上 下
32 / 67
第五章

⑤最後のフライト?

しおりを挟む
 湯あみを終えて公爵の部屋に戻ると、テーブルの上に色鮮やかな果実が山盛りになっていた。

 つやつやの葡萄に、真っ赤なりんご。見覚えのある果実もあれば、三日月みたいな形の薄桃色の果実や、とうもろこしみたいな形で、赤や黄、青、オレンジなど、カラフルな粒々が並ぶ果実など、見たこともない謎のものもたくさんある。

「イザークさま。おかえりなさいませ」

 ずらりと並んだメイドたちが、深々と頭を下げる。

 公爵は少し居心地の悪そうな顔で、ぼくを抱き上げた。

「ルディ、おやつを食べたら、少し散歩に行かないか」

「さんぽ! 行きたいですっ」

 過保護な公爵が散歩に誘ってくれるなんて、とても珍しいことだ。 

 この世界に来てから、ぼくはほとんど公爵の城から出ていない。

 出かけるときは、いつもドラゴンに乗って出かけている。

 はじめて徒歩で散策できる、と思って期待したのだけれど――。

「さんぽ……? ドラゴンで……?」

 公爵が連れて行ってくれたのは、城下町ではなく、竜の離着陸場、ドラゴン・ランディングだった。

「なんだ。嫌なのか?」

「いえ、嫌じゃないですっ」

 片眉を上げた公爵に、ぼくは慌てて首を振る。

 ドラゴンに乗るのが、嫌なわけじゃない。ただ、ほんの少し期待してしまったのだ。

 公爵と手を繋いで、王城の外を散歩できることを。

 だけど、冷静に考えたら、彼はこの国の元王子。

 よそに養子に出たとはいえ、元王子さまが外をぶらぶらしていたら、町のひとたちはびっくりしてしまうだろう。

 とはいえ、ぞろぞろと衛兵を引き連れて練り歩くのを、公爵が好むとも思えない。公爵自身、むやみに城の外を出歩かないようにしているのかもしれない。

「レオンやブラッツは、誘わないんですか」

「あいつらも、たまにはゆっくりさせてやるべきだろう。ルディ、私と二人きりで行こう。嫌か?」

「嫌じゃないですっ」

 ふるふると首を振りながら答えた後、ぼくは、明日のことを思い浮かべ、ぎゅーっと胸が苦しくなった。

 明日、公爵やブラッツは、国王陛下暗殺のための計画を決行するつもりなのだ。

 つまり、今日は計画決行前、ブラッツとレオンが二人きりで過ごせる最後の日。

 二人が誰にも邪魔されることなくゆっくり過ごせるよう、公爵はぼくを散歩に誘ったのかもしれない。

 

 公爵の愛竜、フィズは、公爵を見るなり、「竜使いの荒い男だな」と悪態を吐いた。

 公爵領から王城まで、馬車と比べたら断然早く着くけれど、それでも半日近く飛び続けることになる。

 やっとのことで王城に着いたのに。さらに騎竜しようとする公爵は、フィズの目にとても鬼畜に感じたのだろう。

「この程度で『疲れた』と弱音を吐くようでは、我の愛竜は務まらぬぞ」

「貴様の愛竜になど、なりたくてなったわけじゃない」

 ふん、とフィズが鼻を鳴らす。公爵はいつものように蹴りを入れることなく、なぜか、フィズの身体をやさしくそっと撫でた。

 もしかして――フィズと、お別れ前の、最後の時間を過ごそうとしてる……?

 ぼくと同じことを、フィズも考えたのかもしれない。フィズはそれ以上、公爵になにも言わなかった。

 いつのまについてきたのだろう。ぼくの肩に、ふわりとムートが舞い降りる。

 ドラゴンの成長は本当に早い。少し前まで、バタバタと忙しなく羽をばたつかせて飛んでいたのに。今はまるで、空を舞うグライダーのように、音もなくなめらかに滑空するようになった。

「ムートも行くの?」

『当然だ。お前らだけでは、心配なのでな』

 この中でいちばんちっちゃくて、生まれて間もない子竜なのに。なぜか全員の保護者みたいな顔で、ムートは胸をそらす。

「ルディ。そのドラゴンと、すっかり仲良くなったな」

 ぼくとムートを見下ろし、公爵はまぶしそうに目を細める。

「ムート。これからも、ルディを頼むぞ」

 まるで、ぼくのことをムートに託すみたいな言い方をするから、ぼくは無性に辛くなって、むぎゅーっと公爵の身体にしがみついた。

「どうした、ルディ」

「ドラゴンに乗ると、ぎゅーってしてもらえなくなるから。乗る前に、いっぱいぎゅーってして!」

 わがままな悪役令息になりきってねだると、公爵はおかしそうに吹き出し、ぼくをぎゅーっと抱きしめた。

 公爵のたくましい腕のなか。公爵のにおいに包まれると、ほわっと幸せな気持ちになる。

 ぼくはめいっぱい手を伸ばし、公爵の身体を抱きしめかえした。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

来世もお迎えに参ります。

BL / 完結 24h.ポイント:411pt お気に入り:18

転生したら激レアな龍人になりました

BL / 完結 24h.ポイント:397pt お気に入り:3,001

君の運命はおれじゃない

BL / 完結 24h.ポイント:127pt お気に入り:1,220

悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:5,325pt お気に入り:2,476

貴方へ愛を伝え続けてきましたが、もう限界です。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:6,739pt お気に入り:3,810

ノンケの俺がメス堕ち肉便器になるまで

BL / 完結 24h.ポイント:553pt お気に入り:1,574

処理中です...