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第六章

⑦なによりも嬉しい言葉

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 ドラゴンの前に立つと、ルーカス王子は、すっと手を差し出す。

 彼がなにか呪文のようなものを唱えると、ドラゴンが頭を垂れ、ルーカス王子の手のひらに自分の額を押し当てた。

 その姿は、まるで忠誠を誓う騎士のようだ。

 ルーカス王子は誰の手も借りず、自力でドラゴンの背によじ登った。

「よし、行くぞ! このままでは、式典が始まってしまう」

 公爵に言われ、ルーカス王子は力強く頷く。

 愛竜を迎えに行った王子がたとえ戻ってこなくても、式典は時間どおり行われるのだそうだ。

 急がなくては、妊婦さんと赤ちゃんの命が危ない。

「シグル、行こう」

 シグルというのは、ルーカス王子が名付けた、そのドラゴンの名前らしい。

「どういう意味?」

 ぼくの問いに、ルーカス王子ではなく、ムートが答えてくれた。

「『栄光』という意味だな」

 名付けのセンスが、まさに正統派ヒーローだ。

 ドラゴンにひとりで乗るのは初めてのはずなのに。ルーカスはかっこよく乗りこなしている。

 ぼくはと言えば、相変わらず公爵と相乗りだ。中身は十八歳なのに、自分だけ子ども扱いされるのは、ちょっと恥ずかしかった。

 登りはあんなに大変だったのに。ドラゴンたちは、あっという間に王都までぼくらを運んでくれた。

「ほぁ、人がいっぱい!」

 王城前の広場は、ルーカス王子生誕祭の式典をひと目見ようと、たくさんの人が詰めかけていた。

「おお、ルーカス殿下だ!」

「ルーカス殿下が戻ってきたぞっ」

 頭上を見上げ、皆が口々に叫ぶ。

 式典が行われるのは、王城のすぐそばにある、円形闘技場内。広場にいるのは、式典に招待されていない、庶民のひとたちだ。

「イザーク叔父さん。待って。いったん、ここで止まって。みんなに挨拶したいんだ」

 ルーカス王子に呼び止められ、公爵の愛竜、フィズはなめらかに旋回して広場へと戻ってくる。

 ルーカス王子の愛竜シグルが、広場の中央にある噴水にとまった。

 広場じゅうに、喝采が響き渡る。 

「ルーカス殿下、お誕生日、おめでとうございます!」

「愛竜とのご誓約、おめでとうございます!」

 そこかしこから、ルーカス王子の誕生と竜王の頂からの帰還を祝う声が響く。

「皆のおかげで、無事に十歳の誕生日を迎えることができました。愛竜シグルも、このとおり僕を受け入れてくれました。ですが――今日が、ぼくが皆の前に姿を見せることのできる、最後の日になるかもしれません」

 群衆の間に、どよめきが起こる。ルーカス王子は、ゆっくりと言葉を続けた。

「竜の頂には、たくさんの刺客がいました。なぜなら、僕は父王の行う、生け贄の儀式に反対したからです」

 どよめきが、さらに大きくなる。ルーカス王子は、声の波に飲まれないよう、大きく声を張った。

「どうか、力を貸してください。僕は、二十四人の妊婦さんと赤ちゃん、全員を助けたい。それには、みなさんの力が必要なんです!」

 ちょっと待って。この子、十歳だよね……? 

 この世に生まれてきて十年目、だよね?

 いったい人生何週目? ってツッコミたくなるカリスマ性を発揮したルーカス王子に、そこかしこから熱狂的な声が上がる。

「国王の暴挙を、赦すな!」

「ルーカス殿下を、なんとしてでもお守りしよう!」

「あの妊婦のなかに、オレの妹もいるんだ。皆、頼む。力を貸してくれ!」

 人々の熱狂の輪が、どんどん大きくなってゆく。

「すごいね……。ぼくら、最初から要らなかったんじゃない……?」

 思わずぼやいたぼくに、公爵がやさしい声音で言う。

「いや。ルディ、これはお前の手柄だ。ブラッツから聞いたぞ。『ルーカス王子が反対すれば、儀式を中止にできるかもしれない』。お前の考え出した案なのだろう?」

「確かにぼくが考えた案だけど……。でも、実際には、ぼく、なにもできてないし」

「どうだかな。お前がいければ、ルーカスは今ごろ、あの山で殺されていた」

「ルーカス殿下を助けたのは、公爵さまやレオンだよ」

「ルディがいなければ、私はあの山になど行かなかった。レオンだって、お前の頼みだからこそ、主である私に背いてまで、あの山に行ったのだ」

 やむことのない喝采に包まれ、ルーカス王子は、満面の笑みで民に手を振っている。

 あれが、ルディの弟。そんなふうに思うと、確かにちょっとだけ、悪役令息ルディの存在が、可哀想に思えた。

 だけど――。

「我が従甥ルディよ。誰よりも賢く、愛おしい子。お前を私の子にすることができて、私はたまらなく幸せだ」

 公爵が心底幸せそうな顔で、ぼくに笑いかけてくれたから。

 ぼくは、国中のみんなに絶賛されるよりも、とても、とても満たされた気持ちになることができた。
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