35 / 46
3章 チョコレートコスモスを添えて
第8話 それはまるで理想の
勝川さんはココナちゃんが食べたいと言ったものを中心に注文をした。肉団子のデミグラスソース煮込み、ほぼカニチャーハン。それに奥さまが青菜炒めなどのお野菜を足す。今日の青菜は小松菜だ。
「ほぼカニ」は兵庫県のカネテツさんから発売されているカニかまである。ほぼシリーズは他にも帆立などがあり、「ほぼ」それらの味わい、というコンセプトの練り製品だ。
1人前は2分の1パックを使い、添付の黒酢入和だしカニ酢を卵に混ぜ込むことで、よりカニらしい風味を上げている。カニ酢入りの卵がお米にまとうので、他の調味料はあまり使わない。うま味調味料を少し足すぐらいだ。
「はなやぎ」では堂々と「ほぼカニですよ」と言って、チャーハンを提供している。本物のカニを使うよりもリーズナブルにそれに近い味を出せるのだから、使わない手は無い。お客さまも「ほぼカニて」と笑いながら注文してくれるのだ。
勝川さんが好物の鶏肉とチーズも欠かせない。今日はチキン南蛮風と、モッツァレラチーズのおかか和えだ。
チキン南蛮風は「はなやぎ」では揚げずに作る。なので「風」なのだ。皮目からぱりっと焼き上げた鶏もも肉を切り分けたらさっぱり目に合わせた甘酢を塗り、タルタルソースをたっぷりと掛ける。
「はなやぎ」のタルタルソースは、マヨネーズにゆで卵とみじん切りにしたらっきょうを合わせて作る。マヨネーズはスーパーでも買える一般的なものだが、酸味を抑えるためにお砂糖を少し加えている。そこにゆで卵の味わいとらっきょうの甘酸っぱさが優しく立ち上がるのだ。
モッツァレラチーズのおかか和えは、シンプルなものだ。一口大にちぎったモッツァレラチーズにたまり醤油を軽くまぶし、削り節で和える。チーズの風味がしっかりと持ち上がる一品だ。
さて飲み物は、勝川さんはいつもの天狗舞山廃仕込純米酒のハイボール、ココナちゃんはオレンジジュースを選んだのだが。奥さまは悩んでいる様だった。
「私、熱燗とかぬる燗が好きなんですよ。お家で飲むときはあんま深く考えずに純米酒をレンジでお燗にするんですけど、おすすめとかってありますか?」
「そうですねぇ、熱燗やぬる燗でしたら、神亀純米清酒が熱燗専用酒っていわれるぐらい熱燗に合ったお酒で、菊姫の山廃仕込純米酒や大七生もと純米も燗上がりすることで評判ですねぇ。純米酒や山廃が燗上がりするって言われてますもんね。なので今日は、勝川さんと同じ天狗舞の山廃を、熱燗で飲んでみはりません? メーカーさんおすすめの飲み方でもあるんですよ」
「あ、それええやん。少し交換して、飲み方の違いで味の違いも楽しめそうやし」
「そうやねぇ、そうしてみよかな。ほな私には、その天狗舞山廃? の熱燗をください」
「はい。お待ちくださいね」
神亀は埼玉県の神亀酒造さんが醸す日本酒である。冷やや冷酒だと酸味がやや強いのだが、お燗にすることで柔らかな甘みが立ち上がり、ふくよかさも生み出される。まさに熱燗専用酒と言われる由縁なのだ。
菊姫は石川県の菊姫合資会社さんで作られる日本酒である。香ばしい香りと力強い酸味、ふんだんなお米の旨味がお燗にすることで調和され、豊かな飲み口になるのである。
大七は福島県の大七酒造さんで醸される日本酒だ。濃醇な深いコクを生み出す生もと造りをし続けている蔵元さんである。純米生もとはふっくらとした旨味で、いろいろなお料理に合わせることができる、懐の深い日本酒なのだ。
熱燗やぬる燗は、吟醸や純米吟醸より純米酒が合っているというのが、一般的な認識だと思う。確かにきりっとさっぱりした吟醸などはお燗にするとその良さが損なわれると思うし、純米酒だからお米の旨味がふぅわりと香るのだと思う。
とは言え、やはり世都に言わせれば、好きなお酒を好きに飲めば良いのだ、という結論になる。例えば獺祭の磨き二割三分をお燗にしようとされたら、世都でも全力で止めるかも知れないが、それが好きだと言う人もきっとこの世にはいるのだろう。
世都はまず天狗舞山廃を蓋付きのちろりに入れ、静かに沸いている湯に沈めた。タンブラーに天狗舞山廃のハイボールを作り、プラスチックの取っ手付きのカップに氷とオレンジジュースを入れ、短いストローを刺す。良い塩梅に温まった天狗舞山廃を引き上げ、ちろりの外側の水分を拭き上げて、陶器製のぐい飲みを出した。
運ぶのは龍平くんに任せて、世都はお料理に取り掛かる。世都がドリンクの準備をしている間に、龍平くんの手によって肉団子は小さなお鍋に移されてことことと温めが始まっていて、ほぼカニは適当なサイズにほぐされている。
ココナちゃんはきっとお腹が空いているだろうから、早くごはんを持って行ってあげたい。世都はせっせと手を動かした。
そうして今は、フライパンの上で鶏もも肉がじわじわと焼けて行き、世都の手はさくさくと、青菜炒めの小松菜を切っている。
青菜炒めはごま油とお塩、日本酒とみりん、お醤油であっさりと味付けをする。少し甘めを意識して、どんな葉物野菜でも食べやすくなる味付けを心掛けている。いつもはにんにくのみじんぎりも使うのだが、勝川さん親子の分は了承を得て抜いておいた。
世都は時折顔を上げ、勝川さん親子に目を向ける。世都が作ったものを食べ、飲み、話し、笑い合う。お父さん、お母さん、そして子ども。まるで理想の家族像が詰まっている様だ。
……世都と龍ちゃんが、味わったことの無い、幻。それは、とても眩しかった。
「ほぼカニ」は兵庫県のカネテツさんから発売されているカニかまである。ほぼシリーズは他にも帆立などがあり、「ほぼ」それらの味わい、というコンセプトの練り製品だ。
1人前は2分の1パックを使い、添付の黒酢入和だしカニ酢を卵に混ぜ込むことで、よりカニらしい風味を上げている。カニ酢入りの卵がお米にまとうので、他の調味料はあまり使わない。うま味調味料を少し足すぐらいだ。
「はなやぎ」では堂々と「ほぼカニですよ」と言って、チャーハンを提供している。本物のカニを使うよりもリーズナブルにそれに近い味を出せるのだから、使わない手は無い。お客さまも「ほぼカニて」と笑いながら注文してくれるのだ。
勝川さんが好物の鶏肉とチーズも欠かせない。今日はチキン南蛮風と、モッツァレラチーズのおかか和えだ。
チキン南蛮風は「はなやぎ」では揚げずに作る。なので「風」なのだ。皮目からぱりっと焼き上げた鶏もも肉を切り分けたらさっぱり目に合わせた甘酢を塗り、タルタルソースをたっぷりと掛ける。
「はなやぎ」のタルタルソースは、マヨネーズにゆで卵とみじん切りにしたらっきょうを合わせて作る。マヨネーズはスーパーでも買える一般的なものだが、酸味を抑えるためにお砂糖を少し加えている。そこにゆで卵の味わいとらっきょうの甘酸っぱさが優しく立ち上がるのだ。
モッツァレラチーズのおかか和えは、シンプルなものだ。一口大にちぎったモッツァレラチーズにたまり醤油を軽くまぶし、削り節で和える。チーズの風味がしっかりと持ち上がる一品だ。
さて飲み物は、勝川さんはいつもの天狗舞山廃仕込純米酒のハイボール、ココナちゃんはオレンジジュースを選んだのだが。奥さまは悩んでいる様だった。
「私、熱燗とかぬる燗が好きなんですよ。お家で飲むときはあんま深く考えずに純米酒をレンジでお燗にするんですけど、おすすめとかってありますか?」
「そうですねぇ、熱燗やぬる燗でしたら、神亀純米清酒が熱燗専用酒っていわれるぐらい熱燗に合ったお酒で、菊姫の山廃仕込純米酒や大七生もと純米も燗上がりすることで評判ですねぇ。純米酒や山廃が燗上がりするって言われてますもんね。なので今日は、勝川さんと同じ天狗舞の山廃を、熱燗で飲んでみはりません? メーカーさんおすすめの飲み方でもあるんですよ」
「あ、それええやん。少し交換して、飲み方の違いで味の違いも楽しめそうやし」
「そうやねぇ、そうしてみよかな。ほな私には、その天狗舞山廃? の熱燗をください」
「はい。お待ちくださいね」
神亀は埼玉県の神亀酒造さんが醸す日本酒である。冷やや冷酒だと酸味がやや強いのだが、お燗にすることで柔らかな甘みが立ち上がり、ふくよかさも生み出される。まさに熱燗専用酒と言われる由縁なのだ。
菊姫は石川県の菊姫合資会社さんで作られる日本酒である。香ばしい香りと力強い酸味、ふんだんなお米の旨味がお燗にすることで調和され、豊かな飲み口になるのである。
大七は福島県の大七酒造さんで醸される日本酒だ。濃醇な深いコクを生み出す生もと造りをし続けている蔵元さんである。純米生もとはふっくらとした旨味で、いろいろなお料理に合わせることができる、懐の深い日本酒なのだ。
熱燗やぬる燗は、吟醸や純米吟醸より純米酒が合っているというのが、一般的な認識だと思う。確かにきりっとさっぱりした吟醸などはお燗にするとその良さが損なわれると思うし、純米酒だからお米の旨味がふぅわりと香るのだと思う。
とは言え、やはり世都に言わせれば、好きなお酒を好きに飲めば良いのだ、という結論になる。例えば獺祭の磨き二割三分をお燗にしようとされたら、世都でも全力で止めるかも知れないが、それが好きだと言う人もきっとこの世にはいるのだろう。
世都はまず天狗舞山廃を蓋付きのちろりに入れ、静かに沸いている湯に沈めた。タンブラーに天狗舞山廃のハイボールを作り、プラスチックの取っ手付きのカップに氷とオレンジジュースを入れ、短いストローを刺す。良い塩梅に温まった天狗舞山廃を引き上げ、ちろりの外側の水分を拭き上げて、陶器製のぐい飲みを出した。
運ぶのは龍平くんに任せて、世都はお料理に取り掛かる。世都がドリンクの準備をしている間に、龍平くんの手によって肉団子は小さなお鍋に移されてことことと温めが始まっていて、ほぼカニは適当なサイズにほぐされている。
ココナちゃんはきっとお腹が空いているだろうから、早くごはんを持って行ってあげたい。世都はせっせと手を動かした。
そうして今は、フライパンの上で鶏もも肉がじわじわと焼けて行き、世都の手はさくさくと、青菜炒めの小松菜を切っている。
青菜炒めはごま油とお塩、日本酒とみりん、お醤油であっさりと味付けをする。少し甘めを意識して、どんな葉物野菜でも食べやすくなる味付けを心掛けている。いつもはにんにくのみじんぎりも使うのだが、勝川さん親子の分は了承を得て抜いておいた。
世都は時折顔を上げ、勝川さん親子に目を向ける。世都が作ったものを食べ、飲み、話し、笑い合う。お父さん、お母さん、そして子ども。まるで理想の家族像が詰まっている様だ。
……世都と龍ちゃんが、味わったことの無い、幻。それは、とても眩しかった。
あなたにおすすめの小説
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness
碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞>
住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。
看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。
最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。
どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……?
神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――?
定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。
過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~
馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」
入社した会社の社長に
息子と結婚するように言われて
「ま、なぶくん……」
指示された家で出迎えてくれたのは
ずっとずっと好きだった初恋相手だった。
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
ちょっぴり照れ屋な新人保険師
鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno-
×
俺様なイケメン副社長
遊佐 学 -Manabu Yusa-
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
「これからよろくね、ちとせ」
ずっと人生を諦めてたちとせにとって
これは好きな人と幸せになれる
大大大チャンス到来!
「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」
この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。
「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」
自分の立場しか考えてなくて
いつだってそこに愛はないんだと
覚悟して臨んだ結婚生活
「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」
「あいつと仲良くするのはやめろ」
「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」
好きじゃないって言うくせに
いつだって、強引で、惑わせてくる。
「かわいい、ちとせ」
溺れる日はすぐそこかもしれない
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
俺様なイケメン副社長と
そんな彼がずっとすきなウブな女の子
愛が本物になる日は……
触れられないはずの私が、ただ一人の彼にだけ心も体も許してしまいました
由香
恋愛
男性に触れられると体調を崩す令嬢リリア。
そんな彼女にとって唯一“触れられる”存在は――幼なじみの公爵令息レオンだけだった。
手を取られ、抱き寄せられ、当たり前のように触れられる日々。
それがどれほど特別なことなのか、彼女はまだ知らない。
やがて政略結婚の話が持ち上がり、“触れられない相手との結婚”か、“彼に触れられる人生”かを選ぶことに。
「お前に触れていいのは俺だけだ」
逃げ場のない独占と、甘すぎる溺愛。
これは、触れられないはずの少女が、ただ一人にだけすべてを許していく物語。
✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい
設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント120万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀
結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。
結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。
それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて
しなかった。
呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。
それなのに、私と別れたくないなんて信じられない
世迷言を言ってくる夫。
だめだめ、信用できないからね~。
さようなら。
*******.✿..✿.*******
◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才 会社員
◇ 日比野ひまり 32才
◇ 石田唯 29才 滉星の同僚
◇新堂冬也 25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社)
2025.4.11 完結 25649字
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています