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第一章
魔族との遭遇
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♦︎♢
「はぁ…」
乃愛が寝付いたのを見ると、沙奈は思わず大きな溜め息を吐いた。
沙奈はこの期に及んでまだ単独行動できないかと諦め悪く考えていた。
現実を見ればそのうち乃愛も嫌になるだろうと思っていたが、先ほどまでの様子を見るに、早くも相当気疲れをさせてしまっているようだ。思惑通りでもあるが、目の当たりにすると罪悪感が沸々と込み上げてきて、自己嫌悪に陥る。
単独の方が気兼ねなく自由に動ける。守るべきものもないので責任からも一時解放される。そういった理由もあるにはあったが、奥底にある本音では、あのままクラスメイトらと集団行動していくことに居心地の悪さを感じたからだ。
久しぶりに登校したあの日から、ようやく正常なスクールライフを送れるはずだった。沙奈は高校に入ってからあの地域に引越してきたため、周りに知り合いもおらず、身近な人間関係はこれから構築し直していく予定でもあった。普通の、高校生として。
今の状況は異常だ。このような状態のままでは健全なコミュニケーションを図ることは不可能ではないか。それがここ数日、積極的に皆と関わり、一歩引いた目線で見てきた沙奈の所感だった。
何より、己も含めて、各人に特殊な事情が多すぎる。まだ見えてきていない問題もありそうだ。
この世界で今後生きていくつもりならそれで良い。現状を受け入れて少しずつ知っていけばいいだろう。
だが、元の世界に戻ることを前提として皆が動いているのだとすれば、ほとんど初対面に近い相手に対する“普通”の距離感をここできちんと築いていけるかは疑わしい。
この世界の住人と比べるまでもなく同郷人としての仲間意識は強く持っているが、他人度合いだけで見ると沙奈にとってあまり大差はないのだ。
それに、あれだけ元の世界に帰るのに皆が躊躇いもないことにも疑問だった。
作り変わったこの身体のことはどう考えているのか。このまま元の世界に戻るわけにはいかない。
何より、召喚直前に見たあの光景は、沙奈しか見ていなかったのだろうか。
教室に入った瞬間、足元から強烈な光が放たれた。だがその寸前、窓越しに見えた外の景色。
自分たちは拉致された被害者である意識が強いが、本当にそうなのだろうか。召喚を実施したこの世界の住人の思惑はただの我欲だろう。しかし、あの光景が事実で最悪の推測が正しいのであれば。結果的に、私たちは命を救われたのかもしれない。
今の時点ではこの推測はただの妄想でしかないが、可能性としては充分あり得た。
窓越しに見えた光景。
巨大な何かが空から降ってきて、地面に直撃する寸前だった。
地球への転移ができない本当の理由。
地球は、今も本当に存在しているのか。
「…はぁ」
詮無きことを堂々巡りに考えて、また溜め息が溢れた。
とりあえず、今は現状に目を向けなければ。
「そこに、いるんでしょ?」
沙奈は前を見据えて、誰に言うともなく声をかけた。
反応があるか若干期待したものの、静寂した間しか返ってこない。
「…」
おそらく魔族が隠れ潜んでいるのだろう。火を起こした辺りで、近くに何者かの気配があるのをずっと感じている。
どうしたものか。
自分たちが目撃されるのは想定通りだが、こうもわかりやすく近づいてきた理由はなんだろうか。捜索を三日間は禁止したはずで、守られていないことを悟られた時点で迷宮は爆破すると告げてある。
完全に守られるとは端から信じてはいなかったので、バレないよう遠巻きに監視くらいはされるだろうとは思っていたが、これはあからさま過ぎではないだろうか。
何か訳があるのかとも考えたが、一向に接触もしてこない。となれば、単に侮られているのか。迷宮の調査が早々に終わったか、魔族側の連中ではない可能性もある。
宣言通り爆破しても良いのだが、これから魔族の国に訪問しようという時だ。慎重に判断して、安易に行動には移さない方がいいだろう。
いずれにしてもこのまま放置しておくことはできない。まだ逃げ切っていないであろう子どもたちの方も気がかりなため、相馬らにはこのことを報告しておこうと、手元に幻影を出してからスマホを取り出した。
—-ガサ
音がした方へ視線を動かすと、近くの茂みから全身黒ずくめの人影が現れた。
・-・-・-・-・-・-・-・-・-・
名前: ギュー=アクシキン
年齢: 75
性別: 男
出身: 海軍参謀本部戦略情報局特殊部隊<魔国<ピセス<KC3631-Qj82
種族: 魔人
天職: シーフ
魔法: 闇属性、地属性、無属性
能力: 闇魔術、地魔術、身体強化、隠蔽、窃取、探察、撹乱、回復
才能: 魔力感知、消音、器用、洞察、軽減、防護
魔力: 70
気力: 50
知力: 50
視力: 30
聴力: 30
筋力: 50
持久力: 50
瞬発力: 60
柔軟性: 60
敏捷性: 70
装備: ヘルメット、アナライズグラス、フェイスマスク、コンバットシャツ、タクティカルベスト、エルボーパッド、グローブ、コンバットパンツ、ニーパッド、タクティカルブーツ、ダンプポーチ、コンバットナイフ
状態: 正常
・-・-・-・-・-・-・-・-・-・
まるで映画からそのまま飛び出してきたかのような、いかにもといった風情の軍人だ。人族の兵士は甲冑を着た騎士だったが、この世界の文明はどうなっているのか。
「…用件は?」
沙奈は努めて冷静に問いかけた。
「この先に人族はいない。南下している理由を知りたい」
抑揚のない声音で静かに返答された。顔は眼鏡とマスクで覆われているため感情が読み取れない。長命種なのか、年齢の割に若い印象がある。
周辺に張られた結界に気づいているのかはわからないが、結界のギリギリ外側で佇んでいて、それ以上は近寄ろうとしない。
「それを答える前に確認。警告を無視したようだけど、私たちのことはどこまで知ってるの?」
「ザロフが把握していることは全て」
セルジノ=ザロフ。迷宮で騎士に憑依していた魔族の一人で、直接交渉もした相手だ。
「なるほど。三日間は捜索しないで欲しいと伝えたはずだけど。迷宮を爆破しても良いってこと?」
「…見つかるとは思わなかったのだ。許されるなら止めて欲しいが。だが、叶わぬのなら、せめて行き先についての理由だけでも知りたい」
侮られていた線が濃厚か。隠密にどれほどの自信があったのかは知らないが、これだけ近づくと見つかるリスクは高まるはずだ。本職であればそれがわからないとは思えないが。口惜しそうに言っているのが不思議だ。
「捜索するのを今すぐやめてもらえるのなら、今回限り見逃しても良いけど?」
「わかった。すぐに中止する」
まさかの即答。本当に想定外の出来事だったのか。
耳元に手を当てて何事か呟いている。何らかの通信手段があるようだ。
とにかく今は穏便に済ませられることに越したことはない。
「本当に次はないから。…で、私たちの行き先についてよね。そちらの国にお邪魔しようと思って」
「は…?」
気の抜けた声が返ってきた。理解し難いことを言っている自覚はある。
「どこかに船でも停泊しているのなら乗せてもらえないかと思って、とりあえず下ってきたところよ」
「我が国に…?一体なぜ…」
「どんなところなのか興味があって。観光したいって理由じゃだめ?」
「観光…?だめとかそういうことでもないが…。仮に来るにしても我らの誰かが終始付き添うことになる。行動にある程度制限もかかるが、それでも良いのか?」
「まぁそうなるよね。迎えてくれるのならそれでも良いから行きたいんだけど」
「ふむ…わかった、手配しよう。…テントにいる者も来るのか?」
ダメ元で言った観光というごり押しがあっさり罷り通って、思わず拍子抜けしてしまう。けれどこれは渡りに船だ。
「え、良いんだ。ありがとう、助かる。行くのは私サナと、テントにいるもう一人のノアだけ。じゃあ、お言葉に甘えてお願いします」
沙奈は椅子から立ち上がってぺこりとお辞儀した。
「私はギュー=アクシキン。このまま南下すると我らの駐屯地が見えてくるはずだ。そこで改めて迎えよう。では準備があるのでこれで失礼する」
そう言うなり姿が立ち消えた。周囲に人の気配もない。行動が早い。
ザロフの時もそうだったが、何らかの思惑があるにせよ、意外と話が通じることに驚く。魔族全体がそうなのであれば、見かけた都市の惨状とイメージが結びつかない。対話ができるのに、あそこまで徹底的に攻め落とされるというのは、どれ程のことがあったのか全く想像がつかない。
もう少し色々と見て回るつもりだったが、乃愛の状態が気になっていたので、話が早く済んで助かったかもしれない。
手にしたままのスマホを操作して、この件を相馬に連絡しておく。
ひとまず喫緊の懸念がなくなったので、一緒に休もうと火を消してテントに向かった。
「はぁ…」
乃愛が寝付いたのを見ると、沙奈は思わず大きな溜め息を吐いた。
沙奈はこの期に及んでまだ単独行動できないかと諦め悪く考えていた。
現実を見ればそのうち乃愛も嫌になるだろうと思っていたが、先ほどまでの様子を見るに、早くも相当気疲れをさせてしまっているようだ。思惑通りでもあるが、目の当たりにすると罪悪感が沸々と込み上げてきて、自己嫌悪に陥る。
単独の方が気兼ねなく自由に動ける。守るべきものもないので責任からも一時解放される。そういった理由もあるにはあったが、奥底にある本音では、あのままクラスメイトらと集団行動していくことに居心地の悪さを感じたからだ。
久しぶりに登校したあの日から、ようやく正常なスクールライフを送れるはずだった。沙奈は高校に入ってからあの地域に引越してきたため、周りに知り合いもおらず、身近な人間関係はこれから構築し直していく予定でもあった。普通の、高校生として。
今の状況は異常だ。このような状態のままでは健全なコミュニケーションを図ることは不可能ではないか。それがここ数日、積極的に皆と関わり、一歩引いた目線で見てきた沙奈の所感だった。
何より、己も含めて、各人に特殊な事情が多すぎる。まだ見えてきていない問題もありそうだ。
この世界で今後生きていくつもりならそれで良い。現状を受け入れて少しずつ知っていけばいいだろう。
だが、元の世界に戻ることを前提として皆が動いているのだとすれば、ほとんど初対面に近い相手に対する“普通”の距離感をここできちんと築いていけるかは疑わしい。
この世界の住人と比べるまでもなく同郷人としての仲間意識は強く持っているが、他人度合いだけで見ると沙奈にとってあまり大差はないのだ。
それに、あれだけ元の世界に帰るのに皆が躊躇いもないことにも疑問だった。
作り変わったこの身体のことはどう考えているのか。このまま元の世界に戻るわけにはいかない。
何より、召喚直前に見たあの光景は、沙奈しか見ていなかったのだろうか。
教室に入った瞬間、足元から強烈な光が放たれた。だがその寸前、窓越しに見えた外の景色。
自分たちは拉致された被害者である意識が強いが、本当にそうなのだろうか。召喚を実施したこの世界の住人の思惑はただの我欲だろう。しかし、あの光景が事実で最悪の推測が正しいのであれば。結果的に、私たちは命を救われたのかもしれない。
今の時点ではこの推測はただの妄想でしかないが、可能性としては充分あり得た。
窓越しに見えた光景。
巨大な何かが空から降ってきて、地面に直撃する寸前だった。
地球への転移ができない本当の理由。
地球は、今も本当に存在しているのか。
「…はぁ」
詮無きことを堂々巡りに考えて、また溜め息が溢れた。
とりあえず、今は現状に目を向けなければ。
「そこに、いるんでしょ?」
沙奈は前を見据えて、誰に言うともなく声をかけた。
反応があるか若干期待したものの、静寂した間しか返ってこない。
「…」
おそらく魔族が隠れ潜んでいるのだろう。火を起こした辺りで、近くに何者かの気配があるのをずっと感じている。
どうしたものか。
自分たちが目撃されるのは想定通りだが、こうもわかりやすく近づいてきた理由はなんだろうか。捜索を三日間は禁止したはずで、守られていないことを悟られた時点で迷宮は爆破すると告げてある。
完全に守られるとは端から信じてはいなかったので、バレないよう遠巻きに監視くらいはされるだろうとは思っていたが、これはあからさま過ぎではないだろうか。
何か訳があるのかとも考えたが、一向に接触もしてこない。となれば、単に侮られているのか。迷宮の調査が早々に終わったか、魔族側の連中ではない可能性もある。
宣言通り爆破しても良いのだが、これから魔族の国に訪問しようという時だ。慎重に判断して、安易に行動には移さない方がいいだろう。
いずれにしてもこのまま放置しておくことはできない。まだ逃げ切っていないであろう子どもたちの方も気がかりなため、相馬らにはこのことを報告しておこうと、手元に幻影を出してからスマホを取り出した。
—-ガサ
音がした方へ視線を動かすと、近くの茂みから全身黒ずくめの人影が現れた。
・-・-・-・-・-・-・-・-・-・
名前: ギュー=アクシキン
年齢: 75
性別: 男
出身: 海軍参謀本部戦略情報局特殊部隊<魔国<ピセス<KC3631-Qj82
種族: 魔人
天職: シーフ
魔法: 闇属性、地属性、無属性
能力: 闇魔術、地魔術、身体強化、隠蔽、窃取、探察、撹乱、回復
才能: 魔力感知、消音、器用、洞察、軽減、防護
魔力: 70
気力: 50
知力: 50
視力: 30
聴力: 30
筋力: 50
持久力: 50
瞬発力: 60
柔軟性: 60
敏捷性: 70
装備: ヘルメット、アナライズグラス、フェイスマスク、コンバットシャツ、タクティカルベスト、エルボーパッド、グローブ、コンバットパンツ、ニーパッド、タクティカルブーツ、ダンプポーチ、コンバットナイフ
状態: 正常
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まるで映画からそのまま飛び出してきたかのような、いかにもといった風情の軍人だ。人族の兵士は甲冑を着た騎士だったが、この世界の文明はどうなっているのか。
「…用件は?」
沙奈は努めて冷静に問いかけた。
「この先に人族はいない。南下している理由を知りたい」
抑揚のない声音で静かに返答された。顔は眼鏡とマスクで覆われているため感情が読み取れない。長命種なのか、年齢の割に若い印象がある。
周辺に張られた結界に気づいているのかはわからないが、結界のギリギリ外側で佇んでいて、それ以上は近寄ろうとしない。
「それを答える前に確認。警告を無視したようだけど、私たちのことはどこまで知ってるの?」
「ザロフが把握していることは全て」
セルジノ=ザロフ。迷宮で騎士に憑依していた魔族の一人で、直接交渉もした相手だ。
「なるほど。三日間は捜索しないで欲しいと伝えたはずだけど。迷宮を爆破しても良いってこと?」
「…見つかるとは思わなかったのだ。許されるなら止めて欲しいが。だが、叶わぬのなら、せめて行き先についての理由だけでも知りたい」
侮られていた線が濃厚か。隠密にどれほどの自信があったのかは知らないが、これだけ近づくと見つかるリスクは高まるはずだ。本職であればそれがわからないとは思えないが。口惜しそうに言っているのが不思議だ。
「捜索するのを今すぐやめてもらえるのなら、今回限り見逃しても良いけど?」
「わかった。すぐに中止する」
まさかの即答。本当に想定外の出来事だったのか。
耳元に手を当てて何事か呟いている。何らかの通信手段があるようだ。
とにかく今は穏便に済ませられることに越したことはない。
「本当に次はないから。…で、私たちの行き先についてよね。そちらの国にお邪魔しようと思って」
「は…?」
気の抜けた声が返ってきた。理解し難いことを言っている自覚はある。
「どこかに船でも停泊しているのなら乗せてもらえないかと思って、とりあえず下ってきたところよ」
「我が国に…?一体なぜ…」
「どんなところなのか興味があって。観光したいって理由じゃだめ?」
「観光…?だめとかそういうことでもないが…。仮に来るにしても我らの誰かが終始付き添うことになる。行動にある程度制限もかかるが、それでも良いのか?」
「まぁそうなるよね。迎えてくれるのならそれでも良いから行きたいんだけど」
「ふむ…わかった、手配しよう。…テントにいる者も来るのか?」
ダメ元で言った観光というごり押しがあっさり罷り通って、思わず拍子抜けしてしまう。けれどこれは渡りに船だ。
「え、良いんだ。ありがとう、助かる。行くのは私サナと、テントにいるもう一人のノアだけ。じゃあ、お言葉に甘えてお願いします」
沙奈は椅子から立ち上がってぺこりとお辞儀した。
「私はギュー=アクシキン。このまま南下すると我らの駐屯地が見えてくるはずだ。そこで改めて迎えよう。では準備があるのでこれで失礼する」
そう言うなり姿が立ち消えた。周囲に人の気配もない。行動が早い。
ザロフの時もそうだったが、何らかの思惑があるにせよ、意外と話が通じることに驚く。魔族全体がそうなのであれば、見かけた都市の惨状とイメージが結びつかない。対話ができるのに、あそこまで徹底的に攻め落とされるというのは、どれ程のことがあったのか全く想像がつかない。
もう少し色々と見て回るつもりだったが、乃愛の状態が気になっていたので、話が早く済んで助かったかもしれない。
手にしたままのスマホを操作して、この件を相馬に連絡しておく。
ひとまず喫緊の懸念がなくなったので、一緒に休もうと火を消してテントに向かった。
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