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7 side オーブリー
しおりを挟む森の中で自由に駆けまわる姿が妖精みたいだと、ずっと思っていた。
同じ年頃の子よりも細く小さく、肩まで伸びた白金の髪は柔らかくて、はしゃいで時々口の中に入るから髪を耳にかけてあげる。
「ありがとう、オーブリー。大好き」
そう言って無邪気に抱きついてくるから、庇護欲にかられた。
「俺も好きだよ、エラ」
彼女は将来義妹になる。
守ってあげたくなるのは当たり前。
周りをよく見ていて我慢強いところがいじらしい。
ミアといる時は、妹なんだからとなだめられ、デーヴィドといる時は姉だからと諭され、こちらから見ても理不尽に感じるというのに。
とくにミアは俺が見ていない時にエラで鬱憤を晴らしているのか、綺麗な髪をすぐに切ってしまう。
自分より美人になるのが嫌なんだろう、すでに透明感のある儚い美しさが見え隠れするのだから。
ある時は、顎くらいの長さに髪を切ってしまったことがあった。
泣いていたから慰めて不揃いなところを直して、抱きしめた。
ミアに注意すれば、その分エラにきつい言葉を浴びせるらしく、加減が難しい。
ミアももう少し大人になれば落ち着くだろうと、なるべく村にいる時はエラの様子を見に森へ行く。
一人遊びをする姿はのびのびしていて妖精のようで可憐で。
時々大人びた目をするから、もっと俺の前ではそのままでいいんだと、甘やかしたくなるのは当然だと思う。
物心ついた時には許嫁だったミアは、結婚するものだと周りから言われていて、それをおかしいと疑ったこともなかった。
母にだけ、本当にいいのかと聞かれたが、あの時は深く考えなかった。
隣町の学校に村から通うのも大変だったし、医者の父を手伝い、ますます忙しくなって、ミアのことはなおざりにしていた。
次の春で卒業という頃、ミアが夜更けに俺の部屋を訪ねて来た。
疲れが溜まり、酒をあおってベッドに入っていた俺は彼女を部屋に上げてしまった。
朝送るから眠れ、と言って。
そんな俺にミアは馬乗りになって、子種を搾りとった。
秋になって、妊娠を告げられ早々に結婚したが、予定より二ヶ月ほど早い夜更けに、健康的な丸々とした赤ん坊が産まれた。
黒髪と浅黒い肌を持って。
それがどういうことか医者じゃなくたってわかる。
「別れよう。身体が回復したら赤ん坊と出ていけ」
別れたくない、赤ん坊は里子に出すと言い張るミアに首を横に振り、翌朝彼女の母親を呼び出すことにした。
急に産気づいたから、この秘密はまだ住み込みの産婆しか知らない。
しかし、俺が目を離した隙に小さな命の灯火を消そうとした。
がむしゃらに振り回すナイフを、ミアから赤ん坊を守るように動いた時に頬を斬られた。
それは、よくエラの髪を切っていた切れ味の悪いナイフだった。
パニックになって泣き出したミアの元へ産婆が呼んだ彼女の両親が駆けつけ、父親は赤ん坊を見るなりミアに手を上げた。
母親に似たあばずれだと、罵って。
母親は許してほしいと俺に何度も頭を下げたが首を縦に振ることはできなかった。
ミアを好きだと言う気持ちは幼馴染だからで、一生を共にするには一人の女として愛したことがなかったことにようやく気づいた。
こんな不貞を許せるはずもなく、幼馴染だからと言う気持ちも消え失せた。
夜が明ける前に、村の外の親族に預けると言って父親がミアと赤ん坊を連れて行った。
夜中の出来事だったが、小さな村だから気づいた人がいたのだろう。
俺の子に違いないという、ミアと関係を持った男が何人も現れ、居場所を教えろと言った。
そのうち駆け落ちしたという噂が流れて、居づらくなったミアの家族もまもなく村を離れた。
その時に思ったことは、ここにエラが帰る場所を奪ってしまったということだけ。
深く考えることはなかったが。
村人の憐憫の眼差しに居心地が悪くなり、学校を卒業した後は船医の募集をみて船に乗り込んだ。
両親もまだ若いし、医者である未婚の若い叔父もいる。
何年も船に乗っているうちに、人手が足りない時は船員の真似事もして身体が鍛えられ、色々な港町と女を知ったけれど、満たされることはなかった。
そろそろ潮時か。
船を降りて定住しようかと思った時に下船した場所は、結婚式の時にエラが言っていた港町だった。
九年も経てば、結婚して宿屋の女将になっているだろうかと懐かしく思い出しながら扉を潜った。
「いらっしゃいませ」
二十歳を超えているはずなのに、透明感のある儚げな雰囲気の美しい女に目を奪われた。
にっこりと笑顔で迎えられる。
白金の髪は一つにまとめられて腰の辺りで毛先が揺れていた。
相変わらず小柄ではあるけど体つきも以前より柔らかな曲線を描いている。
「…………エラ?」
船から降りてまっすぐここへ来るべきではなかった。
下半身に血液が集まる。
「オーブリー……? あの、……」
戸惑った様子にミアのことかと、気にしないように言って、夕食の約束をとりつけた。
結婚指輪はしていない。
恋人はいるかもしれないが。
大人になったエラに一目惚れした。
ミアと許嫁の関係じゃなければ、きっとエラを好きになって成長を見守っただろうか?と今となってはどうしようもないことを考える。
大人になった今だから、求めることができるのかもしれない。
姉の元夫だなんて、嫌だろうか。
あの当時だって自分のことで精一杯でミアからエラを守ることが出来なかったのに。
彼女を大切に育てた叔母夫婦は許してくれるだろうか。
生まれて初めて自ら欲しいものができた。
できることはなんでもしよう。
あの当時できなかったこともすべて。
彼女の幸せがこの場所なら、同じ場所に留まるまで。
とりあえずシャワーを浴びて熱を冷ますことにする。
いくら経っても冷たいシャワーで、身体の熱はおさまったけれど、疲れはとれない。浴槽に浸かりたい。
さっと服を着てエラを探した。
「姉ちゃん、モテるのな。なんで彼氏作らねーの?」
調理場から聞こえた声に聞き耳を立てる。
「忙しかったから?」
「確かに忙しそうだけどさ、なんか……もったいないよな。さっきのも、会うくらいは……」
「別に、誰ともつき合わなかったわけじゃない」
エラの言葉に、二十歳を超えたら恋人の一人や二人いて当たり前だと思うのに、見えない相手に嫉妬した。
「そんなに早く結婚してほしいのかなぁ……」
そんなふうに呟くエラにいい提案を思いついた。
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