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4章 白井家のたどる道
第11話 お母さんの卵焼き
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あらかたお料理ができあがってきて、コンロの上ではぶりと大根が弱火でことことと煮えている。
「お母さん、お願いがあるんやけど」
「ん?」
お母さんはお父さんと並んで、リビングのソファにいた。このお家はリビングとダイニングが地続きになっていて、ダイニングはキッチンのカウンタと繋がっているのだ。なので少し大きな声を出せば、充分に通る。
「卵焼き、作ってくれへん? 普通の、お母さんの卵焼き」
「卵焼き?」
お母さんがキッチンに顔を覗かして、目を丸くした。
「そう。卵あるやろ?」
「うん、まぁ、ええけど」
お母さんはキッチンに入ってくると冷蔵庫を開けて、卵を3個出した。卵は生ものの中でも賞味期限が結構長く、多少過ぎてしまっても、しっかり火を通せば食べられる。これはもともと実家にあったものだ。もちろん買い物に行く前に賞味期限は確認してあった。
「卵、3個なんや」
「うん。お弁当、あんたらが中学と高校のときにいったから、お父さんのと合わせて3個、ひとり1個分やな。卵も、今は個数制限とか無いけど、前は1日1個が適当やて言われとったからね」
「ああ、前はそうやったね」
お母さんはシンク下の扉を開けて卵焼き器を出し、火に掛ける。続けてステンレス製のボウルに卵を割り、お塩とうま味調味料を振り入れて、菜箸でかしゃかしゃとほぐした。
「お母さんもその味付けなんやね」
「何の変哲も無い卵焼きやからね。あんたらが幼稚園の遠足のときとかは砂糖とか入れとったけど、中学高校になったらこの方がええやろ。お父さんのお弁当かてあったんやし」
「うん」
そういえば、幼いころの卵焼きは甘かったな、とぼんやりと記憶が蘇る。小学校の6年間は給食だったから、その間にもひかりちゃんとあさひの味覚は変わっていったのだろうか。
それとも中学生になればお母さんに大人に近いと判断されたのか、あさひがはっきりと覚えているお母さんの卵焼きの味は塩味だった。
お父さんのお弁当は、ひかりちゃんとあさひ、正確にはひかりちゃんが必要なときだけに作られていた様だ。それもなんだかなぁと思うのだが、お弁当を作るのは手間が掛かるので、致し方無いのかも知れない。それを6年続けてくれたのだから、感謝している。
あさひは確かに放置はされていたが、お母さんはごはんはしっかりと作ってくれたので、あさひはもちろんそれで育った。
独立してから実家にはろくに帰っていないので、もう何年もお母さんのごはんを食べていない。だがあさひの記憶にあるお母さんのごはんは美味しかった。お母さんは料理上手だったのだ。
あさひがお料理をしたいと思ったのは、もしかしたらその影響も少なからずあったのかも知れない。幼いころの体験を通じたこともあり、自分も美味しいごはんを作りたいと思ったのかも知れなかった。
関わりは少なかったけれど、やはり親子だからだろう、こういうふとしたところで、お母さんに似ているところが見付かったりするのだから、おもしろいものだ。
卵焼き器も温まり、お母さんが手早く卵焼きを焼いていく。さすが長年炊事を担ってきたからか、その手つきは鮮やかだった。
できあがった卵焼きを、お母さんは長角皿に移した。
「もう包丁とか洗ったあとやし、切らんでええやろ」
「うん。みんなでつつき合って食べたらええやんね。ぶり大根ももうええかな」
あさひはぶり大根を丸い深皿に盛り付ける。カウンタに置くと、お母さんが先回りをしてダイニングテーブルに移してくれた。
他にあさひが作ったのは、小松菜としめじのおかか炒めと、人参のナムルだ。このふたつは常温でも美味しく食べられる。果たしてダイニングテーブルには、ほかほかと湯気があがるぶり大根と、良い感じに味が馴染んだおかか炒めとナムル、そしてお母さんの卵焼きが揃った。
「ビールも買ってきたんやけど、お母さん飲む?」
「あら、ほな、少しだけもらおうかな。何やお酒久々やわ」
お父さんとあさひは最初から飲む気満々で買い物をしてきたのだった。白井家は全員がそこそこ飲める。お母さんはひかりちゃんのお世話もあってあまり飲んでこなかっただろうが、今日はそのひかりちゃんはいない。
「眠たくなったら寝てもええんやし。洗い物とか私するからさ」
「洗い物やったら僕にもできるから、あさひもゆっくりしたらええ」
「ありがとう」
あさひは冷蔵庫から缶ビールを出す。とりあえずは500ミリリットルのものを1本。それを小振りなグラス3客に注いだ。お父さんがあさひに、お母さんはお父さんに、そして、あさひはお母さんに。
「何にか分からんけど、乾杯するか?」
お父さんがそんなことを言うので。
「しようよ。何にでもええやん、久々に会ったんやし」
「そうやな」
あさひが微笑みながら言うと、お父さんも小さく笑う。お母さんも穏やかな顔をしていた。
「ほな、乾杯」
3人は手にしたグラスを、軽く重ね合わせた。
「お母さん、お願いがあるんやけど」
「ん?」
お母さんはお父さんと並んで、リビングのソファにいた。このお家はリビングとダイニングが地続きになっていて、ダイニングはキッチンのカウンタと繋がっているのだ。なので少し大きな声を出せば、充分に通る。
「卵焼き、作ってくれへん? 普通の、お母さんの卵焼き」
「卵焼き?」
お母さんがキッチンに顔を覗かして、目を丸くした。
「そう。卵あるやろ?」
「うん、まぁ、ええけど」
お母さんはキッチンに入ってくると冷蔵庫を開けて、卵を3個出した。卵は生ものの中でも賞味期限が結構長く、多少過ぎてしまっても、しっかり火を通せば食べられる。これはもともと実家にあったものだ。もちろん買い物に行く前に賞味期限は確認してあった。
「卵、3個なんや」
「うん。お弁当、あんたらが中学と高校のときにいったから、お父さんのと合わせて3個、ひとり1個分やな。卵も、今は個数制限とか無いけど、前は1日1個が適当やて言われとったからね」
「ああ、前はそうやったね」
お母さんはシンク下の扉を開けて卵焼き器を出し、火に掛ける。続けてステンレス製のボウルに卵を割り、お塩とうま味調味料を振り入れて、菜箸でかしゃかしゃとほぐした。
「お母さんもその味付けなんやね」
「何の変哲も無い卵焼きやからね。あんたらが幼稚園の遠足のときとかは砂糖とか入れとったけど、中学高校になったらこの方がええやろ。お父さんのお弁当かてあったんやし」
「うん」
そういえば、幼いころの卵焼きは甘かったな、とぼんやりと記憶が蘇る。小学校の6年間は給食だったから、その間にもひかりちゃんとあさひの味覚は変わっていったのだろうか。
それとも中学生になればお母さんに大人に近いと判断されたのか、あさひがはっきりと覚えているお母さんの卵焼きの味は塩味だった。
お父さんのお弁当は、ひかりちゃんとあさひ、正確にはひかりちゃんが必要なときだけに作られていた様だ。それもなんだかなぁと思うのだが、お弁当を作るのは手間が掛かるので、致し方無いのかも知れない。それを6年続けてくれたのだから、感謝している。
あさひは確かに放置はされていたが、お母さんはごはんはしっかりと作ってくれたので、あさひはもちろんそれで育った。
独立してから実家にはろくに帰っていないので、もう何年もお母さんのごはんを食べていない。だがあさひの記憶にあるお母さんのごはんは美味しかった。お母さんは料理上手だったのだ。
あさひがお料理をしたいと思ったのは、もしかしたらその影響も少なからずあったのかも知れない。幼いころの体験を通じたこともあり、自分も美味しいごはんを作りたいと思ったのかも知れなかった。
関わりは少なかったけれど、やはり親子だからだろう、こういうふとしたところで、お母さんに似ているところが見付かったりするのだから、おもしろいものだ。
卵焼き器も温まり、お母さんが手早く卵焼きを焼いていく。さすが長年炊事を担ってきたからか、その手つきは鮮やかだった。
できあがった卵焼きを、お母さんは長角皿に移した。
「もう包丁とか洗ったあとやし、切らんでええやろ」
「うん。みんなでつつき合って食べたらええやんね。ぶり大根ももうええかな」
あさひはぶり大根を丸い深皿に盛り付ける。カウンタに置くと、お母さんが先回りをしてダイニングテーブルに移してくれた。
他にあさひが作ったのは、小松菜としめじのおかか炒めと、人参のナムルだ。このふたつは常温でも美味しく食べられる。果たしてダイニングテーブルには、ほかほかと湯気があがるぶり大根と、良い感じに味が馴染んだおかか炒めとナムル、そしてお母さんの卵焼きが揃った。
「ビールも買ってきたんやけど、お母さん飲む?」
「あら、ほな、少しだけもらおうかな。何やお酒久々やわ」
お父さんとあさひは最初から飲む気満々で買い物をしてきたのだった。白井家は全員がそこそこ飲める。お母さんはひかりちゃんのお世話もあってあまり飲んでこなかっただろうが、今日はそのひかりちゃんはいない。
「眠たくなったら寝てもええんやし。洗い物とか私するからさ」
「洗い物やったら僕にもできるから、あさひもゆっくりしたらええ」
「ありがとう」
あさひは冷蔵庫から缶ビールを出す。とりあえずは500ミリリットルのものを1本。それを小振りなグラス3客に注いだ。お父さんがあさひに、お母さんはお父さんに、そして、あさひはお母さんに。
「何にか分からんけど、乾杯するか?」
お父さんがそんなことを言うので。
「しようよ。何にでもええやん、久々に会ったんやし」
「そうやな」
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