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第二章
④ 最推しにもみくちゃにされる、至福のイベント発生です
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次に目が覚めたとき、公爵はすでにいなくなっていた。
巨大なベッドの上。ぼくの隣には、くぴー、くぴー、と変な寝息を立てながら、ちびドラゴンのムート(勝手にそう呼ぶことにした)が眠っている。
「おはようございます。目が覚めましたか」
にっこりと笑顔を向けてくれたのは、公爵の側近、レオンだ。
朝日を浴びて輝く笑顔が、とても爽やかで、きらっきらに輝いて見える。
朝のニュースに出てくるイケメンニュースキャスターみたいな、老若男女、誰からも愛されそうな好青年キャラだ。
この爽やかさで、夜はワイルドな騎士団長と、あんなことやこんなことをしているんだ……と妄想したら、うっかり別の世界に飛んでしまいそうになった。
「ルディ殿?」
不思議そうな顔で名前を呼ばれ、慌てて我にかえる。
「え、あ、えっと……」
「もしかして、お熱があるのですか?」
レオンの手のひらが、ぼくの額に触れる。すらりと細い指、つるんとなめらかな感触。白くてきれいなその指が、騎士団長の褐色の肌に触れるところを想像して、かぁっと頬が熱くなった。
「そこまで熱くはないようですが、顔が真っ赤です。公爵さまに報告しなくては」
「報告しなくていいです!」
えっちなカップリング妄想をしたせいで顔が赤くなっただけなのに。わざわざそんなことを報告されたら、いたたまれない。
「しかし……」
「ほら、大丈夫です。もう、火照りは収まりました!」
必死で煩悩を追いやり、顔の火照りを鎮める。
「確かに。少し赤みが消えましたね」
にっこりと微笑むレオンの首筋にちいさなホクロがあることに気づき、発情した騎士団長が、そのホクロを執拗に舐めたり噛んだりするところを想像して、ふたたび煩悩の世界に旅立ってしまいそうになった。
「ルディ殿?」
「ほぁっ、あ、えーっと……。その、殿っていうの、できればやめてほしいです」
なんとか誤魔化そうとして、必死で話題を変える。
「いえ、そういうわけには。ルディ殿は、いずれこのツァイトガイスト公爵家を継ぐことになるお方なのですから」
「え!? なに、それ」
聞き返したぼくに、レオンはハッとしたように目を見開く。
「も、もしやまだ、公爵さまから、お話を伺っていないのですか」
「なにも聞いてません。え、え、ちょっと待って。ぼくがツァイトガイスト公爵家を継ぐって、どういう意味ですか!?」
ぼくの問いに、レオンは狼狽えたように後ずさる。
「い、いえ、なんでもありません。大変失礼いたしました。今のは、聞かなかったことにしていただけると――とても助かります」
聞かなかったことにっていわれても。あまりにも衝撃的すぎて、なかったことになんて、できるわけがない。
ぼくがツァイトガイスト公爵家の跡を継ぐ? ありえない。
もしかして、ぼく、からかわれていたりするんだろうか……。
ちらっとレオンの様子を確かめると、彼は何事もなかったかのように、いつもの静かな笑みを湛えた爽やか好青年顔に戻っていた。
「朝食の用意ができております。こちらへどうぞ」
今の話題には触れないで、ふつうに接した方がいいのだろうか。
ぼくは困惑しながらも、レオンに合わせることにした。
ひとりぼっちの朝食だとばかり思ったのに。食堂には、しっかり身支度を調えたツァイトガイスト公爵の姿があった。
マントこそ羽織っていないものの、ゲーム内の立絵と同じ、軍服と礼服の中間みたいな、気品溢れるジャケットとパンツをまとっている。手足がすごく長くて、スタイルがずば抜けていいから、本当によく似合っている。
「ほぁ……」
しばらく見蕩れた後、ぼくは我にかえって自分が寝間着姿のままだということを思い出す。
「ご、ごめんなさい。ちゃんと着替えてきたほうがいいですねっ」
部屋に駆け戻ろうとして、レオンにすばやく抱き留められた。
「着替える必要はない。長旅で疲れているだろうし、ルディは今日一日、部屋でゆっくり休むべきだ。休息を取るのに、窮屈な服は必要ないだろう?」
ツァイトガイスト公爵はそういうと、わざわざ席を立ち、ぼくの目の前まで歩み寄ってくれた。
「顔色は悪くないな。ゆっくり眠れたか?」
ツァイトガイスト公爵は、ものすごく背が高い。しゃがみこんでぼくの視線の高さに合わせてくれてから、じっとぼくを見据えてそういった。
推しにやさしくしてもらえて、すごく嬉しい。
だけど、ゲームのなかのイメージと違いすぎて、脳がバグってしまいそうだ。
ゲーム内の公爵の決め台詞は、『貴様のような外道、我がドラゴンの餌にするのも憚られるわ!』だ。
恐ろしい声でそう怒鳴られてみたかったのに。全然叱ってもらえてない……。
ゲーム内で主人公のことを、まるで奴隷でも扱うかのように荒々しく屈服させ、陵辱の限りを尽くしていたのに。
実は子どもにはやさしいキャラだったとか?
いやいや。どう考えてもそんなキャラじゃない。『ガキはうるさいから嫌いだ』と吐き捨てるシーンだってあったくらいだ。
やさしくしてもらえて嬉しい反面、なにか物足りなさのようなものを感じてしまうのは、気のせいだろうか。
そうだ。ぼくは悪役令息。ここでいたずら的なことをすれば、厳しく叱責してもらえるのではないだろうか。
『躾のなってないガキにはお仕置きが必要だ!』
って、激しくお尻をぶってくれるかもしれない。
ほあぁあ、と夢の世界に入り込み、ぼくは必死でいたずらの方法を考えた。
公爵が激怒しそうな、いたずら。
えっと……。
むい。目の前の公爵のほっぺたを、つねってみる。
「ルディ殿……!」
そばに控えていたレオンが慌てふためく。
ほら、来て。お仕置き! めちゃくちゃに怒って、ぼくを罵って!
むいーと餅を伸ばすようにツァイトガイスト公爵のほっぺたを引っぱると、公爵はおかしそうに吹き出した。
「なんだ、ルディ。スキンシップを取りたいのか? ほら、来い。好きなだけ甘えていいぞ」
「ほぁっ!」
ふわりと抱き上げられ、むぎゅっと抱きしめられる。
片手だけでぼくを抱きしめ、ツァイトガイスト公爵はぼくの髪をくしゃくしゃとかき混ぜた。そして、自分の頬をぼくの頬にくっつけて、愛しげに頬ずりする。
「朝から仲良しさんですね」
そんなツァイトガイスト公爵とぼくを見やり、レオンがほほ笑ましげに笑う。
ひとしきり頬ずりをし終わると、公爵は、今度は大きな手のひらで、ぼくの髪やほっぺたをもみくちゃにした。
「ふわっふわもちもちのこの感触。止まらなくなるな。キリがない。冷める前に食事を摂らなくては。さあ、食事にするぞ、ルディ」
公爵はそういうと、自分の席からいちばん近い席に、ぼくを座らせてくれた。
机の上には、朝ごはんとは思えないほど、豪勢なごちそうが並んでいる。
どれもすごくおいしそうだけれど、『朝から最推しにもみくちゃにされる』という夢のようなイベント発生のせいで、頭がぽやぽやして、うまく現実に戻れそうにない。
「どうした。食欲がないのか?」
公爵に心配そうな顔を向けられ、ぼくは慌ててナイフとフォークに手を伸ばした。
「そんなことないですっ。とってもおいしそうな食事、ありがとうございます!」
悪役令息の振りをしなくちゃいけないのに。
すっかり忘れて、ぼくは素に戻って答えてしまった。
巨大なベッドの上。ぼくの隣には、くぴー、くぴー、と変な寝息を立てながら、ちびドラゴンのムート(勝手にそう呼ぶことにした)が眠っている。
「おはようございます。目が覚めましたか」
にっこりと笑顔を向けてくれたのは、公爵の側近、レオンだ。
朝日を浴びて輝く笑顔が、とても爽やかで、きらっきらに輝いて見える。
朝のニュースに出てくるイケメンニュースキャスターみたいな、老若男女、誰からも愛されそうな好青年キャラだ。
この爽やかさで、夜はワイルドな騎士団長と、あんなことやこんなことをしているんだ……と妄想したら、うっかり別の世界に飛んでしまいそうになった。
「ルディ殿?」
不思議そうな顔で名前を呼ばれ、慌てて我にかえる。
「え、あ、えっと……」
「もしかして、お熱があるのですか?」
レオンの手のひらが、ぼくの額に触れる。すらりと細い指、つるんとなめらかな感触。白くてきれいなその指が、騎士団長の褐色の肌に触れるところを想像して、かぁっと頬が熱くなった。
「そこまで熱くはないようですが、顔が真っ赤です。公爵さまに報告しなくては」
「報告しなくていいです!」
えっちなカップリング妄想をしたせいで顔が赤くなっただけなのに。わざわざそんなことを報告されたら、いたたまれない。
「しかし……」
「ほら、大丈夫です。もう、火照りは収まりました!」
必死で煩悩を追いやり、顔の火照りを鎮める。
「確かに。少し赤みが消えましたね」
にっこりと微笑むレオンの首筋にちいさなホクロがあることに気づき、発情した騎士団長が、そのホクロを執拗に舐めたり噛んだりするところを想像して、ふたたび煩悩の世界に旅立ってしまいそうになった。
「ルディ殿?」
「ほぁっ、あ、えーっと……。その、殿っていうの、できればやめてほしいです」
なんとか誤魔化そうとして、必死で話題を変える。
「いえ、そういうわけには。ルディ殿は、いずれこのツァイトガイスト公爵家を継ぐことになるお方なのですから」
「え!? なに、それ」
聞き返したぼくに、レオンはハッとしたように目を見開く。
「も、もしやまだ、公爵さまから、お話を伺っていないのですか」
「なにも聞いてません。え、え、ちょっと待って。ぼくがツァイトガイスト公爵家を継ぐって、どういう意味ですか!?」
ぼくの問いに、レオンは狼狽えたように後ずさる。
「い、いえ、なんでもありません。大変失礼いたしました。今のは、聞かなかったことにしていただけると――とても助かります」
聞かなかったことにっていわれても。あまりにも衝撃的すぎて、なかったことになんて、できるわけがない。
ぼくがツァイトガイスト公爵家の跡を継ぐ? ありえない。
もしかして、ぼく、からかわれていたりするんだろうか……。
ちらっとレオンの様子を確かめると、彼は何事もなかったかのように、いつもの静かな笑みを湛えた爽やか好青年顔に戻っていた。
「朝食の用意ができております。こちらへどうぞ」
今の話題には触れないで、ふつうに接した方がいいのだろうか。
ぼくは困惑しながらも、レオンに合わせることにした。
ひとりぼっちの朝食だとばかり思ったのに。食堂には、しっかり身支度を調えたツァイトガイスト公爵の姿があった。
マントこそ羽織っていないものの、ゲーム内の立絵と同じ、軍服と礼服の中間みたいな、気品溢れるジャケットとパンツをまとっている。手足がすごく長くて、スタイルがずば抜けていいから、本当によく似合っている。
「ほぁ……」
しばらく見蕩れた後、ぼくは我にかえって自分が寝間着姿のままだということを思い出す。
「ご、ごめんなさい。ちゃんと着替えてきたほうがいいですねっ」
部屋に駆け戻ろうとして、レオンにすばやく抱き留められた。
「着替える必要はない。長旅で疲れているだろうし、ルディは今日一日、部屋でゆっくり休むべきだ。休息を取るのに、窮屈な服は必要ないだろう?」
ツァイトガイスト公爵はそういうと、わざわざ席を立ち、ぼくの目の前まで歩み寄ってくれた。
「顔色は悪くないな。ゆっくり眠れたか?」
ツァイトガイスト公爵は、ものすごく背が高い。しゃがみこんでぼくの視線の高さに合わせてくれてから、じっとぼくを見据えてそういった。
推しにやさしくしてもらえて、すごく嬉しい。
だけど、ゲームのなかのイメージと違いすぎて、脳がバグってしまいそうだ。
ゲーム内の公爵の決め台詞は、『貴様のような外道、我がドラゴンの餌にするのも憚られるわ!』だ。
恐ろしい声でそう怒鳴られてみたかったのに。全然叱ってもらえてない……。
ゲーム内で主人公のことを、まるで奴隷でも扱うかのように荒々しく屈服させ、陵辱の限りを尽くしていたのに。
実は子どもにはやさしいキャラだったとか?
いやいや。どう考えてもそんなキャラじゃない。『ガキはうるさいから嫌いだ』と吐き捨てるシーンだってあったくらいだ。
やさしくしてもらえて嬉しい反面、なにか物足りなさのようなものを感じてしまうのは、気のせいだろうか。
そうだ。ぼくは悪役令息。ここでいたずら的なことをすれば、厳しく叱責してもらえるのではないだろうか。
『躾のなってないガキにはお仕置きが必要だ!』
って、激しくお尻をぶってくれるかもしれない。
ほあぁあ、と夢の世界に入り込み、ぼくは必死でいたずらの方法を考えた。
公爵が激怒しそうな、いたずら。
えっと……。
むい。目の前の公爵のほっぺたを、つねってみる。
「ルディ殿……!」
そばに控えていたレオンが慌てふためく。
ほら、来て。お仕置き! めちゃくちゃに怒って、ぼくを罵って!
むいーと餅を伸ばすようにツァイトガイスト公爵のほっぺたを引っぱると、公爵はおかしそうに吹き出した。
「なんだ、ルディ。スキンシップを取りたいのか? ほら、来い。好きなだけ甘えていいぞ」
「ほぁっ!」
ふわりと抱き上げられ、むぎゅっと抱きしめられる。
片手だけでぼくを抱きしめ、ツァイトガイスト公爵はぼくの髪をくしゃくしゃとかき混ぜた。そして、自分の頬をぼくの頬にくっつけて、愛しげに頬ずりする。
「朝から仲良しさんですね」
そんなツァイトガイスト公爵とぼくを見やり、レオンがほほ笑ましげに笑う。
ひとしきり頬ずりをし終わると、公爵は、今度は大きな手のひらで、ぼくの髪やほっぺたをもみくちゃにした。
「ふわっふわもちもちのこの感触。止まらなくなるな。キリがない。冷める前に食事を摂らなくては。さあ、食事にするぞ、ルディ」
公爵はそういうと、自分の席からいちばん近い席に、ぼくを座らせてくれた。
机の上には、朝ごはんとは思えないほど、豪勢なごちそうが並んでいる。
どれもすごくおいしそうだけれど、『朝から最推しにもみくちゃにされる』という夢のようなイベント発生のせいで、頭がぽやぽやして、うまく現実に戻れそうにない。
「どうした。食欲がないのか?」
公爵に心配そうな顔を向けられ、ぼくは慌ててナイフとフォークに手を伸ばした。
「そんなことないですっ。とってもおいしそうな食事、ありがとうございます!」
悪役令息の振りをしなくちゃいけないのに。
すっかり忘れて、ぼくは素に戻って答えてしまった。
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