僕と死神の癒しご飯と最後の手紙

山いい奈

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4章 少女のご褒美ご飯

第5話 感謝を伝えたくて

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 死神手帳を使ってマコトちゃんの身体の場所を探り向かうと、建物を見たマコトちゃんは「ここ、うちです」と少し驚いて言った。

 マコトちゃんのご両親は明日のお通夜まで、自宅でマコトちゃんのご遺体を安置することにした様だ。

 2階建ての戸建て住宅。壁面にベージュのタイルが貼られた明るい家だ。見上げてみると平たい天井には柵があった。

「屋上もあるんだ」

「はい。バーベキューとかもできるんですよ」

「それ羨ましいなぁ」

 拓真たくまとマコトちゃんは光を追って家の中に入る。着いたのは1階部分の和室だった。

 6畳ほどの広さで、普段あまり使わないのか、家具などの類は置かれていない。

 床の間も無いので、掛け軸があったり植物が活けられたりもしていない。

「ここはゲストルームにもなるんです。私、この部屋で大の字でごろごろするのが好きで。畳の匂いって良いなぁって」

「ああ。懐かしい匂いだよな。それもあってマコトちゃんにここにいてもらってるのかな」

「そうなのかな。それにしても寒いですね」

 クーラーが付けられていて、室温はかなり下がっていた。

「そうしないとご遺体の腐敗が進むからね」

 すでに葬儀会社が動いているのか、小さな祭壇が立てられて、お線香の煙がクーラーの風に流れている。

 その前に敷かれた布団にマコトちゃんのご遺体が横たわっていた。綺麗にエンゼルケアをされていて、まるで眠っているだけの様にも見える。

「あらためてこうして自分を見るって、不思議な気分です」

 マコトちゃんはそう言いつつ、顔に好奇心を滲ませる。

「ご両親はどこかな。探しに行こうか」

「は、はい」

 マコトちゃんは少し表情を固くする。真守が先に立って襖をすり抜けて、マコトちゃんも付いて来る。

「リビングかも。こっちです」

 和室から廊下ろうかを少し行ったところに淡い色の木製のドア。先に行ったマコトちゃんに続いてくぐるとそこはリビングルームだった。

 テレビやチェストなどがあり、ローテーブルとセットのソファで、中年の男女が寄り添っていた。

「パパ、ママ……!」

 マコトちゃんがご両親に向かって素早く飛んで行き、ふたりの前から両手を広げて抱き付いた。

 しかしご両親は気付かず、お袋さんはタオル地のハンカチを握り締めて涙を拭っていた。親父さんも鎮痛ちんつうの面持ちで唇を震わせている。

「マコト……」

「マコトちゃん……」

 ご両親はか細く震える声で、マコトちゃんの名前を呼び続けていた。

「パパ……、ママ……」

 ご両親を見付けた時には嬉しそうに満面の笑みを浮かべたマコトちゃんだったが、その様子を見て笑顔は引っ込み、悲しそうに顔を歪ませた。

「ごめんね、ごめんね……!」

 叫ぶ様に言ってご両親にすがり付く。

 親子はそうしてただただ泣き続けた。

 その様は拓真には見ていられなかった。ただただ辛い。目頭が熱くなる。拓真はつい視線を反らせてしまった。



 少しして、テーブルに置かれていたスマートフォンがアラームを鳴らす。

「……お線香、変えなきゃ」

 お袋さんがふらりと立ち上がる。親父さんもお袋さんを支える様に腰を上げた。マコトちゃんは弾かれる様にふたりから離れる。

 ご両親はそのままふらふらと和室に向かう。静かにふすまを開け、マコトちゃんの顔を見たからか、またほろほろと涙を流し出した。

 お袋さんは新しいお線香を出すと、短くなったお線香から火をもらってその横に立て、そのままマコトちゃんの枕元に腰を下ろす。その横に親父さんも。

 お袋さんがマコトちゃんの頬にそっと手を伸ばした。マコトちゃんの身体はもう冷たくなってしまっているだろう。

 生きていないというその証に、お袋さんは辛そうにきゅっと目を閉じた。

「マコトちゃん……ママね、迷っているの。マコトちゃんがプロのボクサーになりたいって言った時、反対していたらこんなことにはならなかったのにって。でもマコトちゃんは本当にボクシングが好きで毎日楽しそうだったから、それを止めずにやらせてあげられて良かったわって。でもどっちが良かったのかしらねぇ……」

 そう後悔も滲ませるお袋さんの言葉に、マコトちゃんは首を振る。

「ママ、私はボクシングができて楽しかったよ。パパとママに応援してもらって嬉しかったよ」

 そんなマコトちゃんのうったえはご両親に届かない。

「パパ! ママ!」

 マコトちゃんは懸命に呼び続けるが、やはりご両親に霊的素養は無い様で、まるで反応が無い。

 こればかりは拓真にもどうすることもできなくて、悔しげに眉をしかめた。

 拓真は喚くマコトちゃんをなだめる様に肩を優しく叩く。マコトちゃんははっと口を閉じ、辛そうに俯いた。

「パパにもママにも、私ボクシングやらせてもらって、嬉しかったこと伝えたい。どうしたらできるんだろう……」

 言葉は通じない。それなら。

「じゃあマコトちゃん、手紙を書こうか」

「手紙?」

「ああ。俺がいるから、さっきかつ丼食べた時みたいに、字を書くこともできると思う」

「本当ですか?」

 マコトちゃんの目に光が宿る。

「ああ。マコトちゃんの部屋に行こう。便箋びんせんとかって持ってる?」

「持って無いです。手紙とか全然書かないので」

「じゃあルーズリーフでもレポート用紙でもなんでも良いよ。遺書じゃないけど、ご両親への気持ちを書いたら良い。部屋に置いておいたらきっと見付けてくれる」

「学校で使ってるルーズリーフがあります。そんなのでも良いんですか?」

「全然良いよ」

 拓真が頷くとマコトちゃんは安心した様に微笑んだ。

「……寒くなって来たね。身体が冷えてしまう。リビングに戻ろう」

 親父さんのせりふにお袋さんは「ええ……」と小さく頷き、マコトちゃんの身体に「またあとでね」と言い残すと和室を出て行った。

「じゃあ部屋に行きましょう。2階なんです」

「ああ」

 拓真とマコトちゃんもご両親に続く様に和室を出た。



 マコトちゃんがうんうんうなりながら書いた、ご両親への最後の手紙。あまり手紙を書く世代では無いから、慣れなくて相当苦労した様だ。

 マコトちゃんの世代は、真守や拓真もそうだが、友人などへの連絡はもっぱらメッセージアプリなどを利用する。

 だから真守と拓真が以前、柏木さんを育てた家政婦さんに宛てた手紙を書いた時には、真守が社会人で無ければ書き方もろくに判らなかっただろう。

 だがマコトちゃんの手紙はご両親にてるものだ。だからそんな堅苦しいものでなくても大丈夫だ。肝心なのはマコトちゃんの気持ちが伝わることなのだ。

 マコトちゃんは机に座って「う~ん」と頭を悩ませていたが、やがて「よしっ」とボールペンを置いた。

 机の奥には書き損じただろう、何枚かのルーズリーフのレフィルがくしゃくしゃに丸められている。

「書けた! と思います」

「良かった。納得できるものになったか?」

「はい」

 マコトちゃんはたった今書き終えた手紙を見直して「うん、大丈夫です」と頷いた。

 書き損じをごみ箱に放り込み、手紙をそっと机に裏返しに置くと、願う様に手を合わせた。

「マコトちゃん、そろそろ行ける?」

「はい。最後にパパとママにもうひと目だけ会って行っても良いですか?」

「大丈夫だよ」

 ふたりはマコトちゃんの部屋を出て1階に降りる。リビングに入ると、さっきと同じでソファに掛けるご両親。

 だが先ほどよりは少し落ち着いた様で、それでもその辛そうな顔はやはり見ていて痛々しい。

 自分が死んだ時は、両親や真守もこうなってしまったのだろうか。そう思うと胸が痛い。

 マコトちゃんはまたご両親に寄り添う。温もりを確かめる様に、目を閉じて心地好さそうに表情を緩ませた。やがてゆっくりと目を開くと。

「パパ、ママ、今までありがとう。行って来るね。さよなら」

 穏やかにそう言って、すぅっと両親から離れた。そして吹っ切れた様な顔で拓真に向き直る。

「お待たせしました」

「もう大丈夫?」

「はい!」

 拓真はご両親に頭を下げ、リビングを出る。マコトちゃんも付いて来る。家を出て空に上がり、少し飛ぶと三途さんずの川への扉の前に到着した。

「この向こうに行ったら良いんですね?」

「そう。三途の川があって、まずはそこを渡るんだ。そして閻魔えんまさまの裁判を待つ」

「緊張します。私、地獄に落とされる様な悪いことはしていないと思うんですけど」

 マコトちゃんは不安そうだ。拓真は苦笑してしまう。

「そればかりは死神の裁量ではどうにもならないからなぁ。でもボクシング頑張ったんだろ? 打ち込んで来たんだろ? プロにまでなれたんだ。きっと大丈夫だ」

 拓真が勇気付ける様に言うと、マコトちゃんは「はい!」と笑顔になってくれた。

「あの、真守さんにあらためて伝えてください。かつ丼美味しかったって。最後に食べられて嬉しかったって。本当にご褒美にママのかつ丼食べた気分になれたって」

「ああ。伝えとく」

 マコトちゃんはにこっと満面の笑みを浮かべた。

「じゃあ行きますね! ありがとうございました!」

「ああ。元気で」

「はい!」

 マコトちゃんはそう言って、笑顔のままドアの向こうに消えて行った。それを見送った拓真は小さく息を吐く。

 夢半ばで不慮ふりょの事故と思われる原因で生命を落とした若い女の子。まだまだこれからだったろうに。

 プロボクサーとしてデビューして、もしかしたらタイトルだってれたかも知れない。

 高校に通いながらトレーニングを重ねて、ジムのお墨付きをもぎ取ったのだ。きっと才能豊かだったのだろう。

 そうしたものが失われるのは本当にやりきれない。だが人にはそれぞれ寿命があるのだ。

 それはその人が行きて来た過程と内容、密度や善悪とは関係が無い。長生きした人だっていろいろなのだ。短命の善人も長寿の悪人もいる。

 拓真は思う。だからこそ最後の最後を充実させてあげることで、少しでも人生に満足してもらうことができたら良いなと。

 そう思うと拓真はラッキーだった。霊的素養のある真守まもるがいることで、できることが広がっている。これは本当に幸いである。

「けど、そろそろまずいかな」

 拓真は懸念けねんを感じそう呟いた。



 パパへ。ママへ。


 私、ボクシングが本当に好きだったから、精一杯やらせてもらえて嬉しかった。

 プロテストに合格できたのも、サポートしてくれたパパとママのおかげだよ。

 パパが聞かせてくれるボクシングのお話楽しかったよ。

 ママが作ってくれるご飯どれもおいしかったけど、大好きなかつ丼が特に嬉しかったよ。


 パパ、ママ、大好きだよ。

 本当にいつもありがとう。

              マコト
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