異世界でパクリと食べられちゃう小話集

能登原あめ

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結婚式に私を番だと言ってさらった竜人を愛せない②

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 それから人間とは違い、3年もかかって私は2つの卵を生んだ。
 はらから生まれたのは人間ではない。
 愛着が生まれるわけもなかった。
 時を重ね一緒に過ごすうちにあの男を愛することも……やはりない。

 卵を割ってしまいたい誘惑に駆られながらも、子どもを産んだことで男の護る範囲が広がり、少しだけ拘束が緩んだ。

「卵を温めるのは父親の仕事だよ。ゆっくり休んで愛しい人」

 卵を抱きしめ語りかける姿を横目に私は、考える。
 もう過ぎたことなのだと、全てを受け入れてしまえば、私は幸せになれるのだろうと。

 私を愛する男は美貌の公爵で、竜人の国王の弟だ。地位も権力も金もある。
 それに男にできることなら、どんな望みも叶えてくれるのだろう。
 過保護なくらい私を護ってくれる。

 卵からかえったらきっと可愛いはずの子どもたち。
 男は意外にも子煩悩になりそうだ。
 絵に描いたような幸せな家族。

 私さえ受け入れることができれば幸せになれる。
 私さえ――。




 
 2年かけて卵が孵り、男に似た男の子と私にそっくりの女の子が生まれた。
 女の子は体が少し弱い。
 私と同じく人間ほどの寿命になるだろうというのが医者の見解。

 愛するつもりなどなかった。
 けれど、私にそっくりの娘メアリー が不幸せになるのは見たくない。
 男や息子ローレンスには目もくれず私は娘だけを抱きしめ愛を注いだ。

 男や息子には私の態度が理解できなかったようだ。

「娘を愛するように、私や息子のことも愛してほしい。何が違うんだ?」
「娘の命は人と同じくらいでしょう? 大事にしなければ」

「貴女が私に名前を明かしてくれさえすれば同じ時を過ごせるのだ」

 男は焦ったように私の名を聞き出そうとする。
 お互いの真名を結んで番として同じだけ時を過ごせるのだと。

 この先何百年もこの男と連れ添う?
 そんな苦行をどうして受け入れなければならないのか。

 男が私の国で訊いてきた名前はクレア・オブ・ジョーンズ。
 ジョーンズ侯爵家の長女で、王子の元婚約者。
 
「知られていないミドルネームがあるのか? ジョーンズ家には貴女以外娘はいないだろう?」
「教会に申請した通りの名前ですし、娘は私だけです」
 
「それならなぜ……?」
「わかりませんわ」

 男がつづりが違うのかとか、ジョーンズ家にも確認を入れたが何も出てこない。
 それはそうだろう。

 私の本当の名前はジェシカ・オブ・ジョーンズ。
 クレアの双子の妹で、生まれてすぐに父の手により修道院に入れられた。
 私はずっと孤児だと思って暮らしていたのだ。

 しかし王子と婚約してすぐに姉は病で儚くなり、そのまま私が引き取られてクレアとして育てられたのだから。

 当時を知る医者も、使用人も、修道院の人たちももうこの世にいない。
 王子妃になる私に汚点があってはいけないからと、王族にさえ隠してきた。

「貴女はクレアなのだろう? なのになぜ……」

 男の憂いを帯びた顔をみて、わずかに胸がすく。
 私が先に逝って長い時間悲しめばいい。
 


 
 
 息子に対しては対応を変えた。

「貴方が番を見つけた時、必ず相手の同意を得ること。もし恋人がいたり結婚していたり、想う相手がいた時は潔く身を引くこと。もしこれが守れるのであれば、私は貴方を息子として大事にしましょう」

「……はい、お母様。僕はそのお約束を魂に刻み、必ず守ります」
「そう、必ずよ。こちらに来なさい」

 私は幼い息子を初めて抱きしめた。
 この子が父親と同じ過ちをしないように生きている間は注意深くあろう。
 その様子を見ていた男はなんとも言えない表情を浮かべていたが、私は気づかぬふりをした。
 男にわずかな愛情も向けたくない。



 

 それから時が経ち、娘が私の母国へ留学した時に恋に落ちた。
 相手は私の生まれた国の伯爵家の後継ぎで、結婚することに大きな問題はない。
 私は2人の恋を応援したかったし、番などというものに邪魔されたくなかった。

「私のたった一つの願いを聞いてくださいますか?」

 初めて男に願った。
 これから娘に番だという男が現れても排除してほしい――。
 娘の幸せを壊してほしくない、見守りたいのだと。

「……わかった」

 男は最初理解を示さなかったが、最終的に苦しげ表情で頷いた。

「貴女は今も私に心を開いてくれないのだな」

 私はそれに答えることはしない。








「お母様がどうしていつもお父様に冷たいか、少しわかった気がします」

 私は王族の結婚式の最中に竜人にさらわれたのだとな人々が娘に教えたようだ。
 幼い頃から王子妃として教育を受け、王子とも仲睦まじかったから、突然のことにみんな戸惑い、諦めたこと。
 王子もしばらく塞ぎ込んでいたらしいこと。
 
 だけどとても大事にされて屋敷から出してもらえないくらい愛されて幸せなのだと、お伽話のように伝えられているらしい。
 実際はまったく違ったけれど。
 
 娘は、私の口から直接言わなくとも近くにいたから私たちの関係を見て何か感じていたのだろう。

「私、好きな人と結婚して子どもも産まれてとても幸せに暮らしていました。私のことを番という竜人が現れるまでは」

 娘は少し前に2人目の子を産んだばかり。
 息を飲む私に、娘は安心させるように笑った。
 私より娘のほうがしたたかで、明るく要領がいい。
 
「翌日には解決したんです。お父様がやって来て、泣きながら言いました。お母様と約束したから私の番だという竜人を始末した、もう現れないって」

「そう、よかった」
「お母様、ありがとう」

 本当なら微笑みあってする会話ではない。
 でも私の心はすでに壊れているのだろう、嬉しく思っているのだから。
 
 娘はもう番の存在に怯えなくていい。
 私はほっとして胸を押さえた。



 


 
「もういいだろう?」

 この頃ベッドの上で過ごすことの多い私に男が言った。私は首を傾げる。

「息子が間違った行いをしないよう、見守ってあげて」
「……貴女はいつまで経っても私に冷たい。それでも私のことが好きだろう? 素直になってほしい」

 男の言葉に私は考える。
 いつもなら言いたいことを飲み込んでしまうのだけど――。

「好きか嫌いかで答えるなら……出会った時から大嫌いよ。娘のことは感謝している。でも私のすべてを奪ったあなたを、今でも赦すことができない」

 男が息を呑んだ。

「あの男を愛していたのか……?」

 王子はその後国内の伯爵令嬢を娶り、3人の子に恵まれ、今では孫まで生まれている。
 彼の横に立っていたのは私のはずだったと思うと苦々しい気持ちもあるが、もうすでに愛と呼べるものは残っていない。ただ懐かしい優しい思い出だけ。
 全て今さらなのだ。

「どうかしらね……。結婚式が始まる時に私の意思を確認もせず部屋に閉じ込め犯した。両親や弟、友人に一度も会えない、外にも出られない……どこにあなたを好きになる要素があるの? 私はただ諦めてここにいただけ」

「だが、私たちは番だ。愛し合うのが当然だろう」
「私は竜人じゃないからわからない。そんなもの一度も感じたことがないから」

「……どうして……もっと早く言ってくれなかったんだ。そうすれば……」
「私を逃してくれた?」

 男が黙り、私は笑おうとして強く咳き込んだ。
 私の心は長年憎しみに満ちあふれ、体が耐えきれず病に蝕まれてるのだろう。
 3人の孫が成人する姿を見ることができそうもない。

 結局この男を愛することができなかった。私の心は死ぬまで変わらないのだろう。

「……もう長くないと思う。お願い、このまま静かに死なせてください」

 男が静かに涙を流す。
 できることなら息を引き取る時は一人でいたい。 
 最後まで顔を見たくないわ。

「私は貴女がいれば幸せなんだ……」

 番なんて、幸せじゃない。
 納得して結んだ関係なら幸せをつかむこともできたのかもしれないけれど、そうはならなかった。
 次は番なんて存在しない世界に生まれたい。


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