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2章 それは、あなたなんです
第1話 招かれざる「お客さま」
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10月になった。さすがに夏の酷暑は過ぎ去りつつあるが、お昼間などは秋とは思えない、暑いとも言える気候だった。
この数年、だんだんと夏が長くなっているような気がする。まるでついでにとでも言うように、春まで短くなってきている気がする。
日本は四季があって美しいと定評のある国だが、それが脅かされているような気さえしてしまう。それでも春には桜がほころぶし、秋には木々が紅葉する。それが救いだろうか。
さて、お兄ちゃんと那津が切り盛りする「ウィスキーバー TOMO」だが、最近招かれざる、とも言えるお客さまが、毎日開店と同時から日替わりで来ている。そのお客さまは今日も来て、本当に忌々しいという表情でお兄ちゃんを睨みつけ、かと思えばうっとりと保さんを見つめていた。
こちらの女性、名を深川さんという。保さんとお兄ちゃんの高校のときの同級生である。そして、自称、保さんファンクラブの会長さんだ。
ゆるやかに波打ったブラウンヘアに、きりっとした印象の顔つき。細身で、しっかりおとなのお姉さんといった風貌である。
那津はお兄ちゃんとは高校が違うので知らなかった人なのだが、最初に来たとき。
「あ、深川やん。久しぶり」
そう気安く声を掛けたお兄ちゃんに。
「わたしは許さんで! なんでよりにもよって松比良くんの彼女があんたなん!」
そう怒りを爆発させた。那津はなにごとかと唖然としてしまった。スイもびっくりしたのか、猫かごからびくりと顔を上げた。
深川さんいわく、保さんに彼女さんや奥さまができたとして、それがお似合いの女性であるならば、悔しいが涙を飲んで幸せを願おうと、同じファンクラブの人たちと言っていたそうだ。
だがいざ、できてみたら、それがまさかのお兄ちゃん。そもそも女性ではなかった。お兄ちゃんは心こそ女性だが、深川さんたちにしてみたらノーカンらしい。まさか当時親友としてそばにいたお兄ちゃんが、保さんの恋人なんて位置に躍り出るなんて、夢にも思わなかったのだろう。
それにしても、高校時代に発足したファンクラブが、もう10年ほども続いているのは驚きである。それだけ保さん人気が高かったことがうかがえるのだが。
それだけ情熱が続くことにも感嘆する。もしかしたら、深川さんたちはいわゆる「ガチ恋勢」なのだろうか。だとしたら、確かにお兄ちゃんとのことはショックだろう。
お兄ちゃんたちと深川さんたちは高校の同級生だから、風のうわさなどで、この「TOMO」とふたりの関係性を知ったのだろうと思う。保さんもお兄ちゃんも隠していないし、ふたりは親友同士だったが、他のお友だちだっていただろうから、そこから話が流れてもおかしくない。
とにかく、お兄ちゃんたちのことを聞きつけた深川さんは「TOMO」に押しかけ、保さんとお兄ちゃんの邪魔をするために、今や指定席と化している保さんから、ひとつ開けた横の席に陣取っているのだ。真横だと近すぎて緊張するらしい。
那津としてはそんな深川さんもお客さまには変わりがないので、ほかのお客さま同様の接客をするが、保さんとお兄ちゃんにとっては面倒なのだと思う。
開店の18時からお店が混み出す19時までの穏やかな時間が壊されてしまったことは、那津にとっては痛手だが、ふたりで落ち着いて過ごせる時間が奪われたのはお兄ちゃんたちも同じだ。
邪魔をすると言っても、深川さんたちは保さんになにか言ったりするわけではない。お兄ちゃんにもだ。ただただ睨みつけるだけなのである。なので特に害があるわけではない。ただやはり、お兄ちゃんんとしてはよい気分ではないだろう。
混んでくれば、お兄ちゃんはほかのお客さまの接客があるから、保さんにばかり構っているわけではないのだが、こうした繋がりがあることが、そして保さんの彼女がお兄ちゃんという、生物学上の男性であることが許せないのだろう。
那津はお兄ちゃんたちを応援しているし、その絆は強固なものだと思っているが、深川さんたちの行動を咎めたりはできない。これはあくまでも、保さんとお兄ちゃんの問題だからだ。第三者がへたに絡んだところでややこしくなるだけだ。
深川さんが会長を務めるこのファンクラブ、今も所属している会員は4人である。「TOMO」の営業は火曜日から日曜日。なので火曜日はこの人、水曜日はその人、と決めて、見張りという邪魔をしにきているわけだ。
なので、いちばん混み合う週末には来ないので、そこが譲歩できている点である。飲み屋が週末賑わうのは当たり前。そこは弁えてくれているそうだ。
しかし深川さんたちにもお仕事があるのだろうに。いくら交代制とはいえ、毎日お疲れさまと思ってしまう那津である。
「しっかしあんたら、毎日ひまなんか? こんなことに来ておれらの邪魔するより、彼氏とかおらんのか?」
お兄ちゃんが呆れたように、セクハラまがいのことを言う。那津が思わずはらはらしてしまうと。
「うっさい。わたしらは松比良くんが結婚するまで、結婚せんて決めてるんよ」
不機嫌そうに応える深川さん。お兄ちゃんはますます呆れを深くして。
「それやったら、あんたら一生結婚できひんやん。おれが性転換手術して戸籍変えん限り、おれと保は結婚できひんねんから」
「別れんとは限らんやろが」
「その可能性はないな。おれらはそれぐらいの関係性なんやから」
そう勝ち誇るように言うお兄ちゃんに、深川さんは悔しそうな顔を見せた。
お兄ちゃんが大切な人と仲睦まじいのはよいことではあるが、あまり生々しいのはやめて欲しいなぁ、なんて那津は思うのだった。
この数年、だんだんと夏が長くなっているような気がする。まるでついでにとでも言うように、春まで短くなってきている気がする。
日本は四季があって美しいと定評のある国だが、それが脅かされているような気さえしてしまう。それでも春には桜がほころぶし、秋には木々が紅葉する。それが救いだろうか。
さて、お兄ちゃんと那津が切り盛りする「ウィスキーバー TOMO」だが、最近招かれざる、とも言えるお客さまが、毎日開店と同時から日替わりで来ている。そのお客さまは今日も来て、本当に忌々しいという表情でお兄ちゃんを睨みつけ、かと思えばうっとりと保さんを見つめていた。
こちらの女性、名を深川さんという。保さんとお兄ちゃんの高校のときの同級生である。そして、自称、保さんファンクラブの会長さんだ。
ゆるやかに波打ったブラウンヘアに、きりっとした印象の顔つき。細身で、しっかりおとなのお姉さんといった風貌である。
那津はお兄ちゃんとは高校が違うので知らなかった人なのだが、最初に来たとき。
「あ、深川やん。久しぶり」
そう気安く声を掛けたお兄ちゃんに。
「わたしは許さんで! なんでよりにもよって松比良くんの彼女があんたなん!」
そう怒りを爆発させた。那津はなにごとかと唖然としてしまった。スイもびっくりしたのか、猫かごからびくりと顔を上げた。
深川さんいわく、保さんに彼女さんや奥さまができたとして、それがお似合いの女性であるならば、悔しいが涙を飲んで幸せを願おうと、同じファンクラブの人たちと言っていたそうだ。
だがいざ、できてみたら、それがまさかのお兄ちゃん。そもそも女性ではなかった。お兄ちゃんは心こそ女性だが、深川さんたちにしてみたらノーカンらしい。まさか当時親友としてそばにいたお兄ちゃんが、保さんの恋人なんて位置に躍り出るなんて、夢にも思わなかったのだろう。
それにしても、高校時代に発足したファンクラブが、もう10年ほども続いているのは驚きである。それだけ保さん人気が高かったことがうかがえるのだが。
それだけ情熱が続くことにも感嘆する。もしかしたら、深川さんたちはいわゆる「ガチ恋勢」なのだろうか。だとしたら、確かにお兄ちゃんとのことはショックだろう。
お兄ちゃんたちと深川さんたちは高校の同級生だから、風のうわさなどで、この「TOMO」とふたりの関係性を知ったのだろうと思う。保さんもお兄ちゃんも隠していないし、ふたりは親友同士だったが、他のお友だちだっていただろうから、そこから話が流れてもおかしくない。
とにかく、お兄ちゃんたちのことを聞きつけた深川さんは「TOMO」に押しかけ、保さんとお兄ちゃんの邪魔をするために、今や指定席と化している保さんから、ひとつ開けた横の席に陣取っているのだ。真横だと近すぎて緊張するらしい。
那津としてはそんな深川さんもお客さまには変わりがないので、ほかのお客さま同様の接客をするが、保さんとお兄ちゃんにとっては面倒なのだと思う。
開店の18時からお店が混み出す19時までの穏やかな時間が壊されてしまったことは、那津にとっては痛手だが、ふたりで落ち着いて過ごせる時間が奪われたのはお兄ちゃんたちも同じだ。
邪魔をすると言っても、深川さんたちは保さんになにか言ったりするわけではない。お兄ちゃんにもだ。ただただ睨みつけるだけなのである。なので特に害があるわけではない。ただやはり、お兄ちゃんんとしてはよい気分ではないだろう。
混んでくれば、お兄ちゃんはほかのお客さまの接客があるから、保さんにばかり構っているわけではないのだが、こうした繋がりがあることが、そして保さんの彼女がお兄ちゃんという、生物学上の男性であることが許せないのだろう。
那津はお兄ちゃんたちを応援しているし、その絆は強固なものだと思っているが、深川さんたちの行動を咎めたりはできない。これはあくまでも、保さんとお兄ちゃんの問題だからだ。第三者がへたに絡んだところでややこしくなるだけだ。
深川さんが会長を務めるこのファンクラブ、今も所属している会員は4人である。「TOMO」の営業は火曜日から日曜日。なので火曜日はこの人、水曜日はその人、と決めて、見張りという邪魔をしにきているわけだ。
なので、いちばん混み合う週末には来ないので、そこが譲歩できている点である。飲み屋が週末賑わうのは当たり前。そこは弁えてくれているそうだ。
しかし深川さんたちにもお仕事があるのだろうに。いくら交代制とはいえ、毎日お疲れさまと思ってしまう那津である。
「しっかしあんたら、毎日ひまなんか? こんなことに来ておれらの邪魔するより、彼氏とかおらんのか?」
お兄ちゃんが呆れたように、セクハラまがいのことを言う。那津が思わずはらはらしてしまうと。
「うっさい。わたしらは松比良くんが結婚するまで、結婚せんて決めてるんよ」
不機嫌そうに応える深川さん。お兄ちゃんはますます呆れを深くして。
「それやったら、あんたら一生結婚できひんやん。おれが性転換手術して戸籍変えん限り、おれと保は結婚できひんねんから」
「別れんとは限らんやろが」
「その可能性はないな。おれらはそれぐらいの関係性なんやから」
そう勝ち誇るように言うお兄ちゃんに、深川さんは悔しそうな顔を見せた。
お兄ちゃんが大切な人と仲睦まじいのはよいことではあるが、あまり生々しいのはやめて欲しいなぁ、なんて那津は思うのだった。
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