大阪の小料理屋「とりかい」には豆腐小僧が棲みついている

山いい奈

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2章 牛鬼の花嫁

第13話 前途洋々を願って

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 数日後、訪れた麻紀まきさんはひとりだった。あのとき消えてしまった牛鬼ぎゅうきの姿はもちろん無い。それに少しの切なさを感じつつも、亜沙あさは「いらっしゃいませ」と明るい声を出した。

「こんばんは。今日こそは豆乳の豆腐グラタンをいただきたくて」

 美しく溌剌とした笑顔を浮かべる麻紀さんに、亜沙はほんの少し心を痛めながらも、「あら、嬉しいです」と応えた。

 牛鬼が麻紀さんに執着したのは、確かに牛鬼の勝手ではある。それでもその思いは本物だった。だからこそ亜沙は牛鬼の痛みのかけらをほんの少しだけ抱えながら、麻紀さんには拓真たくまさんと幸せになって欲しいと思うのだ。

「ほな、豆腐グラタンと、お飲み物はどうしましょ」

「生ビールで。あとこの、お豆腐のお好み焼きが気になってるんですけど、グラタンと一緒やと濃いですかねぇ」

 確かにホワイトソースに豆乳を使うといえど、チーズをたっぷり使うグラタンと、生地そのものは比較的あっさりめではあるものの、ソースとマヨネーズで仕上げるお好み焼きでは胸焼けしてしまうかも知れない。

「それやったら、お好み焼きに塗るんはお醤油にしましょうか? ねぎ焼きみたいに。豆腐ねぎ焼きの方はお醤油を塗りますし。あ、それやったらねぎ焼きでもええですかね?」

「ううん、癖の少ないきゃべつの方がええです。お好み焼きはきゃべつですよね? お醤油にしてもらえるんやったら、あっさり食べられて助かります。ええですか?」

「ええですよ。ほな豆腐グラタンと、豆腐お好み焼きをお醤油で、ご用意させてもらいますね」

「ありがとうございます!」

 麻紀さんの美しい笑顔を見るたびに、思い起こしてしまうのは、血まみれになった牛鬼の姿だ。

 もし牛鬼が憑いていなかったとして、あの事故が起こったかどうか、その因果は分からない。イフを言っても仕方が無いのだと分かっていても、どうしてもそんな思いは沸き上がる。

 なら起こってしまったことを認めるしか無いのだ。身も蓋もない言い方をすれば、牛鬼は勝手に麻紀さんに懸想をし、勝手にこの世を去ったのだ。

 だがそこに思いがあったことは、亜沙と両親、ふうとは知っている。それは大事にしたいと思うのだ。

 だからこそ、麻紀さんには拓真さんと幸せになって欲しい。亜沙たちはただそれだけを願う。

 婚前旅行が良い思い出になる様に。結婚式、そして結婚生活が良きものになる様にと。
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