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8 side オーブリー 2
しおりを挟む「しばらくここにいるから、オレだけをみてくれないか?」
柔らかそうなエラの頬を撫でる。
「……オーブリー、どうしてこの町に来たの……?」
戸惑った表情のエラが愛おしい。
今すぐ手に入れてしまいたいと思うのに、できない。
彼女の心が欲しいから。
「船医として乗っていた船がこの町で荷をおろしたんだ。船の修理もあるから、船に戻るにしろ、しばらくこの町にいる。話が戻るが、あの後、仕事は叔父にまかせて勢いで船医として船に乗ったんだ。難破しそうになって死ぬかと思ったことも何度か。今はこのまま船をおりて定住することも悪くないと思っている」
エラ、お前と。
心の中でつけ加える。
「そう、なんだ……。だから、筋肉がついたのね。私だって背が伸びたのに、オーブリーといると、昔のままみたい」
妖精のように愛らしいのは変わっていないけど、女らしくなった。
昔みたいに甘えてくれたらいいのに。
そう思いながら軽口を叩く。
「医者に見えないんだろ」
柔らかそうな唇に指を這わせる。
「触れてみるか?」
思わず漏らしてしまった本音に、酒を飲まなくてよかったと思った。
口づけくらいはと身勝手に奪ってしまうところだったと反省しつつ、絶対に逃さないと心に決める。
エラに警戒されたのかほんの少し身を引かれた。
その後はデーヴィドがやってきたから、間に入ってもらうことにする。
二人きりだとどうにかして抱きしめてベッドに誘ってしまいそうだったから。
彼は独占欲丸出しで、俺の気持ちを感じ取っているように思えた。
彼にも認めてもらいたい。
翌日、朝食をとりに降りると、九年ぶりにソフィアと顔を合わせた。
「お久しぶりです、ソフィアさん」
「本当ね、ミアのことはなんと言ったらいいかわからないけれど……朝からする話じゃないかしらね。ここにいる間は快適に過ごせるよう努めるわね。それで。今夜一緒に食事を取りましょう」
にっこりと笑うソフィアの顔からは何も読み取ることができない。
「これからお世話になります。……ソフィアさん、エラは村にいた時より幸せそうですね。あなた方に守られて大事に育てられたからでしょうね。……これからの彼女を俺に守らせていただけませんか?」
久しぶりに会って、朝から話すにはせっかちな話題だとわかっていたが、我慢できなかった。
ソフィアはおやおやと言うように眉を上げてみせる。
「本気?」
「本気ですよ。不利な立場だとは思いますが、彼女を幸せにするのは俺でありたいです」
「エラはなんて?」
「まだ何も。これから口説くので」
気が早いわね、といいながら俺の肩をぽんと叩いた。
「あの子を泣かせたら二度とこの町に入れないから」
「笑ってる彼女が好きなんです。昔も守りたいと思っていましたが、一生隣にいて欲しいと思えたのは彼女だけです。昨日の今日で早すぎでしょうか」
「さあね、何事もタイミングがあるから」
そう言って、ソフィアは他のテーブルに挨拶に行く。
十部屋に満たないこじんまりした宿屋で家庭的な雰囲気がウリなのだろう。
今朝は奥に料理人と従業員がいて、客に一通り声をかけ終わると、どこかに消えて替わりにエラがやってきた。
「おはよう、オーブリー」
「おはよう、エラ」
「食事、今夜一緒に取りましょうって、母さんが伝え忘れたみたいで」
さっそくソフィアが気を回したようだ。
名前の呼び方で、今の家族に愛されて、愛しているんだなとよくわかる。
筋を通してよかった。
「エラはいつ休み?」
「一日中休みなのはあさってだけど、午前中は父さんの薬をもらいに行くの」
「よかったら、一度診察させてもらってもいい? 夕食の前でも」
「オーブリーが迷惑じゃないのなら」
夕食の前に顔色の悪いトムの診察と飲んでいる薬をみせてもらう。
かかりつけ医の見立ては悪くないと思うけれど、薬の量が多い気がする。
口出しすることは迷ったが、半量にしたらどうかとアドバイスして、薬をとりに行く際はエラと一緒に行くことにした。
食事はそのまま和やかに始まった。
エラの隣にはデーヴィドが座り、俺はエラの向かいで綺麗に食事をする姿をゆっくり眺める。
それをデーヴィドが睨んで俺に突っかかり、エラは困惑した様子で、トムは黙ったままにこにこして、ソフィアはそれらの様子を面白そうな顔をして見ていた。
「オーブリーさんはいつまでこの町にいるんですか?」
「このままこの町に定住しようと思っているんだ。いいところだから」
「それはいいね。かかりつけの先生も老齢で跡継ぎを欲しがっていた。明日のぞいて気に入らなければ新しく始めればいいさ」
トムの柔軟さに、いい案ですねと頷いた。
ソフィアから、薬をとりに行った後は町を案内して来たらと勧められて、エラを見る。
「お願いできる?」
「……はい、喜んで」
困惑しながら答えるエラに、二人で過ごせることが嬉しくて笑いかけた。
港にほど近いところに、その医者は住んでいた。
さっぱりとした性格の彼が、どんどん患者をさばいていく。
その様子から薬を多く出す理由がみえてきた。
旅行者が多く、その後のケアができなかったり、旅の途中で飲み忘れることが多いからだろうか。
エラの番が来た時に隣に立った。
「はじめまして、オーブリーと申します。しばらく船医をしておりました。トムさんの薬のことですが、先生の見立ては正しいと思います。ただ長期で飲むには量が多く感じたのですが……。若輩者が生意気を言ってすみません」
怒鳴られるかと思ったが、まじまじと興味深そうに見られて落ち着かない。
「……言われてみればそうじゃな。……船に飽きたらここで働くのはどうじゃ?」
そう言って先生がエラを見るから、俺も彼女次第なところがありますね、と答えた。
戸惑う彼女も愛おしい。
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