とくら食堂、朝とお昼のおもてなし

山いい奈

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2章 碧、あやかしと触れ合う

第7話 宴の始まり

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 久慈くじさんに大きめのトレイを借りたあおは、温まった中華オードブルをリビングに運んで、大きな木製のローテーブルの空いているところに置いた。

「碧ちゃんありがとう。あとは冷蔵庫にあるカルパッチョだけやね。これは笠野かさのさんが来はってから出そか」

 碧たちは持ってきたお料理の温めなどがあるので、いつも笠野の祖父母より30分ほど早く来ることにしているのだ。

 とはいえ、当然ながら笠野の祖父母が手ぶらで来ることは無い。

 リビングにインターフォンの呼び出し音が響いたのは、カルパッチョ以外がテーブルに揃ったときだった。タイミング的に笠野の祖父母だろう。

「ええタイミングや。陽介ようすけ、冷蔵庫のカルパッチョ運んで。ほんで、久慈さんも片付けが終わったら帰ってもろてね」

「はいよ」

 ようくんがだるそうに立ち上がり、ダイニングキッチンに入る。伯母ちゃんはインターフォンで対応し、ぱたぱたと小走りで玄関に向かった。

 少しして伯母ちゃんが案内してきたのは、やはり笠野の祖父母だった。お母さんが立ち上がる。

「お父ちゃん、お母ちゃん」

なぎ、正月以来やね」

 笠野お祖父ちゃんの人の良さげな笑顔。笠野お祖父ちゃんは山男やまおとこなので、もとより人間に親切なあやかしなのだ。ちなみにというか、当たり前の様に趣味は登山である。

京香きょうかちゃん、これ、みなさんで」

 笠野お祖父ちゃんが深い紺色の風呂敷で包んだ縦に長い大振りのものを、そのまま伯母ちゃんに渡した。伯母ちゃんの名前は京香さんという。すると伯母ちゃんはきらん、と目を輝かせて。

「これは、いつもの例のあれですね?」

「あれですわ」

 笠野お祖父ちゃんもにやりと口角を上げる。やばいブツのやり取りやあるまいし、と碧は毎度のことながら思うが、両家のこんなやりとりが微笑ましくもある。

 受け取った伯母ちゃんがブツをテーブルに置き、風呂敷を解いた。すると出てきたのは、日本酒、「呉春ごしゅん」の特吟とくぎんである。

 呉春の蔵元は池田いけだ市にある。この特吟は、幻の酒米と言われている赤磐雄町あかいわおまちを半分まで磨き、低温発酵して醸された日本酒である。

 きりっとした辛口で、しかしなめらかな口当たり、さっぱりと口を爽やかにさせてくれる逸品である。

 呉春は期間限定酒を除くと3種類あり、いちばんお手軽な普通酒である池田酒は、居酒屋などでもいただくことができるが、この特吟は稀少なのである。

 呉春の池田酒と本丸は、大きなスーパーなどでも手に入れることができる。ただ、呉春は一升瓶でしか展開しておらず、お家用に買うにはなかなか勇気がいるのだ。

 なので、こうして大人数が集まるときだけに、笠野の祖父母が一升瓶の、しかも呉春特吟を持ってきてくれるのだ。

「家を出る直前まで、冷蔵保存しております」

「笠野さん、ありがとうございます! さっそくデカンタに移して、一升瓶は冷蔵庫に入れましょうね!」

 伯母ちゃんは丁寧に畳んだ風呂敷を笠野お祖父ちゃんに返し、呉春特吟を大事に抱え、キッチンに入っていった。碧は「みなさーん」とリビング中に呼び掛けた。

「呉春以外に乾杯のお酒欲しいのありますかー?」

 すると、「ビール!」と、伯父ちゃんと陽くん、お父さんが手を挙げた。

「はーい」

 碧は腰を上げる。この場では碧がいちばんの若輩者である。みんながみんなそれぞれに動く意識を持っているが、ついでもあるので、碧が立つのだ。碧も1杯目はビールが良い。

 ダイニングキッチンに入ると、伯母ちゃんがワインデカンタの穴に氷を入れていた。鼻歌でも歌いそうなご機嫌度だ。久慈さんの姿は無い。片付けを終えて帰ったのだろう。

「伯母ちゃん、冷蔵庫からビールいただきますね」

「うん、じゃんじゃん持ってって」

「ありがとうございます」

 冷蔵庫を開けると、棚の下から2段目に缶ビールと缶チューハイがみっちりと詰め込まれていた。お酒好きからしてみたら壮観である。

 グラスはすでにテーブルに出ているので、碧は缶ビールを4本出し、小振りなトレイに乗せて持っていった。銘柄がいろいろあったので、わざとばらばらにした。

「ドライと、プレモルと、一番搾りと、エビスです。どれがええですか?」

 結果、伯父ちゃんがプレミアムモルツ、陽くんがスーパードライ、お父さんがエビスビール、碧が一番搾りになった。碧はビールはどれも美味しいと思っているので、どの銘柄でも歓迎だった。

 缶ビールが行き渡ったタイミングで、伯母ちゃんが呉春特吟を満たしたワインデカンタを手に戻ってくる。そしてリビングを見渡して。

「お義父さんは?」

 そういえば、ここにきてから1度もお祖父ちゃんの姿を見ていない。するとお祖母ちゃんが「どっこいしょ」と立ち上がった。

「どうせあれに集中しとんやろ。呼んでくるわ」

「あ、お義母さん、わたしが行きますよ」

「ええ、ええ。どうせはっ倒さな気付かんわ」

 張り倒すとは、なかなか物騒である。だが碧が知るお祖父ちゃんは確かに集中力が高く、ちょっとやそっとでは切れない。

 お祖母ちゃんが1階のお祖父ちゃんの部屋に向かい、戻ってきたのはたっぷり5分もしたころだった。

「ああ、みなさん、いらっしゃい。待たせてしもうたかなぁ」

 お祖父ちゃんは慌てる風でも無く、のんびりと言って、とことこと上座方向に向かう。今日のお客さまは笠野の祖父母なので、上座にはそのふたりが腰を降ろしていて、お祖父ちゃんはその斜め前に「よっこらしょ」と座り込んだ。

「おやおや、笠野さん、ようこそようこそ」

「こんにちは。今日はお呼ばれありがとうございます」

 そんな挨拶を交わしつつ。お祖父ちゃんを待っている間に、全員に飲み物が行き渡っていた。あとは乾杯するだけだ。お祖父ちゃんの前にも呉春特吟が入った小振りのグラスが置かれていて、お祖父ちゃんは何の疑いを持つわけでも無く、それを持ち上げた。

「ほな、今日も楽しんでなぁ。かんぱーい」

 何とも覇気の無い乾杯で、思わず脱力しそうになるが、それでも全員、「乾杯!」とグラスを掲げたのだった。
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