目論見通り愛に溺れて?

ぴよこ

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1巻

1-3

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   5


 ふらふらと頼りない足元に注意しながら、湯気のたっているカップを運ぶ。
 副社長のデスクへと近づき、なるべく顔を見ないようにしてそっと置いた。

「瑠璃……」
「あ、いたいた。水原」

 彼が声をかけてきた瞬間に、背後から社長に肩を叩かれた。
 副社長の前で平静をよそおえる自信もなければ、どんな顔をしたらいいのかもわからない。
 だから、社長に呼び止められてほっとした。

「ちょっと回したい仕事が……、おい。お前どうした。大丈夫か?」

 私の視線の先で、社長が怪訝けげんな表情になる。

「あー、と……」
「顔真っ赤だけど。顔っつーか首まで真っ赤だけど。体調が悪い?」
「い、いえ」

 相対するのが社長になって、ほっとしたのも束の間。
 死ぬほど動揺したのが尾を引いて上手く言葉を返せない。口がちゃんと回っていないような気がする。
 そしてそんな私を、副社長がじっと見ている。
 視線をうるさく感じるのは自意識過剰だろうか。

「あの、社長。体調が悪いわけではないので、大丈夫です。任せて頂ける仕事がありましたら、回して下さい」

 なめらかには動かない口をできるだけゆっくりと使って、言葉を発する。自分でもわかるくらいに声がふるえた。

「ほんと、真っ赤だね。大丈夫? さっきはそんなことなかったのに……なにかあった?」

 横から会話に参加した副社長の言葉に驚いてしまう。くやしくてすぐに唇をんだ。視線のはしでちらりと彼を見ると、心配そうに眉尻を下げている。
 思わず、先ほど見つけた黄色い付箋ふせんを押し込んであるスカートのポケットを叩いた。
 なにが『なにかあった?』だ。信じられない。
 なにかなら、ありましたけど。今、私が死ぬほど動揺しているのはあなたのせいですけど。
 文句がこぼれてしまいそうだ。
 どうしてそんなに平然としていられるんだろう。

「ご心配……ありがとうございます。大したことありません」

 なんでもないなんて絶対に言いたくない。
 そうやって私が返した、微妙にまとの外れた返答もとげのある言葉も、副社長はくすくすと笑って受け止めている。
 そのさまがすごく楽しそうなのは気のせいであって欲しい。
 この状況を楽しむとか、どういう神経してるんだと言いたくなる。上品さが微塵みじんもない。気品はどこへいった。
 だというのに思い切りドキドキしている自分も意味がわからない。

「片方、割と急ぎの案件なんだけど、本当に大丈夫か?」

 言いながら社長が差し出してきたデータを受け取り、急ぎの仕事の内容について耳を傾ける。

「はい、大丈夫です。やらせて下さい」
「そうか。じゃあ頼むわ。で、もうひとつの仕事はポスターのラフ画な。もちろんチェックはするけど、好きにやってみて」
「えっ、い、いいんでしょうか」

 ラフ画を任されるということは、デザインそのものを任されるということだ。普通は社長や羽角さんのようなディレクターが描くもので、私のような新参者がやらせてもらえるような仕事じゃなかった。

「え? うちは俺もアキもデザイナーにラフ画をどんどん振っていくけど」

 事務所によって仕事のやり方は違う。
 わかっていたが、以前の職場と違いが大きすぎて驚いてしまう。

「クライアントの意向はデータになんとなく入ってるけど、固まってないみたいだからこちらからも二、三提案するつもりで。とりあえず、かわいい系のキャラクターの案はマストで欲しいらしい」
「はい、わかりました」
「無理なら早めに言えよ。アキに仕事をスライドするから」

「アキ」とは羽角さんのあだ名だ。晶斗だから、アキ。事務所内で彼をそう呼ぶのは社長だけだが。
 にやりと唇のはしを上げた社長が、副社長のデスクを軽く叩く。

「俺? キャライラストなら絶対瑠璃だよ」
「もちろん、俺もそう思ったから水原に振ってみたんだって。お前は補欠要員」
「ふーん、補欠。この事務所にそんな制度があるなんて知らなかったな」
「うるせ。水原、安心しろよ。補欠確保したから」
「は、ははは……」

 社長と副社長の冗談の応酬おうしゅうはいつものことだ。そして、その冗談が突然こちらへ飛んできたりすることも。
 それにしても副社長が私の補欠なんて、恐れ多い冗談。
 愛想笑いなんて元から上手じゃないけど、今はなんかもう頬がりそう。

「アキ、そろそろ出るぞ。打ち合わせ」
「この紅茶を飲み終えたら支度したくするよ」
「急げよ」

 社長が去り際に、「水原、頼むな」とまた私の肩を叩いた。
 それに頷き返し、私もそのまま自分のデスクを目指す。

「あ、瑠璃。ちょっと」

 その呼び止めには全力で遠慮したかったけれど、そうもいかない。彼は私の上司だ。
 無言で立ち止まり、渋々副社長のほうへ顔を向ける。

「しばらくの間は残業が続きそうだね」
「はい、恐らく」
「なにかあったら遠慮なく連絡して」
「……お気遣いありがとうございます」
「こちらこそ、紅茶ありがとう。お礼言ってなかったから」

〝紅茶〟という単語だけで、今の私は冷や汗がかける。動悸どうきひどい。

「やっぱり瑠璃がれるとおいしいな。紅茶だけじゃなくて、なんでも。どうしてだろう」
「さ、さぁ。特別なことはなにも」

 お茶のれ方が上手いなんて、副社長以外に言われたことがない。
 かなりの確率で気のせいだと思うが、必要以上の会話は控えたかったので、その言葉をごくりと呑み込んだ。

「手、なのか……――――」
「はい?」

 副社長が小声でぽつりと言ったものだから、言葉の最後が聞こえず。
 聞き返してみたけれど、彼は笑うだけでなにも答えなかった。


 それから二週間の間、私は毎日残業をしてラフ画の制作を進めていくことになった。
 イラスト込みの仕事は私にとってわくわくと心躍こころおどるもので、飛ぶように時間が過ぎていく。
 ただ今回のようにラフとしてイラストを描き提案しても、これがそのまま商品になるわけではない。使用するイラストを実際に描くのはイラストレーターの仕事。私の役目は、そのイラストをどのようにレイアウトするのかを考えることである。
 デザインとイラストは違う。
 けれど、学生の頃、将来進む道をデザイナーと定めてからも、イラストの勉強もしておいて本当によかったと思う。あの時間は、間違いなく今にきている。
 絵を描くことは昔から好きだった。漫画を見よう見まねで描いていたこともある。
 ただ、それは好きというだけで、イラストレーターや漫画家になれるほどの腕があるわけではなかったし、なにより私はデザインの仕事をしたかった。だから学生時代の学びの比重は当然そちらに傾いた。
 そんな私に助言をくれたのが――副社長だった。
 様々なタッチで絵を描けることは、近い将来、必ずデザイナーとしての私の武器になると。

『だから今、時間のあるうちにしっかりイラストのことも学んでおいたほうがいい。いろんなものを見て吸収して、引き出しを増やす努力をして』

 そうやってアドバイスをもらって、デザインと並行してイラストについても学んだ結果、今の私がある。
 彼の言葉は真実だった。
 イラストが描けるということは、本当にデザイナーとしての私の武器になったのだ。

「うーわー……」

 そこまで思考して、私は自分のデスクに項垂うなだれた。
 仕事をしながら、また副社長のことを考えている自分に気づいてしまったからだ。
 ――羽角さん、どういうつもりなんだろう。どうして、なんで。
 付箋ふせんの送り主が羽角さんだとわかってから、彼のことを頭に思い浮かべる時間はますます長くなる一方だ。
 どうしてこんなに頭から離れてくれないのか、自分でもよくわからない。
 あの出来事で、彼に対する信頼にヒビは入った。
 ただ不思議なことに尊敬の念は少しも薄れていない。
 それから、あれ以来彼と顔を合わせると意識してしまい平常心を保つのが難しくなった。
 彼はいつも通りだが、私だけが異常に意識しているのだ。
 羽角さんは事務所内で唯一、落ち着いて話ができる相手だったのに。
 ああ、羽角さんのことを考えていると集中が鈍る。集中力だけはあるはずなのに。残業ではあっても仕事中なのに。
 はぁー……と、重苦しいため息を吐き切った。

「……よし、がんばろ」

 わざと声にして、もう少しで仕上がる目の前の仕事に集中しようとこころみる。
 なんとしても今日中に終わらせちゃおう。帰るのはあきらめて、仮眠室で休めばいいや。他に締め切りがかぶってる人は誰もいないし、ベッドを使ってもいいよね。
 多少気が散ったまま、結局ラフ画が仕上がったのは、終電の時間をとうに過ぎた午前一時半頃だった。
 今回は達成感を覚えるよりも先に疲労がやってきた。
 ずるずると足を引きずってシャワールームへ向かい、汗を流す。
 それから肌の手入れをし、髪を乾かして仮眠室のベッドへ。
 時刻は午前二時十五分。明りを常夜灯に絞り目を閉じる。
 精神的にも肉体的にも疲れているのに、なかなか寝つけない。また漫画を読んで朝まで過ごそうか。そういえば昨日買った新刊を持ってきたんだっけ、とバッグに手を伸ばす。
 すると、コンコン、とノックの音が響いた。
 びくりと体がふるえて鳥肌が立つ。そしてまた、ノックの音。
 今夜残業の申請をしていたのは私だけ。事務所には誰もいないはずだ。繰り返すが時刻は深夜二時過ぎ。
 コンコン。また音が鳴る。
 なにこのホラー。怖すぎてちょっと泣きそう。勘弁かんべんしてよ、心霊現象⁉
 どうすることもできずに布団をかぶって固まっていると、ドアノブを引く音が聞こえてくる。

「やだって! やめてよ! おばけ的なの、ほんとに無理! 無理です!」

 半泣きで叫ぶ。と、聞こえてきたのは――

「おばけじゃないよ。かわいいな」

 という笑い混じりの、明るい声だった。
 布団をがされる。本気で涙がにじんでいる目を少しだけ開いた。
 常夜灯に照らされて微笑ほほえんでいたのは――羽角さんだった。

「こっ、これはこれでホラー……!」
「失礼だなぁ」

 飛び起きつつ思い切り本音が出てしまったが、言った言葉をなかったことにはできないのでしょうがない。
 泣いていたことがばれるのが嫌で、慌てて目をこすった。

「おばけだと思ったの? 普通さ、まずは人間を疑わない? 例えば泥棒とか」

 そんなこと言われても、恐怖のノックに対して咄嗟とっさに出てきた推測が心霊現象だったんだ。

「俺とか」

 でも確かに、泥棒以外の――それも事務所内の人間で考えてみたら、今夜ここの鍵を持っているのは副社長だけだ。社長は海外へ出張に出ている。
 そして他に残業を申請した者もいない。

「かわいいね瑠璃は。本当にかわいい」
「や、めて下さい。かわいくなんてありませんから」

 副社長の顔が、どんどん近づいてくる。
 その表情が恍惚こうこつとしているのが、常夜灯の下でもはっきりとわかる。

「こんな時間に、なんで」
「うん、最後は自分で渡そうと思って」

 はい、と付箋ふせんを手渡され、心拍数が上昇する。

「これで最後」

 言いながら、羽角さんがベッドへ上がってくる。ぎぃ、とスプリングがきしんだ。
 上半身を起こしている私の太腿ふともも辺りを、彼の長い足がまたぐ。少し開いていた私の足の間に腰を下ろして両膝りょうひざを立てる。そして、自分のひざの上で頬杖ほおづえをついた。

「読んで」

 もう片方の手が、こちらに伸びてくる。

「読んでよ。それで、読み終わったときには、瑠璃の頭が俺でいっぱいになってるといいんだけど」
「……どういう意味ですか」

 これを読まなくたって、私の頭の中はすでに彼のことでいっぱいだ。
 でもそれがなんだかくやしい。だからはぐらかした。

「どういうって。俺の願望」

 渡されたのは正方形の付箋ふせんだった。紙を裏返して、文字に目を走らせる。

『君は僕の光なんだ。君がいない世界は目の前すら見えない闇、心が死んでしまうよ』
「ふざけてない。本気だよ」

 漆黒しっこくの髪が揺れる。綺麗きれいな二重の線が、ありえないほど近くに見える。

「ねぇ瑠璃。最初の付箋ふせんを届けてから今まで……俺のこと、意識してくれた?」

 耳元でささやかれて、背筋が粟立あわだつ。もう怖くはないのに、また涙がにじむ。こんな羽角さんを私は知らない。

「どうしてこんなこと……」
「正攻法じゃ瑠璃には効かないでしょ。どうしたら俺のことを意識してくれるかなって、考えた結果だよ」

 吐息をたっぷりと含んだその声も、うっとりとした目つきも。私の知らない羽角さんが目の前にいる。

「俺はずっと瑠璃のことが好きだった。瑠璃が大学を卒業する頃から、ずーっとね。瑠璃の容姿も性格もデザイナーとしての才能も、すべてを愛してるよ。ずっと待ってたんだ」

 羽角さんと知り合ったのは私が大学二年のときだ。ちょうど、長く付き合っていた幼馴染おさななじみと別れた頃。

「ずっと、ですか。……ほ、本当に?」
「うん」
「待ってたって、なにを?」
「瑠璃がうちの事務所にくるのを」
「え……」

 ぎゅっと、眉をひそめてしまう。
 それは、彼が私に好意を持っていたから、この事務所に引き抜いてくれたということだろうか。私の実力を認めてくれたからではなく。血の気が引いていく。

「だから、私を引き抜いたんですか」
「だから? ……あぁ。まさか、冗談じゃない。瑠璃は自分の力を信じてないの? 俺にしたって、私欲のため人を雇うなんてありえないよ。心外だな」

 そんなこと鞠哉さんも絶対に許さない、と言う声はとがっている。
 ほっと胸をで下ろした。

「いつもの……私の知っている副社長でしたら、そんなことをする方ではないと断言できるのですが」
「うん。じゃあ、なんで?」
「この付箋ふせんを私に送ってくる方、は。スカートの内側に仕込みをするような人なので、信じられなくて」

 呆気あっけにとられたように副社長がまばたきをする。それから、くすりと笑った。

「どっちも俺だよ。待ってたっていうのは、瑠璃がうちの事務所に入るだけの実力をつけるのを待ってたってこと。瑠璃を捕まえるのは、そのときって決めてた。もし瑠璃が……、普通に告白して俺のことを好きになってくれるような子だったら、もっと早く言ってただろうね。でも多分、そうじゃないから瑠璃が好きなんだ」

 それはわかるような、でもわからない理屈だ。
 相も変わらずぐるぐると考え込んでいると、唇にやわらかいものが当たった。

「ん、ぅ……っ」

 副社長の唇はとてもやわらかくて、吸いつくようなそれはまるで私を食べようとしているみたいだ。
 そしてべろりと、彼の舌が私の唇をなぞる。
 キスから逃げようと顔を振っても、どこまでもついてくる。

「かわいい……」

 唇をくっつけながらささやかれて、息が止まるかと思った。
 混乱に揺れる手を取られて、ぎゅっと握られてしまう。

「好きだよ、瑠璃」

 胸の奥が締めつけられる。

「あの付箋ふせんを見て俺のこと、意識したでしょう」

 したよ。した。嫌になるくらい気になって、意識していた。

「言ってよ。俺のことで頭がいっぱいだって」

 そうだよ。毎日毎日、羽角さんのことばかり。

「俺のことが好きだって言って」

 気になって仕方なかった。
 そのことに今さら腹が立つ。
 私はなんて簡単に副社長の思惑通りに踊ってしまったんだろう。

「ああ、かわいい。……瑠璃は本当にまつげが長いよね。ずっと、ここに唇で触れてみたかった」
「ちょっ、やめてくださ……」

 私の口元から離れた彼の唇が、今度はまつげへと移動する。
 そして宣言通り、本当に唇でまつげに触れている。
 目蓋まぶたまれながらまつげを揺らされるのも、時折こぼれる彼のセリフも、こう言ってはなんだがちょっと普通ではない感じがする。
 そう思うのに、嫌悪けんおを全く感じず頬を熱くして、心のどこかにしびれを覚えている私も一体なんなんだろう。

「あと、ここも」

 言いながら、つかまれていた指を広げられた。
 右手の人差し指が、彼の口の中へ消えていく。

「え、えぇっ。ちょっと!」
「ん……」

 色っぽい声を漏らしながら、じゅっと口の中で吸う。
 小さく顔を動かしながら、舌を指の腹にわせてくる。
 彼の口から指を引き抜こうとしたものの無駄だった。がっちり押さえられて動けない。
 美しい瞳にいさめられ、くすぐるように舌先ででられる。心どころか体中にしびれが走った。

「前に、ね。瑠璃がれる紅茶がおいしい理由、聞いたでしょ」

 ちゅぽ、と羽角さんの口の中から指が戻ってくる。

「この指で、この手で。れるからだと思うんだよね」

 てのひらまで、れろとめられて、頬が引きった。
 ――二週間前に紅茶をれたとき、聞き取れなかった言葉の続きはこうだったんだ。

「飲み物を入れてもらうたびに、この指をめたいなぁっていつも思ってたんだ。あー……興奮する」

 夢中になって私の手に口をつけている副社長を見て、眩暈めまいがした。
 付箋ふせんを貼る場所といい歯の浮くような文章といい、見え隠れしていた変態性が、目の前に顕在けんざいしたのだ。
 間違いない、この人、普通に変態だ。
 私の神様、やっぱりまごうことなき変態だった。

「……っ、もうっ!」

 甲高かんだかく叫びながら、力いっぱい手を引いてみる。
 でも羽角さんの唇は私の手から離れてくれない。嬉しそうに微笑ほほえむだけだ。

「ひ、人としてあこがれてたのに……! 尊敬……は今も消えてないけど、でも人間性のほうはかなり疑ってます!」
「尊敬してもらえるのも嬉しいけど、今はそれより、瑠璃に愛されたいなぁ」 
詐欺さぎっ、神様詐欺さぎ!」
「ははっ、詐欺さぎか。だましたつもりないんだけどなー」

 なんでそんなに嬉しそうなんだろう。意味がわからない。

「瑠璃、口開けて。キスしよう」

 指であごを下げられて、唇が合わさる。
 口を開かない私をかすように、副社長の舌が何度も唇をめた。

「ふっ……、も、う……っ」

 言葉を紡ごうと開いた唇へ、乱暴に押し入ってきた彼の舌。それに、いいように翻弄ほんろうされる。
 執拗しつように絡みついてくる彼の舌に口腔こうこう内を支配されてしまう。
 ――上司として完璧な羽角さんの、知られざる一面。
 ショックではあるけど、やっぱり全然嫌じゃない。
 それどころか、目の前の羽角さんが気になって気になって、胸が高鳴って仕方ない。
 この感情には覚えがある。避けていたけれど、いつか味わいたいと願っていた恋愛感情。彼の存在が気になって気になって、その結果かれてしまうなんて中学生みたいだ。自分がどうかしているとしか思えない。

「はっ、はぁ……っ」

 濃厚すぎるキスに息も絶え絶え酸欠状態におちいっていると、嬉々ききとして腕を広げた彼に、その中へと閉じ込められる。

「ねぇ、瑠璃。早く言って。俺のことが好きだって」
「……っ、知らない」

 つまり私は、付箋ふせんの送り主を気にしてしまった時点で、羽角さんの目論見通りに踊っていたわけだ。
 恋を避けていた私に、あれ以上効果的に異性を意識させる方法があっただろうか。いや、多分ない。だからなおさらくやしい。

「でも、副社長のことが」
「それ、やめてって言ってるでしょ。せめていつも通り呼んでよ」
「羽角さんの、ことが……気になってしょうがない……」

 しょうがないんだよ、ちくしょう。と心の中で毒を付け足した。

「本当に瑠璃は恋愛レベルが中学生辺りで止まってるんだね。俺のことが気になって、そのまま好きになってくれたんでしょう。ふふ、目論見通り」

 やっと手に入れた、とこの世で一番の幸せを手に入れたみたいな顔をしている彼に、繰り返し頬擦ほおずりをされる。
 そのしつこさと言ったら尋常じんじょうではない。

「あ、あの、けど私……恋愛における自信がなくて、ですね……」
「自信? そんなもの……あー……でも、瑠璃がどうしても欲しいっていうなら、俺があげるよ」
「え……」
「自信でしょう? あげるよ。ただし、あげるのは俺と一生恋愛する自信に限るけどね。よそ見なんて絶対にさせない」
「よ、よそ見って、どこからそういう話に」
「愛してるよ、瑠璃。実はね、瑠璃のだーい好きな少女漫画みたいな、ゆっくりとはぐくむ恋愛をするのもいいなとも思ったんだけど、長年いろいろ我慢してるから限界なんだよね。とりあえず、体中めさせてくれる? 余すところなく」


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