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スタンド・バイ・ミー
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圭司とステラが圭の後を追って店の外へ出た。どうやら圭は、チューニングの音だけで圭太のギターを聞き分けたようだ。
すると圭太が一度大きく息を吸ってから軽やかにギターでリズムを刻み、そして歌い出した。
夜が来て あたりが暗闇になり
月明かりしか照らさなくなったって
僕は何も怖くないさ
そう、怖くはない
ただ君が僕のそばにいてくれたら
だから、愛しい人よ
僕の傍にいてくれないか
そう、僕の隣に
いつも僕のそばに ずっと
そばにいて欲しいんだ
圭太は歌い続けた。
どこにも行かないで、そばにいて欲しい。きっとそう歌っている。
歌い終わると、圭に向かって言った。
「勝手にいなくならないでくれよ。俺のギターには、君の声が必要なんだ。いや、君の声しかいらないんだ。俺は君の歌を一番近くでずっと聴いていたいんだ、これからも」
ベン・E・キングよりも、ジョン・レノンよりも、もっとストレートに圭太の思いを載せて歌い上げたスタンド・バイ・ミーだった。
気がつくと圭の頬を静かに涙が伝っていた。圭太は続けた。
「それでも、もう君が日本に帰らないと言うなら、俺がアメリカに来るよ。いいだろう? 君の歌と俺のギターがあれば、世界中の奴らをアッと言わせることができるよ。圭はそう思わないか?」
圭は黙って圭太に駆け寄り、ギュッとハグをした。それが「私もそう思う」という言葉の代わりだったのかもしれない。きっとこの二人には音楽があればもう言葉などいらないのかもな。
「それで、日本に帰る気はあるのか」
腹が減っただろう——
圭司の誘いに、圭太は全く遠慮なく「あざす」と言い、出した丼飯を掻き込みながら、圭司が聞きにくいことを、圭にサラリと聞いた。
そうだよな。俺も圭太のように聞けばよかったんだろう。圭の気持ちに遠慮し過ぎたか。自分の気持ちを素直に出すには、俺は歳を取り過ぎたのかな。
「どうしたらいいか、もう一人会って相談したい人がいるから、何日か待って」
圭は何か含みのある言い方で圭太に答え、チラッとだけ圭司を見たが、すぐに視線を逸らした。圭太は「わかった」とだけ言って、それ以上は聞かなかった。
もう一人相談したい人? 誰のことだろうと圭司は考えていた。その言い方だと俺やステラ以外ということだろうか? それとも、俺に対してやっぱり圭は——
聞くのが怖くて、また自分の気持ちに蓋をしてしまった自分が情けない。
圭のことがはっきりするまで、圭太は店の控え室に泊まり込むことになった。遠慮せずにホテルぐらい取れよと薦めたが、「いや、ここで十分っす」と言い、控室の二人掛けのソファにゴロリと横になり毛布だけ掛けて寝ていた。
次の日は日曜日で、圭太と圭はランチタイムの後に店の前で路上ライブをしていた。アメリカの古い曲と、OJガールとして日本語アレンジした曲の原曲となった英語バージョンを混ぜながら、実に息のあったプレイを見せてくれる。ほとんど打ち合わせもしてないが、さすが見事なものだった。
かつて無謀にもアメリカで成功するなど大ボラを吹いた自分との力の違いを、圭司はまざまざと見せつけられたような気がしていた。
月曜日。昨夜は圭太と店で遅くまで飲んでから家に帰り、自宅のベッドで寝ていた朝のことだった。
「圭司、起きて」
そういう圭の声とともに、激しく体を揺すられて目が覚めた。寝ぼけ眼で時計を見るとまだ朝の八時過ぎだ。二日酔いだろう、頭が痛い。
「どうした、何かあったのか」
そう言いながら、どうにかこうにか体を起こして圭を見ると、圭は聖華学園の制服を着ていた。
「日本に帰る気になったのか」
ぼーっとしながら、そんなことを考えて口走る。
「いいから顔を洗って早く着替えて。出かけるから」
有無を言わさず圭に腕を引っ張られ、起こされた。
「圭太君は連れて行かないでいいのか」
「大丈夫。ステラと一緒に合流するから。さっ、行こ」
圭は圭司の左肘に右腕をかけ、ズンズンと進んで、やがて地下鉄の駅に降りていく。途中、どこに行くんだと聞くと、ダゴダハウスだと言う。
ジョン・レノンがマーク・チャプマンに射殺された場所だった。
セントラルパークへ上がる地下鉄の駅に電車は滑り込んだ。ジョンの記念碑があるのは、セントラルパークの西側、ストロベリーフィールズだ。その道路向かいにダゴダハウスはある。ジョンが亡くなった今でもヨーコが住んでいるという話だ。
だが、圭は地下鉄から地上に上がらず——
ハッと気がついた。そうだ、ここは紗英が事件に巻き込まれ命を落とした場所だ。圭が来たかったのはダゴダハウスじゃなく、ここじゃないか。
今日は——十二月八日だ。なんで早く気がつかなかったんだ。二日酔いを言い訳にしたらいけない。なんでもっと早く——
慌てて圭の背中を追うと、ホームの先端付近にステラと圭太が待っていた。
圭太の手には大きな花束があった。
すると圭太が一度大きく息を吸ってから軽やかにギターでリズムを刻み、そして歌い出した。
夜が来て あたりが暗闇になり
月明かりしか照らさなくなったって
僕は何も怖くないさ
そう、怖くはない
ただ君が僕のそばにいてくれたら
だから、愛しい人よ
僕の傍にいてくれないか
そう、僕の隣に
いつも僕のそばに ずっと
そばにいて欲しいんだ
圭太は歌い続けた。
どこにも行かないで、そばにいて欲しい。きっとそう歌っている。
歌い終わると、圭に向かって言った。
「勝手にいなくならないでくれよ。俺のギターには、君の声が必要なんだ。いや、君の声しかいらないんだ。俺は君の歌を一番近くでずっと聴いていたいんだ、これからも」
ベン・E・キングよりも、ジョン・レノンよりも、もっとストレートに圭太の思いを載せて歌い上げたスタンド・バイ・ミーだった。
気がつくと圭の頬を静かに涙が伝っていた。圭太は続けた。
「それでも、もう君が日本に帰らないと言うなら、俺がアメリカに来るよ。いいだろう? 君の歌と俺のギターがあれば、世界中の奴らをアッと言わせることができるよ。圭はそう思わないか?」
圭は黙って圭太に駆け寄り、ギュッとハグをした。それが「私もそう思う」という言葉の代わりだったのかもしれない。きっとこの二人には音楽があればもう言葉などいらないのかもな。
「それで、日本に帰る気はあるのか」
腹が減っただろう——
圭司の誘いに、圭太は全く遠慮なく「あざす」と言い、出した丼飯を掻き込みながら、圭司が聞きにくいことを、圭にサラリと聞いた。
そうだよな。俺も圭太のように聞けばよかったんだろう。圭の気持ちに遠慮し過ぎたか。自分の気持ちを素直に出すには、俺は歳を取り過ぎたのかな。
「どうしたらいいか、もう一人会って相談したい人がいるから、何日か待って」
圭は何か含みのある言い方で圭太に答え、チラッとだけ圭司を見たが、すぐに視線を逸らした。圭太は「わかった」とだけ言って、それ以上は聞かなかった。
もう一人相談したい人? 誰のことだろうと圭司は考えていた。その言い方だと俺やステラ以外ということだろうか? それとも、俺に対してやっぱり圭は——
聞くのが怖くて、また自分の気持ちに蓋をしてしまった自分が情けない。
圭のことがはっきりするまで、圭太は店の控え室に泊まり込むことになった。遠慮せずにホテルぐらい取れよと薦めたが、「いや、ここで十分っす」と言い、控室の二人掛けのソファにゴロリと横になり毛布だけ掛けて寝ていた。
次の日は日曜日で、圭太と圭はランチタイムの後に店の前で路上ライブをしていた。アメリカの古い曲と、OJガールとして日本語アレンジした曲の原曲となった英語バージョンを混ぜながら、実に息のあったプレイを見せてくれる。ほとんど打ち合わせもしてないが、さすが見事なものだった。
かつて無謀にもアメリカで成功するなど大ボラを吹いた自分との力の違いを、圭司はまざまざと見せつけられたような気がしていた。
月曜日。昨夜は圭太と店で遅くまで飲んでから家に帰り、自宅のベッドで寝ていた朝のことだった。
「圭司、起きて」
そういう圭の声とともに、激しく体を揺すられて目が覚めた。寝ぼけ眼で時計を見るとまだ朝の八時過ぎだ。二日酔いだろう、頭が痛い。
「どうした、何かあったのか」
そう言いながら、どうにかこうにか体を起こして圭を見ると、圭は聖華学園の制服を着ていた。
「日本に帰る気になったのか」
ぼーっとしながら、そんなことを考えて口走る。
「いいから顔を洗って早く着替えて。出かけるから」
有無を言わさず圭に腕を引っ張られ、起こされた。
「圭太君は連れて行かないでいいのか」
「大丈夫。ステラと一緒に合流するから。さっ、行こ」
圭は圭司の左肘に右腕をかけ、ズンズンと進んで、やがて地下鉄の駅に降りていく。途中、どこに行くんだと聞くと、ダゴダハウスだと言う。
ジョン・レノンがマーク・チャプマンに射殺された場所だった。
セントラルパークへ上がる地下鉄の駅に電車は滑り込んだ。ジョンの記念碑があるのは、セントラルパークの西側、ストロベリーフィールズだ。その道路向かいにダゴダハウスはある。ジョンが亡くなった今でもヨーコが住んでいるという話だ。
だが、圭は地下鉄から地上に上がらず——
ハッと気がついた。そうだ、ここは紗英が事件に巻き込まれ命を落とした場所だ。圭が来たかったのはダゴダハウスじゃなく、ここじゃないか。
今日は——十二月八日だ。なんで早く気がつかなかったんだ。二日酔いを言い訳にしたらいけない。なんでもっと早く——
慌てて圭の背中を追うと、ホームの先端付近にステラと圭太が待っていた。
圭太の手には大きな花束があった。
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