大阪の小料理屋「とりかい」には豆腐小僧が棲みついている

山いい奈

文字の大きさ
37 / 62
3章 烏天狗の悲劇

第4話 いたわりのお豆腐の卵とじ

しおりを挟む
 亜沙あさの中で「とりかい」の味はお父さんの美味が基本になっている。だからお惣菜はもちろん、他のお料理もそれに倣う。それをお客さまに満足してもらえたら嬉しい。

 そんな中で、こうしたおしながき以外のお料理で「亜沙の味」を出せたりするのも、また楽しいのだ。

 お父さんの味だけにこだわる必要は無いとお父さん自身に言われても、「とりかい」はお父さんの味で形成されている。それを壊したくは無い。

 だが、亜沙が「亜沙の味」を出したとき、それをお客さまに喜んでいただけることも、また幸いなのだ。先日の甘い卵焼きの様に。

 これから作る卵とじは、お父さんの味であるひじきの煮物を使う。だがお豆腐の水気で味が薄まるので、調味料を足してやらなければならない。ある意味亜沙とお父さんのコラボレーションと言えるかも知れない。

「亜沙さん、お豆腐、絹ごしと木綿、どちらを使いますか?」

「あっさりしたもん言うてはるから、絹ごしで軽く食べてもらえるようにしよか。半丁分作ってくれる?」

「分かりました!」

 言うや否やふうとは両手を前に伸ばし、ぽんと竹ざるに乗った絹ごし豆腐を出す。滑らかで綺麗なお豆腐である。

「どうぞ!」

「ありがとう」

 亜沙は竹ざるを受け取り、片手鍋に滑らせて入れた。お出汁を少し入れ、火に掛ける。

「おしながきには無いお料理ですよね!」

「せやねん。こういうんができるんも、個人店の強みやで」

「凄いですねぇ」

 ふうとは感心した様に無邪気に笑い、楽しそうに亜沙の手際を見ている。亜沙はシリコンヘラでお豆腐を適当な大きさに崩しながら、ふうとに聞いた。

「ふうと、烏天狗は怖く無いん?」

 するとふうとは「へへ」と小さく照れ笑いをする。

「あの烏天狗さんは身体があんま大きく無いので。大あやかしであることは間違い無いんですけど」

 確かにこの烏天狗からはあまり威圧感を感じなかった。単に松島さんに一点集中しているからかも知れないが。

「そうやね。でも理由があって憑いてるやろうから。それもあんまええ理由や無さそうやんな。せやからできたら離れて欲しいて思って。烏天狗には、どうやらふうとの豆腐が効いてるみたいなんよ。せやから松島さんにできるだけ食べてもらえたらと思って」

「そうですね! またお豆腐料理を注文してもらえる様に、ぼくも念を飛ばします」

 ふうとはそう言って、両手を額に付けた。念を込めているつもりなのだろう。亜沙は微笑ましくなって口角を上げた。

 さて、お豆腐のお鍋がふつふつと沸き、じんわりと水分が増えて来た。そこにひじきの煮物を入れ、みりんとお醤油で味を補う。

 シリコンヘラで混ぜながら軽く煮て、お豆腐に味が染み込んで来たら、ほぐした卵を回し入れる。半熟になったところで火を止め、中鉢に盛り付けて青ねぎの小口切りを散らした。

 食べやすいように木製のスプーンを添えて、松島さんに差し出した。

「お待たせしました。お豆腐の卵とじです」

「あ、何か思ってたんとちゃう。ああそっか、ひじき入ってるんやもんな」

 薄っすらと煮汁に染まったお豆腐からひじきの黒やこんにゃくの灰色、人参のオレンジ色に干し椎茸の茶色。そして今日の季節の青物は枝豆である。やはり夏場は枝豆の出番が多くなる。

「はい。せやので栄養もばっちりですよ。あっさりしたもんでも何でも食べられるもん食べて、お身体休めてくださいね」

 きっと烏天狗が離れなければ、松島さんの体調は良くならない。そのためにはふうとのお豆腐を食べてもらわなければ。

「ありがとう。助かるわ」

 松島さんはスプーンでお豆腐をつるんと口に運んだ。そして「ん~」と目を細めた。

「今はこういう優しいんが嬉しいわ。旨いわ~」

「良かったです。ありがとうございます」

 亜沙は言いながら、烏天狗の様子に注視する。さてどうか。

 すると烏天狗はほんのわずかだが、辛そうに顔を歪めた。分かりにくいが、亜沙にはそう見えた。法螺貝が揺れているのは、きっと抱えるその手が震えているからだ。

 効いてる!

 亜沙は確信する。ふうとも亜沙の隣で期待の目をしてぴょんぴょんと跳ねている。

 ここはできれば畳み掛けたい。亜沙は目を見張りながらも冷静を装う。

「松島さん、まだ食べられるんやったら、お豆腐の何かご用意しますよ。おしながき以外でもええですし」

「せやな。お陰で食欲出て来たわ。豆腐やったら食べられそうや。そうやなぁ」

 松島さんは言いながら、お豆腐料理のおしながきを広げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜

菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。 まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。 なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに! この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

迦国あやかし後宮譚

シアノ
キャラ文芸
旧題 「茉莉花の蕾は後宮で花開く 〜妃に選ばれた理由なんて私が一番知りたい〜 」 第13回恋愛大賞編集部賞受賞作 タイトルを変更し、「迦国あやかし後宮譚」として5巻まで刊行。大団円で完結となりました。 コミカライズもアルファノルンコミックスより全3巻発売中です! 妾腹の生まれのため義母から疎まれ、厳しい生活を強いられている莉珠。なんとかこの状況から抜け出したいと考えた彼女は、後宮の宮女になろうと決意をし、家を出る。だが宮女試験の場で、謎の美丈夫から「見つけた」と詰め寄られたかと思ったら、そのまま宮女を飛び越して、皇帝の妃に選ばれてしまった! わけもわからぬままに煌びやかな後宮で暮らすことになった莉珠。しかも後宮には妖たちが驚くほどたくさんいて……!?

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました

菱沼あゆ
キャラ文芸
「同窓会っていうか、クラス会なのに、知らない人が隣にいる……」  クラス会に参加しためぐるは、隣に座ったイケメンにまったく覚えがなく、動揺していた。  だが、みんなは彼と楽しそうに話している。  いや、この人、誰なんですか――っ!?  スランプ中の天才棋士VS元天才パティシエール。 「へえー、同窓会で再会したのがはじまりなの?」 「いや、そこで、初めて出会ったんですよ」 「同窓会なのに……?」

処理中です...