごく安心した。

「……お前は……まさか」
「この地の領主、バレンティ・サクリスタンだ。彼女の婚約者でもある。婚約式に間に合わなくて残念だったな、エメテリオ伯爵」

 ヒラヒラした飾りのついたシャツを着た細身のお兄様は王都の流行りの格好なのだろうけど、たくましくてしっかり筋肉のついたバレンティ様の飾り気のないシンプルなシャツ姿は何倍も格好良く見えた。
 来てくれたタイミングだって王子様みたい。

「届いていないぞ、婚約式の招待状なんて。それに婚約したのはベルニじゃなかったのか……?」
「……? 何か手違いがあったのだろう」

 バレンティ様の堂々とした姿に目を奪われていると、ベルニ様がひょっこり顔を出す。もしかしてバレンティ様の後ろにずっといたのかも。

「誤解もあるようだから、こんなところで話すよりも領主館に移動してもらったらどう?」

 私とバレンティ様に向けて言ってから、ベルニ様がお兄様たちに目を向ける。

「やぁ、二人とも久しぶりだね。王都からまっすぐ来たなら疲れているだろう? 今夜は領主館に泊まってもらったら? レアルも領主館で暮らしているからね」

 ニコッと笑って言うと、お兄様とグスタボ様が私を見た。

「私がバレンティ様の婚約者なのは本当です」

 何か言おうと口を開くお兄様にバレンティ様が言った。
 
「話はあとだ。ここは騒いでいい場所じゃない」
 





 
 私はバレンティ様と二人で馬車に乗り込み、ベルニ様がなぜかお兄様とグスタボ様の馬車に乗った。
 道案内をすると言ったけど、御者の後ろをついていけば問題なかったような?
 
 でも私は二人きりになれて嬉しかった。バレンティ様の顔を見たらすごくほっとして、握りしめていた手をようやくゆるめることができたから。

「修道院長が領主館に使いを出してくれたんだ。彼女も神官たちとの会合がなかったらレアルのそばにいたかったと思う」

「そうでしたか。修道院長のおかげですね……バレンティ様が来てくださって本当によかったです。私、ちょうど逃げようとしていたので……バレンティ様の顔を見たらすごく、すごくほっとしました」

 バレンティ様は優しくて本当に頼りになる。
 もとから憧れていたけど、もっと強い気持ちがわき上がった。
 
「そうか」

 そっけなくそう言って立ち上がると、私の隣に座って手を握ってくれる。
 向かいにいるよりこのほうがいい。
 大きな手は温かいし、私の肩とバレンティ様の腕が触れ合って体温が心地よかった。

「一人で頑張ったな。……レアルは俺の婚約者だ。心配することは何もない」
「はい。バレンティ様の婚約者になれて本当によかったです」

「あ、あ……俺もだ。毎日幸せを噛み締めている」

 バレンティ様は縁談を押しつけられなくてすむからかな。
 日々、おいしいお菓子を食べられるようになったからかな。バレンティ様はこれまで甘いものは遠慮していたみたいだもの。
 少し私と気持ちが違うかも。

「私も……ずっとバレンティ様のことを憧れていたので、こうしてそばにいることができて嬉しい……」

「そう、なのか……? そういえば、昔会ったことがあると言っていたな。その話をしないままここまできてしまった。俺は、何かしたのか?」

「はい、私を抱きしめてくれたんです」
「あ? 八歳の、少女を……?」

 バレンティ様が驚いて口を大きく開けたまま固まった。おかしなことじゃないって説明しなくちゃ。

「あの時は」

 その時馬車が止まって、扉が開いた。

「お帰りなさいませ、領主様」
「……うむ」

 先に降りたバレンティ様が私に手を差し出して降ろしてくれた。手は握られたまま、私をじっと見る。

「彼らと晩餐をとろう。少し休んで支度を整えてくるといい。その話はまたあとで」
「わかりました。バレンティ様が恥ずかしくないように、きれいにしてもらいます」

 バレンティ様が不思議そうな表情を浮かべた後、はっきり言った。

「レアルはそのままで十分きれいだ」
「そんなことないです。バレンティ様に釣り合うくらいきれいになりたいです」
「いや、俺など」
「バレンティ様は格好いいですよ。さっき現れた時もそう思いました」
「…………」

 なぜか黙ってしまったけど、私の後ろのほうで誰かが吹き出したのが聞こえた。

「二人とも仲がいいのはわかっているから、その辺にして」

 ベルニ様がそう言うと、お兄様が唸るように言った。

「レアル……お前、目が悪いのか? いや、何か弱みを握られているんだろ?」

「目は悪くありませんし、バレンティ様に弱みを握られてもいません。バレンティ様は堂々としていて卑怯なことなんてしませんよ。男の中の男です! 本当に格好いいと思っています、今も」

 隣を見上げると、眉間にシワを寄せたバレンティ様が胸を押さえている。
 きっと仕事に忙しい中、私を迎えに来てくれたんだと思う。
 疲れているのに申し訳なくて、バレンティ様の手をぎゅっと握った。

「……レアル」
「バレンティ様、兄が失礼で本当にごめんなさい」
「いや、いいんだ」

 懐が深いからバレンティ様は怒っている様子もない。
 こんなに格好いいのに。
 思わず見つめ合っていると、

「……ずいぶん婚約者役が板についているが、女なんてみんな嘘つきだ。しかし、なぁ。レアル、修道女に嘘はご法度だろ」

 お兄様が私たちを疑いの目で見た。

 
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