二人の事件簿

世界の塩パン

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6.不法侵入事件2

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「おかえりー。あ、今日まつり電気点けっぱなしで行ったでしょ」

 まつりが仕事から帰ってリビングに入ると、何の気無しに龍臣が尋ねた。
ソファに寄りかかり首だけこちらに向けている。お風呂上がりで寛ぎモードなところを見ると咎めるつもりはないらしい。

「え?電気?」

「そう、ここ」

 龍臣はそう言って天井の照明器具を指さした。
たった今スーパーで買ってきた食材を冷蔵庫まで運びながら、まつりは朝の記憶を呼び起こす。

「電気…消したよ?」

「うそだー。さっき帰ってきたら点いてたよ?」

「え、わたし絶対消したよ。今日は雨だったから、電気消したら部屋が薄暗くてどんよりしたの。出かけた時の映像覚えてるもん」

「え…じゃ、なんでさっき点いてたの…。え…」

「え…」


 珍しくこの家に静寂が訪れた。各々があらゆる可能性に考えを巡らせているほんの一瞬ではあったが、辺り一面の時が止まったようだった。
しかし、二人とも心の中では確実に同じ推測をしていた。

 『これは、事件なのではないか』と。

 いつもはお互いに我先にと言いたがるこれを、今日はどちらも口に出さない。

 そうこうしているうちに、空気清浄機がうなり出した。この子だけは空気を読まずに、というよりむしろ空気の淀みを読んでというべきか、自分の仕事を全うしようとしている。

「…窓とか鍵かかってるよね?」

「…とりあえずここの窓はかかってるね。割れてもないし」

「おれ、トイレとかも見よっか」

「うん。あ、わたし通帳とか見てみる」

 実は空気清浄機の重低音が時を再始動させる合図だったのだろうか。二人はどちらからとも無く動き出し、不安をかき消すようにお互いに声を掛け合い始めた。
ベッドの下や浴室など、人が隠れることの出来そうなスペースは全て確認する。
ひとつずつ可能性を潰していくと、最後に二人は同じ場所に集まっていた。

「…ここ」

 まつりは、寝室のクローゼットを指さした。声は自然と小声になっている。龍臣もそれに倣うように、口は使わず顎と目だけで返事をする。手にはいつの間にかゴルフのパターを持っていた。まつりはなぜか塩の入った容器を手にしている。
 まつりが、いくよ、と声を出さずに合図すると、扉を勢いよく開けた。

 しかし、そこには見慣れた洋服の衣装ケースやコート類、今の時期は使わない加湿器や布団乾燥機などが入っているだけだった。

「…いない…ね」

 一気に緊張が解けて、二人分の安堵のため息が漏れる。それと同時に互いに目を合わせると、自然と笑みもこぼれた。
頼りないパターにすがり付いてしゃがみこんでいる龍臣と、右手でめいっぱいの塩を握りしめたままのまつりは、今見ると何とも滑稽だったのだ。

「ふっ。誰だよ、空き巣とか言ったやつ」

「わたし、言ってないけど」

「あれ、おれか」

「いや、どっちも言ってはないけどね」

 二人はやっと普段の調子が戻ってきたようだ。今思えば、泥棒の類がわざわざ人の家の電気を付けるわけもないのかもしれない。
リビングに戻って同時にソファにもたれると、再び深く息が漏れた。


 日常が脅かされるというのは恐怖だ。こういう時に初めて、平和がいかに幸せなことかを身に染みて感じる。
事件というのは、実は自分たちのすぐそこに潜んでいてちょっとしたことで姿を現すものなのではないか、と言う気がしてくる。


 まだ安心とは言えないが、二人はひとまず夕ご飯を食べることにした。おいしい物を食べるとさっき感じた恐怖が少しずつ薄まっていく。
きっと何かの勘違いで、まつりが電気を消し忘れてしまったに違いない。二人はそう結論付けようとしていた。というより、それ以外の答えを受け入れるだけの覚悟がなかった。

 本当はやはり恐い、なんてことのない真実であってほしい。そう思った二人の元に新たな事件は舞い降りた。

 パッ

「ひぃぇっ」「うぅわっ」

 二人は言葉にならない声を発していた。電気が突然消えたのだ。とっさにお互いの身体にしがみついていた。

「えっえっなに?停電?」

「え、恐い恐い。なに?」

 パッ

 そうこうしているうちに電気が付いた。
と思ったら数分後にまた消えた。ひっ、とまつりがまた声を上げたと思ったらまた点いた。

 二人は今回も同じことを考えていた。夫婦というものは元は他人である。けれども、一緒に暮らしているうちに価値観や考え方、さらには見た目まで似てくることもあると言う。

 どちらかというと現実的な考え方をする二人は、先程はまず人間の行動を疑った。第一に自分達、そして第二に他人。その二つの可能性が低いとなった時、もしも人間の仕業じゃないとしたら。人間以外の仕業だとしたら。
あり得ない。でも、そう考えることと怖いと感じることは別物だった。

 まつりは怖くてお風呂に入るタイミングを失っている。
それを龍臣に言うと、ちょっとテレビでも見て落ち着こうということになった。
 その後もう一度消えたり点いたりを繰り返したが、それ以外は何も起きない。
不思議なもので、人間には慣れという機能が備わっている。二人は段々と冷静さを取り戻してきた。

「ていうか、テレビ点いてるじゃん。消えるの電気だけ?」

「あれ、そういえばろうかの電気もずっと点いてる」

「ここだけか。なんで?」

 一度冷静になると、視界が晴れたように見えなかったものが見えてくる。龍臣はテーブルの上に置いたままの電気のリモコンにふと目をやった。

「…そういえば、最近電気のリモコン反応悪くなかった?」

「あ…。そうだったね」

「これ見て」

「うん、私も今言われて気づいた」

「ね。これ、絶妙にボタンが押し込まれたままだね」

「この状態ってもしかして?」

「ちょっとの振動で点いたり消えたり?」

 そう言いながら、龍臣がリモコンを指で軽くつつくとパッと電気が消えた。

「うん。これだね、犯人」

 まつりは、言い終わるとおもむろに立ち上がり、しっかりとした足取りでお風呂場へと向かった。


【事件レポート】
容疑者  :二人
今回の犯人:照明器具のリモコン
備考   :冷静さを欠いた時の思考ときたら本当にポンコツ
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