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2章 それは、あなたなんです
第6話 楽しんでもらうために
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翌日の水曜日、そして木曜日はいつものように保さんファンクラブの会員さんが来て、そして金曜日。19時を回ったころ、「こんばんは」と出口さんがやってきた。
「いらっしゃいませ」
「おお、いらっしゃい。なんや、今日は開店直後やないんやな」
「うん。もうあたしの気持ちは知られたから、ここでは松比良くんのファンの振りする必要ないもん。せやからゆっくり帰ってきて、「加寿屋」でごはん食べてきたんよ」
「加寿屋」さんは、大阪のローカルフードであるかすうどんのチェーン店である。「あぶらかす」とは、牛の小腸を油でさくさくに揚げたものだ。それを温かいおうどんに入れたものがかすうどんである。
かすうどんの発祥は南河内地方で、「加寿屋」さんの本店があるのも河内である藤井寺市なのだ。
那津たちも何度かお昼ごはんで食べに行っていて、その美味しさは知っている。優しいお出汁につるつるふんわりのおうどん、ホルモンの旨味が詰まったあぶらかすの三位一体は何ものにも変えがたい美味である。B級グルメどんとこいなのだ。
那津の印象なのだが、出口さんはどこか吹っ切れたように思える。すっきりとしているような。
先週、電車の最終を逃してしまった出口さんは、タクシーで帰った。出口さんのお家は幸いにも大阪メトロ御堂筋線の新金岡で、長居から駅数でいうと3駅。そう遠くなかった。それでも終電に乗れなかった責任は、引き止めた保さんとお兄ちゃんあるということで、タクシー代はふたりで折半した。
出口さんは固辞したのだが、半ば無理やり押し付けたような形になった。だがそれでよかったと那津は思っている。
「ああ、あっこのかすうどん美味いよな。え? でもそれやったら今まで晩ごはんどないしとったん?」
「コンビニのイートインで、菓子パン1個とかおにぎり1個とか適当に入れとったんよ。あんま保たんかったけどねぇ」
出口さんが照れたように小さく笑うと、お兄ちゃんは呆れたような顔になった。
「そらあかんわ。ちゃんと食わんと酒も回りやすいからな。炭水化物食ってきたん正解やで。炭水化物は肝臓がアルコールを分解するんに必要不可欠やからな。ほら、締めでラーメンとか食いたくなるやん? あれって、酒飲んだ身体が炭水化物欲してるんやわ」
「そうなんや、知らんかった」
「そんかし、深夜のラーメンは太るけどな」
「それは困るわぁ」
そんなことを言って、屈託なく笑い合っている。とても自然に映っている。よかった。出口さんはご自分の中で気持ちを割り切って、昇華したのだな、と感じた。
「松比良くん、お隣、失礼してええ?」
「もちろん」
出口さんは保さんの横に座る。いつもの席も空いてはいたが、どういう心境の変化か。ああでも、もう自分の気持ちを偽る必要はないのだから。
「出口さん、ここはなっちゃんが作る惣菜も美味しいんやで。チーズとかナッツもあるけど、野菜の惣菜もええで。食べたことないやろ?」
「うん。ファンクラブの活動やったら、ほら、長丁場やったから、少しでも節約したくて、食べるんは控えてたんよ。でも黒板見て、美味しそうやなっていつも思ってた」
「それやったら、惣菜とかちょっとずつつまみながら、ゆっくりお酒飲んだらええんとちゃうかなぁ。ぼく、出口さんにもこのお店のええとこ、もっと知って欲しいわ」
「うん。でもあたし、ここ、居心地ええなぁって思ってたよ。せやからうっかり寝ちゃったりね、してしもて。みなさんに変なとこ見せてしもた。今日はね、おいしいお酒飲みたいなって思って。また、ファンクラブとは別に、ここに来たいから」
「嬉しいわ、ありがとう」
保さんと出口さんの間に、ほのぼのとした空気感が漂う。ふたりはもしかしたら、馬が合うのかも知れない。なら、出口さんにも楽しい時間を過ごしてもらえるだろうか。那津はほっとした。
「そうや、出口さん、よかったらボトル入れへん? 1本目はぼくにプレゼントさせてや」
すると出口さんはぎょっとし、慌てて「うううううん!」と首を振った。
「そんなん申し訳ないよ! あたし、ちゃんと自分で払うから」
「ええねん。この「TOMO」への歓迎の気持ちと、労いの気持ちと、あと、ぼくら仲よくなれそうやなって思って。お祝いやと思って受け取ってや」
するとお兄ちゃんが愉快そうに笑って。
「出口、保、こんな見た目やけど結構頑固やから。言い出したら聞かへんし、こいつ金持っとるから、たかれるときにたかっとき」
「蛍、言い方」
保さんがおかしそうに笑い、出口さんは「で、でも」とまた慌てた。お兄ちゃんは意に介さず。
「出口にはなにがええかなぁ。くせが少ないんがええかなぁ」
出口さんがおろおろしているうちに、お兄ちゃんは新しいボトルを1本取り出した。「バランタイン」だ。
「バランタイン」は初心者向けのバランスのよいスコッチウィスキーである。生まれはスコットランドだ。蜂蜜のような華やかな香りを持ち、なめらかな味わいである。
「出口にはこれやな。保につけとくで」
「よろしく」
放っておいたら、本当に保さんが払いかねない。それでは出口さんがますます遠慮をしてしまう。心の底から楽しめなくなってしまう。そこで那津は。
「ねぇ、それやったら、4等分しませんか?」
そう提案したのだった。
「いらっしゃいませ」
「おお、いらっしゃい。なんや、今日は開店直後やないんやな」
「うん。もうあたしの気持ちは知られたから、ここでは松比良くんのファンの振りする必要ないもん。せやからゆっくり帰ってきて、「加寿屋」でごはん食べてきたんよ」
「加寿屋」さんは、大阪のローカルフードであるかすうどんのチェーン店である。「あぶらかす」とは、牛の小腸を油でさくさくに揚げたものだ。それを温かいおうどんに入れたものがかすうどんである。
かすうどんの発祥は南河内地方で、「加寿屋」さんの本店があるのも河内である藤井寺市なのだ。
那津たちも何度かお昼ごはんで食べに行っていて、その美味しさは知っている。優しいお出汁につるつるふんわりのおうどん、ホルモンの旨味が詰まったあぶらかすの三位一体は何ものにも変えがたい美味である。B級グルメどんとこいなのだ。
那津の印象なのだが、出口さんはどこか吹っ切れたように思える。すっきりとしているような。
先週、電車の最終を逃してしまった出口さんは、タクシーで帰った。出口さんのお家は幸いにも大阪メトロ御堂筋線の新金岡で、長居から駅数でいうと3駅。そう遠くなかった。それでも終電に乗れなかった責任は、引き止めた保さんとお兄ちゃんあるということで、タクシー代はふたりで折半した。
出口さんは固辞したのだが、半ば無理やり押し付けたような形になった。だがそれでよかったと那津は思っている。
「ああ、あっこのかすうどん美味いよな。え? でもそれやったら今まで晩ごはんどないしとったん?」
「コンビニのイートインで、菓子パン1個とかおにぎり1個とか適当に入れとったんよ。あんま保たんかったけどねぇ」
出口さんが照れたように小さく笑うと、お兄ちゃんは呆れたような顔になった。
「そらあかんわ。ちゃんと食わんと酒も回りやすいからな。炭水化物食ってきたん正解やで。炭水化物は肝臓がアルコールを分解するんに必要不可欠やからな。ほら、締めでラーメンとか食いたくなるやん? あれって、酒飲んだ身体が炭水化物欲してるんやわ」
「そうなんや、知らんかった」
「そんかし、深夜のラーメンは太るけどな」
「それは困るわぁ」
そんなことを言って、屈託なく笑い合っている。とても自然に映っている。よかった。出口さんはご自分の中で気持ちを割り切って、昇華したのだな、と感じた。
「松比良くん、お隣、失礼してええ?」
「もちろん」
出口さんは保さんの横に座る。いつもの席も空いてはいたが、どういう心境の変化か。ああでも、もう自分の気持ちを偽る必要はないのだから。
「出口さん、ここはなっちゃんが作る惣菜も美味しいんやで。チーズとかナッツもあるけど、野菜の惣菜もええで。食べたことないやろ?」
「うん。ファンクラブの活動やったら、ほら、長丁場やったから、少しでも節約したくて、食べるんは控えてたんよ。でも黒板見て、美味しそうやなっていつも思ってた」
「それやったら、惣菜とかちょっとずつつまみながら、ゆっくりお酒飲んだらええんとちゃうかなぁ。ぼく、出口さんにもこのお店のええとこ、もっと知って欲しいわ」
「うん。でもあたし、ここ、居心地ええなぁって思ってたよ。せやからうっかり寝ちゃったりね、してしもて。みなさんに変なとこ見せてしもた。今日はね、おいしいお酒飲みたいなって思って。また、ファンクラブとは別に、ここに来たいから」
「嬉しいわ、ありがとう」
保さんと出口さんの間に、ほのぼのとした空気感が漂う。ふたりはもしかしたら、馬が合うのかも知れない。なら、出口さんにも楽しい時間を過ごしてもらえるだろうか。那津はほっとした。
「そうや、出口さん、よかったらボトル入れへん? 1本目はぼくにプレゼントさせてや」
すると出口さんはぎょっとし、慌てて「うううううん!」と首を振った。
「そんなん申し訳ないよ! あたし、ちゃんと自分で払うから」
「ええねん。この「TOMO」への歓迎の気持ちと、労いの気持ちと、あと、ぼくら仲よくなれそうやなって思って。お祝いやと思って受け取ってや」
するとお兄ちゃんが愉快そうに笑って。
「出口、保、こんな見た目やけど結構頑固やから。言い出したら聞かへんし、こいつ金持っとるから、たかれるときにたかっとき」
「蛍、言い方」
保さんがおかしそうに笑い、出口さんは「で、でも」とまた慌てた。お兄ちゃんは意に介さず。
「出口にはなにがええかなぁ。くせが少ないんがええかなぁ」
出口さんがおろおろしているうちに、お兄ちゃんは新しいボトルを1本取り出した。「バランタイン」だ。
「バランタイン」は初心者向けのバランスのよいスコッチウィスキーである。生まれはスコットランドだ。蜂蜜のような華やかな香りを持ち、なめらかな味わいである。
「出口にはこれやな。保につけとくで」
「よろしく」
放っておいたら、本当に保さんが払いかねない。それでは出口さんがますます遠慮をしてしまう。心の底から楽しめなくなってしまう。そこで那津は。
「ねぇ、それやったら、4等分しませんか?」
そう提案したのだった。
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