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2 私は魔女だった
しおりを挟む* ほんのり、R15程度です。
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森の奥深くで、魔女だった祖母が亡くなった後、同じく魔女として私は一人静かに暮らしていた。
「すまない、今晩泊めてもらえないだろうか」
やって来た男は黒髪に黒目の中肉中背のこれといった特徴のない顔立ちの男だったけれど、とても自信に満ち溢れていた。
断られるなんて思っていない。
「……納屋でよければどうぞ」
女の一人暮らしなのに見知らぬ人間を部屋に招き入れるわけがない。
なのに、彼はするりと部屋に上がり込んだ。
「困ります。出ていってください」
「……君が嫌がることはしない」
「そんなのわからないじゃないですか」
「信じてくれ」
会ったばかりで信じることなんてできないはずなのに、彼の瞳を見つめていると大丈夫だと思えてきた。
「……わかりました」
彼の人となりも過去も知らないのに、私はすんなり受け入れる。
ただの旅人だと思ったし、なぜか信頼できると思ったから。
三年ほど前まで恋人のいた私は、出会ったばかりなのに乞われるまま彼に抱かれた。
そうするのが自然だと思った。
熱と、甘い睦言。
触れ合う人肌の温かさ。
頭の中が真っ白になって、私の中から何かが抜け落ちた。
「こんな気持ちは初めてだ。どうか、ずっと一緒にいて欲しい。君が好きだ」
「はい、私もあなたといたい」
彼は私を抱きしめ、お互いの名前を知ったのも寝台の上だった。
「ジュンはあの国から、来たの? 本で読んだことがある。……この国から出たことがないから、色々知りたい」
「ああ。あの国以外にも旅をして回ったから、話すことができるよ」
彼は二十四歳で、旅をしながら時折ギルドで仕事を請け負って、見聞を広めたと言う。
「教えて。新しい話は面白いもの」
「いくらでも話してやるよ、ソフィア」
彼に見つめられると胸が高鳴り、私の名前を呼ばれると甘い想いに胸が痛くなる。
「好きだ……どうしてもっと早く会えなかったんだろうか」
「はい、私も……あなたを好きになってしまいました」
私の頬を優しく撫でる大きな手に、とても安心する。
恋に落ちるのはあっという間で、私達はそのまま一緒に暮らすこととなった。
私と出会って彼は本気の恋に落ちた、らしい。
私の黒髪に触れて、目を細めて優しく笑う。懐かしい気持ちになるんだ、と。
ジュンといると彼のことしか考えられなくなる。
特に彼と肌を重ねると、頭の中が真っ白になっていく。
「ソフィア、愛しているよ。……愛しているから、もう君を抱くことはできない」
「どうして……?」
「すまない。こんなことになるなんて思わなかったんだ」
「……泣かないで」
「全部、君に返したいのに、できないんだ」
「……私は大丈夫よ」
「大丈夫なんかじゃない」
私を見て悲しそうな顔をするから、見ていられない。
だから私は涙を流す彼を抱きしめて、頭を撫でた。
「こうしていれば大丈夫だから」
「…………」
彼が悲しんでいる理由がわからない。
わからないから、触れて慰める。
彼に触れていると安心するから。
「魔力を持っているのは分かっていたけど、そんなの微々たるものだし、俺がいるから問題ないと思ったんだ。まさか、能力以外に記憶も奪うなんて知らなかった。……俺のこと、わかるか?」
何を言っているのだろう?
彼は、彼だ。
なぜか深く考えることを私の頭が拒んでいる。
私は曖昧に微笑んで首を傾げた。
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