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1章 きっとここからが、始まり
第12話 新たな味
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「お母さん、どうやらお父さんと私には、あやかしが見えるみたいやわ」
「は?」
亜沙の言葉に、お母さんの顔が怪訝そうに盛大に歪む。そしてばっさりと「何言うてんの」と言われてしまう。
「お父さん、何か証明する方法とかってある?」
「そやなぁ。ちょい待ってな」
お父さんは立ち上がるとキッチンに向かい、戻って来たときには手にお皿を持っていた。
「お母さん、ちょお見とってな」
お父さんは言うと、豆腐小僧から竹ざるを受け取る。するとお母さんが「は?」と漏らして唖然とした。
「何それ。どっから出したん?」
お父さんに渡った竹ざるは、どうやらやっとお母さんにも見えた様だ。お父さんはそのまま竹ざるからお豆腐をお皿に滑らす。すると竹ざるがすっと消えた。
「は!?」
「え?」
これにはお母さんだけでは無く、亜沙も驚いて目を丸くしてしまう。お母さんはあんぐりと口を開けていた。
「何、今の」
お母さんの声がかすかに震え、顔も引きつっている。お母さんから見たら、急にお父さんの手に竹ざるに乗ったお豆腐が現れて、そのお豆腐がお皿に移ると竹ざるが消えたのだ。
亜沙だって豆腐小僧の出現に大いに驚いたのである。お母さんだって未知のものにびっくりして、恐れを抱いても無理は無い。
「これが、あやかしの豆腐小僧が作った豆腐や。綺麗やろ」
お父さんはそう言って、お豆腐のお皿をずい、と亜沙とお母さんの前に差し出した。亜沙は興味を持って覗き込み、お母さんは後ずさった。と同時に亜沙の腕を掴んだ。
「あんたも、何や、あやかしっちゅうのん、見えてんの?」
「うん。小さい男の子やで。見えてる。その子がお豆腐出したところも見た」
「何やねん、それぇ……」
お母さんはその場にへたり込む。かなり衝撃を受けた様だ。豆腐小僧の姿が見えている亜沙よりも、そのショックはかなり大きいだろう。
亜沙がお母さんを労りたいとしゃがむと、それと入れ違う様にお母さんは立ち上がった。
「分かった。あやかしの存在、とりあえず認めたろ。私らに悪いことが起こったり、そんなんは無いんやな?」
お母さんが強い口調で言うと、豆腐小僧は慌てて首を横に何度も振り、お父さんはおかしそうに「わはは」と笑った。
「そんなんあるかいな。豆腐小僧は旨い豆腐を作るあやかしや。人に仇なすもんや無いわ」
「そ、そうです! ぼくは人間さまに何もしません! 恐れ多いです!」
豆腐小僧も必死そうな形相で訴えた。亜沙はそれをお母さんに通訳する。
「ん、お父さんと亜沙が言うんやったら信じたる。万が一みんなに何かしたら、しばき回したるからな」
お母さんがお父さんの横に向かって凄むと、豆腐小僧は「は! はいっ!」と背筋を伸ばした。何とも物騒ではあるが、「しばき回す」は大阪人が結構気軽に使う表現なのだ。
「ま、とりあえずお母さん、亜沙、この豆腐食うてみぃひんか? 僕も久しぶりに食うわ」
「よ、よかったら雅也さん、奥さま、娘さん、食べてみてください」
お父さんと豆腐小僧に言われ、亜沙は「そやね」と言いながらスプーンを取りにキッチンに向かった。絹ごし豆腐だからスプーンの方が食べやすいだろう。一緒にポン酢も。鳥飼家は冷や奴にはポン酢なのである。
「ほな、よばれよか」
お父さんはお豆腐にポン酢を風味付け程度掛け、スプーンで大きくすくい、ためらいも無く口に入れた。亜沙とお母さんも恐々と続く。とても美しいお豆腐であるものの、得体の知れないものという思いもかすかにあり、だがお父さんがすでに口にしているのだから、と、様々な思いが渦巻く。だが亜沙は思い切ってスプーンに乗せたお豆腐を口に放り込んだ。
「ん、やっぱり旨いわ。前より旨いんちゃうか?」
「ほんまですか!? やったぁ!」
お父さんの言葉に、男の子は満面の笑顔で目を輝かせる。今にもその場で飛び跳ねそうな勢いだ。
亜沙はお豆腐なだけに淡白な味を想像していたのだが。
しっとりと柔らかなお豆腐を舌に乗せたとたん、大豆のふくよかな風味が優しく、だが力強く広がった。絹ごし豆腐とは思えない風味。亜沙は目を見開いた。
お母さんもその味わいに驚いた様で、亜沙と目を見合わせた。
見ると、豆腐小僧が期待に満ちた顔で亜沙とお母さんを見ている。
「……めっちゃ美味しい」
「うん、美味しいわ」
素直な感想を口にした。きっとお母さんもだ。お豆腐は本当に美味しい、かなり上質なものだったのだ。まるで大評判のお豆腐屋さんが高級大豆と清流などを使って作ったものの様な。豆腐小僧はまた「わーい!」と大はしゃぎした。
「は?」
亜沙の言葉に、お母さんの顔が怪訝そうに盛大に歪む。そしてばっさりと「何言うてんの」と言われてしまう。
「お父さん、何か証明する方法とかってある?」
「そやなぁ。ちょい待ってな」
お父さんは立ち上がるとキッチンに向かい、戻って来たときには手にお皿を持っていた。
「お母さん、ちょお見とってな」
お父さんは言うと、豆腐小僧から竹ざるを受け取る。するとお母さんが「は?」と漏らして唖然とした。
「何それ。どっから出したん?」
お父さんに渡った竹ざるは、どうやらやっとお母さんにも見えた様だ。お父さんはそのまま竹ざるからお豆腐をお皿に滑らす。すると竹ざるがすっと消えた。
「は!?」
「え?」
これにはお母さんだけでは無く、亜沙も驚いて目を丸くしてしまう。お母さんはあんぐりと口を開けていた。
「何、今の」
お母さんの声がかすかに震え、顔も引きつっている。お母さんから見たら、急にお父さんの手に竹ざるに乗ったお豆腐が現れて、そのお豆腐がお皿に移ると竹ざるが消えたのだ。
亜沙だって豆腐小僧の出現に大いに驚いたのである。お母さんだって未知のものにびっくりして、恐れを抱いても無理は無い。
「これが、あやかしの豆腐小僧が作った豆腐や。綺麗やろ」
お父さんはそう言って、お豆腐のお皿をずい、と亜沙とお母さんの前に差し出した。亜沙は興味を持って覗き込み、お母さんは後ずさった。と同時に亜沙の腕を掴んだ。
「あんたも、何や、あやかしっちゅうのん、見えてんの?」
「うん。小さい男の子やで。見えてる。その子がお豆腐出したところも見た」
「何やねん、それぇ……」
お母さんはその場にへたり込む。かなり衝撃を受けた様だ。豆腐小僧の姿が見えている亜沙よりも、そのショックはかなり大きいだろう。
亜沙がお母さんを労りたいとしゃがむと、それと入れ違う様にお母さんは立ち上がった。
「分かった。あやかしの存在、とりあえず認めたろ。私らに悪いことが起こったり、そんなんは無いんやな?」
お母さんが強い口調で言うと、豆腐小僧は慌てて首を横に何度も振り、お父さんはおかしそうに「わはは」と笑った。
「そんなんあるかいな。豆腐小僧は旨い豆腐を作るあやかしや。人に仇なすもんや無いわ」
「そ、そうです! ぼくは人間さまに何もしません! 恐れ多いです!」
豆腐小僧も必死そうな形相で訴えた。亜沙はそれをお母さんに通訳する。
「ん、お父さんと亜沙が言うんやったら信じたる。万が一みんなに何かしたら、しばき回したるからな」
お母さんがお父さんの横に向かって凄むと、豆腐小僧は「は! はいっ!」と背筋を伸ばした。何とも物騒ではあるが、「しばき回す」は大阪人が結構気軽に使う表現なのだ。
「ま、とりあえずお母さん、亜沙、この豆腐食うてみぃひんか? 僕も久しぶりに食うわ」
「よ、よかったら雅也さん、奥さま、娘さん、食べてみてください」
お父さんと豆腐小僧に言われ、亜沙は「そやね」と言いながらスプーンを取りにキッチンに向かった。絹ごし豆腐だからスプーンの方が食べやすいだろう。一緒にポン酢も。鳥飼家は冷や奴にはポン酢なのである。
「ほな、よばれよか」
お父さんはお豆腐にポン酢を風味付け程度掛け、スプーンで大きくすくい、ためらいも無く口に入れた。亜沙とお母さんも恐々と続く。とても美しいお豆腐であるものの、得体の知れないものという思いもかすかにあり、だがお父さんがすでに口にしているのだから、と、様々な思いが渦巻く。だが亜沙は思い切ってスプーンに乗せたお豆腐を口に放り込んだ。
「ん、やっぱり旨いわ。前より旨いんちゃうか?」
「ほんまですか!? やったぁ!」
お父さんの言葉に、男の子は満面の笑顔で目を輝かせる。今にもその場で飛び跳ねそうな勢いだ。
亜沙はお豆腐なだけに淡白な味を想像していたのだが。
しっとりと柔らかなお豆腐を舌に乗せたとたん、大豆のふくよかな風味が優しく、だが力強く広がった。絹ごし豆腐とは思えない風味。亜沙は目を見開いた。
お母さんもその味わいに驚いた様で、亜沙と目を見合わせた。
見ると、豆腐小僧が期待に満ちた顔で亜沙とお母さんを見ている。
「……めっちゃ美味しい」
「うん、美味しいわ」
素直な感想を口にした。きっとお母さんもだ。お豆腐は本当に美味しい、かなり上質なものだったのだ。まるで大評判のお豆腐屋さんが高級大豆と清流などを使って作ったものの様な。豆腐小僧はまた「わーい!」と大はしゃぎした。
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