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3章 烏天狗の悲劇
第4話 いたわりのお豆腐の卵とじ
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亜沙の中で「とりかい」の味はお父さんの美味が基本になっている。だからお惣菜はもちろん、他のお料理もそれに倣う。それをお客さまに満足してもらえたら嬉しい。
そんな中で、こうしたおしながき以外のお料理で「亜沙の味」を出せたりするのも、また楽しいのだ。
お父さんの味だけにこだわる必要は無いとお父さん自身に言われても、「とりかい」はお父さんの味で形成されている。それを壊したくは無い。
だが、亜沙が「亜沙の味」を出したとき、それをお客さまに喜んでいただけることも、また幸いなのだ。先日の甘い卵焼きの様に。
これから作る卵とじは、お父さんの味であるひじきの煮物を使う。だがお豆腐の水気で味が薄まるので、調味料を足してやらなければならない。ある意味亜沙とお父さんのコラボレーションと言えるかも知れない。
「亜沙さん、お豆腐、絹ごしと木綿、どちらを使いますか?」
「あっさりしたもん言うてはるから、絹ごしで軽く食べてもらえるようにしよか。半丁分作ってくれる?」
「分かりました!」
言うや否やふうとは両手を前に伸ばし、ぽんと竹ざるに乗った絹ごし豆腐を出す。滑らかで綺麗なお豆腐である。
「どうぞ!」
「ありがとう」
亜沙は竹ざるを受け取り、片手鍋に滑らせて入れた。お出汁を少し入れ、火に掛ける。
「おしながきには無いお料理ですよね!」
「せやねん。こういうんができるんも、個人店の強みやで」
「凄いですねぇ」
ふうとは感心した様に無邪気に笑い、楽しそうに亜沙の手際を見ている。亜沙はシリコンヘラでお豆腐を適当な大きさに崩しながら、ふうとに聞いた。
「ふうと、烏天狗は怖く無いん?」
するとふうとは「へへ」と小さく照れ笑いをする。
「あの烏天狗さんは身体があんま大きく無いので。大あやかしであることは間違い無いんですけど」
確かにこの烏天狗からはあまり威圧感を感じなかった。単に松島さんに一点集中しているからかも知れないが。
「そうやね。でも理由があって憑いてるやろうから。それもあんまええ理由や無さそうやんな。せやからできたら離れて欲しいて思って。烏天狗には、どうやらふうとの豆腐が効いてるみたいなんよ。せやから松島さんにできるだけ食べてもらえたらと思って」
「そうですね! またお豆腐料理を注文してもらえる様に、ぼくも念を飛ばします」
ふうとはそう言って、両手を額に付けた。念を込めているつもりなのだろう。亜沙は微笑ましくなって口角を上げた。
さて、お豆腐のお鍋がふつふつと沸き、じんわりと水分が増えて来た。そこにひじきの煮物を入れ、みりんとお醤油で味を補う。
シリコンヘラで混ぜながら軽く煮て、お豆腐に味が染み込んで来たら、ほぐした卵を回し入れる。半熟になったところで火を止め、中鉢に盛り付けて青ねぎの小口切りを散らした。
食べやすいように木製のスプーンを添えて、松島さんに差し出した。
「お待たせしました。お豆腐の卵とじです」
「あ、何か思ってたんとちゃう。ああそっか、ひじき入ってるんやもんな」
薄っすらと煮汁に染まったお豆腐からひじきの黒やこんにゃくの灰色、人参のオレンジ色に干し椎茸の茶色。そして今日の季節の青物は枝豆である。やはり夏場は枝豆の出番が多くなる。
「はい。せやので栄養もばっちりですよ。あっさりしたもんでも何でも食べられるもん食べて、お身体休めてくださいね」
きっと烏天狗が離れなければ、松島さんの体調は良くならない。そのためにはふうとのお豆腐を食べてもらわなければ。
「ありがとう。助かるわ」
松島さんはスプーンでお豆腐をつるんと口に運んだ。そして「ん~」と目を細めた。
「今はこういう優しいんが嬉しいわ。旨いわ~」
「良かったです。ありがとうございます」
亜沙は言いながら、烏天狗の様子に注視する。さてどうか。
すると烏天狗はほんのわずかだが、辛そうに顔を歪めた。分かりにくいが、亜沙にはそう見えた。法螺貝が揺れているのは、きっと抱えるその手が震えているからだ。
効いてる!
亜沙は確信する。ふうとも亜沙の隣で期待の目をしてぴょんぴょんと跳ねている。
ここはできれば畳み掛けたい。亜沙は目を見張りながらも冷静を装う。
「松島さん、まだ食べられるんやったら、お豆腐の何かご用意しますよ。おしながき以外でもええですし」
「せやな。お陰で食欲出て来たわ。豆腐やったら食べられそうや。そうやなぁ」
松島さんは言いながら、お豆腐料理のおしながきを広げた。
そんな中で、こうしたおしながき以外のお料理で「亜沙の味」を出せたりするのも、また楽しいのだ。
お父さんの味だけにこだわる必要は無いとお父さん自身に言われても、「とりかい」はお父さんの味で形成されている。それを壊したくは無い。
だが、亜沙が「亜沙の味」を出したとき、それをお客さまに喜んでいただけることも、また幸いなのだ。先日の甘い卵焼きの様に。
これから作る卵とじは、お父さんの味であるひじきの煮物を使う。だがお豆腐の水気で味が薄まるので、調味料を足してやらなければならない。ある意味亜沙とお父さんのコラボレーションと言えるかも知れない。
「亜沙さん、お豆腐、絹ごしと木綿、どちらを使いますか?」
「あっさりしたもん言うてはるから、絹ごしで軽く食べてもらえるようにしよか。半丁分作ってくれる?」
「分かりました!」
言うや否やふうとは両手を前に伸ばし、ぽんと竹ざるに乗った絹ごし豆腐を出す。滑らかで綺麗なお豆腐である。
「どうぞ!」
「ありがとう」
亜沙は竹ざるを受け取り、片手鍋に滑らせて入れた。お出汁を少し入れ、火に掛ける。
「おしながきには無いお料理ですよね!」
「せやねん。こういうんができるんも、個人店の強みやで」
「凄いですねぇ」
ふうとは感心した様に無邪気に笑い、楽しそうに亜沙の手際を見ている。亜沙はシリコンヘラでお豆腐を適当な大きさに崩しながら、ふうとに聞いた。
「ふうと、烏天狗は怖く無いん?」
するとふうとは「へへ」と小さく照れ笑いをする。
「あの烏天狗さんは身体があんま大きく無いので。大あやかしであることは間違い無いんですけど」
確かにこの烏天狗からはあまり威圧感を感じなかった。単に松島さんに一点集中しているからかも知れないが。
「そうやね。でも理由があって憑いてるやろうから。それもあんまええ理由や無さそうやんな。せやからできたら離れて欲しいて思って。烏天狗には、どうやらふうとの豆腐が効いてるみたいなんよ。せやから松島さんにできるだけ食べてもらえたらと思って」
「そうですね! またお豆腐料理を注文してもらえる様に、ぼくも念を飛ばします」
ふうとはそう言って、両手を額に付けた。念を込めているつもりなのだろう。亜沙は微笑ましくなって口角を上げた。
さて、お豆腐のお鍋がふつふつと沸き、じんわりと水分が増えて来た。そこにひじきの煮物を入れ、みりんとお醤油で味を補う。
シリコンヘラで混ぜながら軽く煮て、お豆腐に味が染み込んで来たら、ほぐした卵を回し入れる。半熟になったところで火を止め、中鉢に盛り付けて青ねぎの小口切りを散らした。
食べやすいように木製のスプーンを添えて、松島さんに差し出した。
「お待たせしました。お豆腐の卵とじです」
「あ、何か思ってたんとちゃう。ああそっか、ひじき入ってるんやもんな」
薄っすらと煮汁に染まったお豆腐からひじきの黒やこんにゃくの灰色、人参のオレンジ色に干し椎茸の茶色。そして今日の季節の青物は枝豆である。やはり夏場は枝豆の出番が多くなる。
「はい。せやので栄養もばっちりですよ。あっさりしたもんでも何でも食べられるもん食べて、お身体休めてくださいね」
きっと烏天狗が離れなければ、松島さんの体調は良くならない。そのためにはふうとのお豆腐を食べてもらわなければ。
「ありがとう。助かるわ」
松島さんはスプーンでお豆腐をつるんと口に運んだ。そして「ん~」と目を細めた。
「今はこういう優しいんが嬉しいわ。旨いわ~」
「良かったです。ありがとうございます」
亜沙は言いながら、烏天狗の様子に注視する。さてどうか。
すると烏天狗はほんのわずかだが、辛そうに顔を歪めた。分かりにくいが、亜沙にはそう見えた。法螺貝が揺れているのは、きっと抱えるその手が震えているからだ。
効いてる!
亜沙は確信する。ふうとも亜沙の隣で期待の目をしてぴょんぴょんと跳ねている。
ここはできれば畳み掛けたい。亜沙は目を見張りながらも冷静を装う。
「松島さん、まだ食べられるんやったら、お豆腐の何かご用意しますよ。おしながき以外でもええですし」
「せやな。お陰で食欲出て来たわ。豆腐やったら食べられそうや。そうやなぁ」
松島さんは言いながら、お豆腐料理のおしながきを広げた。
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