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“黒”影 -kokuei-
しおりを挟む城壁の穴を潜り、街の中心へ抜ける細い路地を走り続けた。光の当たらない細道で何度も服を引っ掛けながらどんなに肺が痛くなっても止まることなく、遠くに見える小さな光に向かって無我夢中で走った。
やっとの思いで光の先にたどり着いたグウェナエルは大きく息を吸い込んだ。疲れ切ってボロボロの彼を太陽の光と吹き抜ける風が包み込む。人生で初めて味わう爽快感だった。
少し歩くと多くの人々が出歩き、街角で楽しげに話し込んでいる。白い外壁に囲まれた明るい街はまるでお祭りのように活気に満ちていた。
ふと鼻腔を擽る匂いにハッとした。街はすでにバレンタインのムードだった。マルシェの至る所でカラフルな飴やチョコが売られ、そのどの店にも女性が群がり、色とりどりのお菓子を手に取っていた。どこを見回してもバレンタインの文字と、それに浮かれて飛びつく女性たちの高い声と香水の匂いでいっぱいだった。
(ああ、頭が痛い……)
せっかく抜け出してきたのにここでもか、と先程までの高揚感が薄れてくる。沈みかけたグウェナエルの肩に追い討ちをかけるように冷たい何かが落ちてきた。いつの間にか灰色の雲が空を覆い、冷たい雨が降り始めていた。ふと見下ろすと着ていた衣服は傷つき、路地で付いたであろう泥で見窄らしく汚れていた。髪も目にかかるほど長く乱れており、誰も彼が王子だなんて思いもしない姿だった。
どんどん雨足が強くなってきた街は、誰もが傘を差し、帰る場所へと急いでいた。しかしグウェナエルは冷たい雨の中たった一人。行き過ぎる人々はそんな彼に見向きもしなかった。城に帰る気にもなれずにいると、衝撃が肩に当たり、近くのゴミ捨て場に倒れ込んでしまった。振り返るとぶつかったであろう男性が、見窄らしい彼を蔑むような目で一瞥し、何もなかったように通り過ぎて行った。
地位も容姿も全て捨てた今の自分への評価なのだと思った。やはり自分には飾りがなければ価値なんてない、と目の前が真っ暗になった時、白い小さな光が目の前に差し出された。
「……?」
「大丈夫ですか?」
その光が手だと気づくと、グウェナエルは顔を上げた。その先にいたのは心配そうに見る女性だった。しゃがみ込む彼に傘を傾けて手を出している。無意識に彼がゆっくりと手を出すと、その手を華奢な手がきゅっと握った。引っ張られて立ち上がると、彼女から柔らかな甘い匂いがした。その匂いに何故か嫌悪感はなかった。
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