大阪の小料理屋「とりかい」には豆腐小僧が棲みついている

山いい奈

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3章 烏天狗の悲劇

第12話 まるで瞬間芸

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 亜沙あさ松島まつしまさんに笑顔を向けた。

「でも来てもらえて安心しました。どうですか? 食べられそうですか?」

 松島さんは椅子に腰を降ろして、心底寒そうに手で両腕をさすった。

「うん。ここの豆腐旨いしな。この前錦糸卵とか乗ったん作ってくれたやん。あんなあっさりしたんやったら食える。今日の昼も熱いうどん食えたし」

「良かったです。すぐに用意しますんでお待ちくださいね。お飲み物はどうします?」

「さすがに冷たいもんは飲む気せんわ。あったかいもん何かある?」

「お酒、はさすがに止めといた方がええですよねぇ。あったかいほうじ茶、お出ししますね」

「助かるわ」

 いつも上がりとして、お食事を終えたお客さまにサービスで出しているほうじ茶である。いつでも冷たいのと熱いのを選んでいただける様に準備している。亜沙はお湯呑みにポットから温かいほうじ茶を注いだ。

「お待たせしました。少しでもあったまってくださいね」

「ありがとう」

 松島さんはお湯呑みにそっと口を付け、「ふぅ~」と心地よさげな溜め息を吐いた。

「あったまるぅ~」

 そう言って目尻を下げた。

「それやったら、お食事もあったかい方がええですね」

「うん。頼むわ」

 亜沙はお豆腐をお出汁に浸しているタッパーを冷蔵庫から出し、中身をすべて片手鍋に開けた。まずは沸くまで強めの中火で、ことこととして来たら火を落としてゆっくりと火を通す。

 冷やしてあったお米も出し、ざるに入れて流水で洗う。それも片手鍋に加えて。

 温まれば器に移す。温泉卵を割り入れ、白髪ねぎを飾った。

 簡単なものではあるのだが、お豆腐をしっかりと食べてもらえる一品だ。木製のスプーンを添えて松島さんに渡した。

「お待たせしました。食べられるだけ食べてみてください」

「ありがとう。また優しそうなもん、ありがたいわ」

 松島さんはさっそくスプーンを取ると温泉卵を崩し、お豆腐とお出汁と一緒にすくって口に入れた。

 烏天狗は、と見ると、ふうとのお豆腐ごときでは大したこと無いと高を括っている様で、まるでそれを亜沙とふうとに見せ付ける様に胸を反らしていた。

 だが松島さんがこくりと喉を鳴らしてお豆腐を飲み込んだそのとき。

 烏天狗の身体ががくんと大きく震えた。それに亜沙もふうとも目を見張る。そして松島さんが食べ進めるごとに、今までとは比べ物にならない様な苦しげな表情を浮かべ、とうとう辛そうに身体をくの字に曲げた。

「な、なにを、したんや、お前ら……っ」

 烏天狗は息も絶え絶えに呻き、そして。

 かき消えた。

 亜沙とふうとは唖然とした顔を合わせる。これは、巧く行ってくれたのか……?

 すると、松島さんが「あれ?」と怪訝な声を上げる。

「何やろ、急に体調が良うなったんやけど。あっつぅ!」

 そう言うなり着ていたカーディガンを慌てて脱ぎ、下に来ていたシャツも長袖だったので、ぐいぐいと肘まで腕まくりをした。

「松島さん……?」

 亜沙が恐る恐る声を掛けると、松島さんはすっかりと血色の良くなった顔色で、にかっと笑った。

「何や治ったみたいやわ!」

「……良かったですね!」

 亜沙は胸元でぐっと拳を握る。そして満面の笑顔で喜ぶふうとと軽くハイタッチをした。

 想像以上に巧く行った。驚くべき効果だ。烏天狗に申し訳無いと思う気持ちはもちろんある。烏天狗にだって事情があったのだ。大事な弟分くんのためだったのだ。だが段々と弱って行く松島さんを放っておくことなんてできるわけが無かった。

 本当に良かった。お父さんとも顔を見合わせて頷き合う。

 亜沙は安心のあまり、身体中から力が抜けそうになっていた。だが今は「とりかい」の営業中である。へなへなとしゃがみ込んでしまう様な、そんな醜態は見せられない。かと思えば喜びから、その場でめちゃめちゃに飛び跳ねたいなんてことも思ってしまう。

 どっちやねん。自分自身に突っ込み、亜沙は沸き上がる感情を抑えながら顔だけで苦笑を漏らした。

「あ~、ほんまに何やったんやろ。怠いだけやったら夏バテや言われても分かるんやけど、寒気やなんて聞いたこと無いで」

「そうですねぇ。でもほんまにお元気になって良かったです。お食事もお酒も、食べられそうやったら何でも注文してくださいね。あ、でも胃が弱ってるかもやから、ほどほどに」

 ここしばらく烏天狗の影響もあって、油を使ったものや脂っこいものなどは受け付けなかったはずだ。そんなところに好物だと言っても、いきなり鶏の唐揚げなどを入れては、胃が驚いてしまう。

 本心を言うと、快復した松島さんには好きなものを何でもたくさん食べて欲しい。烏天狗の被害に遭っている間、「とりかい」に来ているときにはせめてと思い、少しでも味わい深いものをと考えてはいたが、それらは「食べられるもの」であって「食べたいもの」では無かったはずだ。好きなものが食べられない日々は辛いものだったと思う。

「せやなぁ。せっかくここに来たんやし、やっぱり豆腐料理とだし巻きかな。さんざん無理聞いてもろたから、今日はちゃんとしながきにあるもん、腹いっぱい食うてくわ。唐揚げは念のために止めとくか。あ、生ビール頼むわ」

「はーい」

 亜沙は朗らかに返事をした。
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