二人の事件簿

世界の塩パン

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5.不法侵入事件

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 辺りはすっかり暗くなっているというのに、アブラゼミにはそんなことは関係ないらしい。
時間帯も場所も問わず、命ある限り鳴き続けるのが彼らの生きざまなのだろう。

例えそれが、人の家の中であっても。

「こーれーは、事件だぞ」

「…ほんと。最悪な事件。」

「犯人は絶対まつりだけど」

「え!私!?たっつんだって不法侵入許したじゃん」



 遡ること数時間前、二人は洗濯物を取り込んでいた。

雲一つない晴天の休日。こんな日に一日中家にいるのは少しもったいない。
それでも、特に出かける用事も思い付かず、今日はとことん洗濯をすることにしたのだった。

普段は頻繁に洗えないものも、思いつく限り全て洗濯機に放り込んでゆく。
これだけ天気が良くて程よい風が吹いていると、ベランダに干せば、一、二時間で乾いてしまう。

 三回目の洗濯物を全て干し終え、二人は思い思いの場所でくつろぐことにした。
陽の差し込むリビングはエアコンで中和されて、人が眠くなるのに最適な温度となっている。
うつらうつらしている間に、気づけば外は暗くなり始めていた。

「あれ…暗い!龍臣起きて。」

 まつりは床に転がっている龍臣の肩をゆさゆさした。

「…んーなに?眠いー」

 龍臣は眉間にしわを寄せてもごもごと口を動かした。目はまだ開いていない。

「起きてよー。洗濯物取り込むよ」

 そう言いながらまつりは電気のリモコンを探した。リモコンのボタンを押すがなかなか点かない。

 最近、ボタンを押しても点かないことがたまにあった。
この部屋の照明器具は、二人が越してきた時から既にここにあり、そのリモコンには丸いボタンが一つだけ付いていた。
そのボタンを一度押せば電気が点き、もう一度押せば電気が消えるというシンプルな造りだった。

 だがそのボタンが曲者で、テレビやエアコンのボタンのように盛り上がっておらず、埋め込まれているような形状をしている。
そのためなのか、ボタンを押した時に引っかかってなかなか元に戻らないことがあるようだった。


「あれーおかしいな」

 まつりが格闘しているうちに、龍臣がむくっと起き上がった。

「貸して」

 そう言ってから二、三回ボタンを押しただけで電気を点けてしまう。
普段はどちらかというとまつりの方が器用な人間なのだが、これに関しては龍臣の方がコツを心得ているらしい。
こんな些細なことで、頼もしいとまつりは感じた。

 部屋の中が明るくなったところで、ようやくベランダの窓を開けた。
まつりが外の洗濯物を取り込んで部屋の中に入れ、その中でまだ乾いていないものを龍臣が部屋干しする。
なんとなくそんな流れになっていた。

「ひぃぃぃぃやあぁぁぁっ」

 ベランダにいるまつりが声にならない声を上げた。

「どーした?」

 遠のいていくまつりの声に、龍臣は問いかけた。
そう言いながらも、まつりから受け取った洗濯物の仕分けを淡々と行っている。

「セミがいたのー」

 泣きそうなまつりの声だけが戻ってきた。

 どうやら、洗濯物にセミがくっついているのを気づかずに回収しようとして、そいつが鳴いて飛んだのである。
反射的にベランダの端まで逃げたまつりは、セミを見失っていた。
他の洗濯物にまたセミがついている可能性を考え、バサバサと揺らしながら回収する。
幸い、それ以降セミは現れなかった。

 全て終わって部屋の中に戻ると、まつりがベランダから落ちたのかと思ったよ、と龍臣が冗談を言ってきた。
こっちは冗談じゃなく本当に恐かったのに、とムッとしながらまつりは窓を閉める。

それだけの事件で終わるはずだった。なのに…。



「もう私が犯人でいいよ。うぅ…そんなことより、これ…どうするの」

「どうするったって…どうすんのこれ」

 セミは夜空に飛び立ったと見せかけて、リビングに侵入し、カーテンにしがみ付いてたようだ。そして今は力一杯鳴き続けている。
二人が自分のことで途方に暮れているとは思ってもみないらしい。
都会に暮らす若い夫婦が生命の力強さを実感するのは、案外こんな時くらいなのかもしれない。

意思の疎通が取れない相手が必死に生きようとしている姿に、二人はただただ恐怖を感じていた。

「よし、殺虫剤しかない」

「え、え、待って。かわいそうだよ」

「かわいそうだけど…おれ、掴めないよ」

「えー私も掴めないよ。でも殺せないよ」

「じゃあ、どーすんの」

「わかんないよー」

 二人は泣きそうになりながら、無言でセミと自分たちの顔を交互に見合わせるしかできなかった。

 家に虫が出ると大体こんな感じになる。
普段は何かあっても適当に切り抜ける二人だが、虫を目の前にした時だけは肉食動物を目の前にした草食動物のように縮み上がってしまう。
それがどちらか一方なら救いようがあるのだが、両方ともなのだから困ったものだ。
そして、最終的に勇気を振り絞るのは、大抵決まっている。


 翌朝、セミの姿はどこにも見当たらなかった。
昨日の夜は結局、ワイヤーハンガーにビニール袋をテープでくっつけて即席の虫取り網もどきを作ることにした。
そして、まつりが四苦八苦しながらもセミを捕らえ、セミの入ったビニールをハンガーごとベランダに放り投げたのだ。

「いない…よね?」

「うん、いない」

 まつりがベランダに出て、ハンガーを回収する。
夜中の内に袋から脱出してどこかに飛んで行ったのだと、まつりは安堵した。
虫は嫌いだけど死んでほしいわけではないのだと思う。
側にいるのは許せないけれど、自分とは関わりのないどこかでなら生きていることを願う。
それはなんだか矛盾しているかもしれない、と小さく笑った。

「何で笑ったの?」

「ん?いやー、たっつん何もしてないなと思って」

「えー!今、セミの確認したでしょ。昨日もハンガーのテープ止めたでしょ。」

「…。そうだね」

【事件レポート】
容疑者  :二人
今回の犯人:まつり(共犯、龍臣)
備考   :嫌いなものほど近づいて来がち
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