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第一章

晩餐会②

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 首長がよく通る声で音頭を取ると、皆グラスに口をつけた。
 周りの動きを見て何となく倣うように乃愛も一口飲む。

 緊張のし過ぎで意識が朦朧の域に達しかけていた乃愛は、気になるワードが聞こえていたことも、魔道具で毒チェックする前だったことも、頭からすっぽり抜け落ちてしまっていた。

 酸味が強いけど香りが良くて美味しいジュースだなと、ふわふわの頭が感想を漏らす。それと同時に、グラスの横に簡易な鑑定結果が表示された。
【酒精六度。微量の睡眠薬成分を検出。健康への影響なし】

「…?」

 深く考える間もなく着座を勧められたので着席する。その時、驚きに目を見開いてこちらを向いている沙奈の顔が横目に見えた。
 流れるように後から皆が着席して料理が順にサーブされ始めたころ、左隣の席に座る沙奈が小さく声をかけてきた。

「本当に飲んじゃうなんて…体は大丈夫?さっき確認したら毒はなかったけど、これお酒だよ」

 それを聞いて先ほど表示された内容がやっと脳に届き、状況を理解して冷や汗をかく。
 咄嗟に周囲を見渡すが誰もこちらに意識が向いていない。問題なくスキルが使えたのか、沙奈の能力によるものだろう。

「あ…ご、ごめん…早速やっちゃった…あの、飲むと鑑定が出たんだけど、睡眠薬が入ってたみたい。でも健康に影響はないって」
「えっ。眠くはなってない?」
「う、うん…今はまだなんとも…」
「害のない薬は毒判定にならないんだ…それがわかっててギリギリを攻めてきたって感じかな」

 沙奈は眉根を寄せて呟くと、先ほど傾けていたグラスを手に取って舐める程度の量を口に含んだ。

「…なるほど。舌先で成分分析ができるわけね。摂取してからじゃ手遅れな気もするけど…少量なら、まぁ使えないこともないか」
「これって…やっぱりあの、門の外にいた怪しげな人の仕業かな」
「どうだろ…まだわからないけど、全く無関係ってことはないんじゃないかな。とりあえず予定通り魔道具を使って先に確認してから口に入れるようにしてね。鑑定の方が詳細がわかるから、念のため最初の一口はほんのちょっとだけにしてみて。一応グラスとカトラリーには毒検知の機能が付いてるっぽいけど、精度は手持ちの魔道具と大して変わらなさそう」
「…うん、わかった」

 よく見ればグラスを支えるプレートとカトラリーの柄尻の装飾が魔法陣になっている。〈鑑定〉をかけると、毒を検知すれば陣が発光するとあった。

 出だしで失敗してしまったこともあり、その後の食事は全神経を研ぎ澄ませることになった。混入物チェックに加え覚束ないテーブルマナーも意識しなければならない。
 せっかくの美味しそうな料理は余裕がなくてほとんど味わえそうになかった。順に食べた感じでは、きのこのキッシュ、ポタージュスープ、白身魚のムニエル、風だった。ここまでで特に問題は見受けられない。
 口直しのシャーベットが出てきたところで一息つけて、ふと周囲の様子が目に入った。

 全体的に落ち着いた雰囲気だが、静か過ぎることもなく、当たり障りのなさそうな会話を各々でしているようだ。沙奈も隣の人と何か話をしている。
 ひたすら黙々と食事だけをしていた乃愛はこれまで周囲の声が全く聞こえていなかった。何か話しかけられていて知らずに無視でもしてしまっていたらと、焦る気持ちで右隣の席の男性に目を向ければ、食事の手が止まったまま顔を真っ青にして俯いていた。
 やはり無視をしてしまって気分を害していたのかもしれないと慌てるも、それにしては今にも倒れてしまいそうなほど体を小さくしていて、あるいは体調でも悪いのかと心配になる。

 直接声をかけるべきか、誰か他の人に伝えて様子を見てもらうか、迷うように前の席を見ると、斜め右の席にいる女性の状態も同様だった。驚いて正面に座る首長に目を遣ると、特に気にした風もなく反対隣にいる夫人と談笑している。周囲にいる他の人たちも気にしている様子はない。こんなにもわかりやすく沈んでいる二人が向かい合っているのに、誰も気がついていないのだろうか。
 迷いに迷ったが、本当に体調が悪ければ大事なので、緊張で早まる動悸を抑えながら、思い切ってまずは隣の男性に声をかけることにした。

「っ…あ、ああの…き、気分が、優れません、か?」

 男性は俯いたままで、反応がない。乃愛の弱々しい声では届かなかったのかもしれない。

「あ、ぁ、あの…っ」

 声を張り上げる。乃愛の中ではそうなっている。

 男性の肩がピクと動き、頭を上げてゆっくりとこちらを向いた。ポカンと一瞬呆けた後、驚愕に満ちた表情で慄き始めた。

「…え?も、申し訳ありません!私にお声がけいただいてましたか…?」

 乃愛は思わず振り返った。そこには首を傾げてこちらを見ている沙奈がいた。
 もしかしなくても、これは乃愛に向けた反応なのだろうか。一体なぜ。

「ええっと…はい…顔色が、その…あまり良くないように、見えたので…大丈夫、ですか?」
「はい、大丈夫です!少し緊張してしまっていたようです。お恥ずかしい姿を晒してしまい失礼いたしました。ご挨拶が遅れましたが、私はイサイ=ナザロートと申します。神殿長を務めさせて頂いております。以後よしなにお願いいたします」
「あ…そ、それは良かった、です。わたしは、ノア、です…」

 緊張だけではない様子に見えたが、蚤の心臓の乃愛が言えたことでもなく、似たようなタイプの人なのかもしれないと思うと少し親近感が湧いた。
 ちなみに名乗る時に苗字を言わないのは、家名があると貴族相当の身分の者という認識をされると騎士のフォルガーから聞いていたためだ。最初はフルネームで名乗っていたので、魔族のザロフなどには既に知られているだろうが、庶民であることを敢えてアピールする意味合いがあるだけなのでそれは問題はない。魔族側の事情は人族の国と違うかもしれないが念のためだ。

「ノア様。食事は楽しんでいただけていますか」
「は、はい…」
「それはようございました」

 礼儀的な返答にニコッと笑顔で返されて戸惑う。実際は楽しむどころではないのが心苦しい。
 前にいる女性の様子を改めて確認すると、顔色は悪いまま貼り付けた笑顔を向けていた。同じように緊張しているのだろうか。年頃が乃愛と近いようにも見えるので、こう言った場は慣れていないのかもしれない。

 次の皿が運ばれてきて、会話に区切りがついた。羊肉風のステーキで、明らかに赤ワインだろうグラスも置かれているが、中身を確認するまでもなく経験のないお酒をここで飲むわけにはいかないので、飲み物は水だけ口にする。
 そろそろお腹が限界に近いと感じ始めたころ、次はシーザーサラダが出てきたので安堵した。フルコースのボリュームではなさそうだった。

 締めに近づくデザートのフルーツタルトとコーヒーが出てきた頃合いで、首長がにこにこと柔らかな雰囲気で話しかけてきた。

「ここでの料理はお口に合ったでしょうか」
「…はい。どれもとても美味しかったです。料理人の方々にもお伝えください」

 乃愛がもたもたと言い淀んでいると、沙奈が引き取って対応してくれた。礼を欠いてしまったことに少し心が沈む。

「お気に召していただけたようで何よりです。お好みなどを事前に聞きそびれていましたので、それを聞けば料理長も安心するでしょう。もし苦手なものがあるようでしたら遠慮なくお申し付けください。今後の参考にさせていただきます」

 沙奈からチラと視線を投げられたので、首を横に振って特にないことを伝える。

「お気遣いありがとうございます。今のところ思い当たりませんが、見知らぬ料理などがあればその都度質問させてください。あ、でもひとつだけ。私たちはお酒が飲めませんので、飲み物はそれ以外だと助かります」
「左様でございましたか。それは気づかず失礼をいたしました。酒精のないジュースも豊富にありますので、後ほど部屋まで運ばせましょう」

 首長は後方に目配せをすると、近くにいた給仕が礼をして去っていった。

「そういえば、街に出られてお買い物なさりたいとか。どのようなものをお求めされているのでしょう?」
「今後の旅に向けて食材や日用品などを買い揃えたくて。あとは単純にお店や街並みを見て回れたらと思っています。街の人たちの様子が見れるのも楽しみです」

 却って邪魔になるだろうと完全に会話を投げてしまった乃愛は、デザートであるタルトのフルーツの美味しさに小さく感動していた。甘みと酸味のバランスが絶妙で、他のものに例えようがない初めて食べる味だった。〈鑑定〉して果物名を覚えておく。もし街にあれば手に入れたい。
 それにしても沙奈は、案内される街に人がいないかも知れない懸念を暗に伝えているのだろうか。

 首長は嬉しそうに目を輝かせて、弾んだ声を上げた。

「それは、それは。我が国に興味を持っていただき光栄でございます。ご滞在の間に少しでも私共のことをお知りおきいただくことは、今後より良い関係を築くための足がかりとなりましょう。もしよろしければ他にも様々な場所をご案内させて頂ければと存じますが、如何でしょうか」

 乃愛はおまけでくっついて来ているだけなので否やはない。
 前のめり気味なその反応に沙奈は少し目を丸くしたが、すぐに目を細めて提案に応じた。

「それは願ってもないことです。ご迷惑でない範囲でお願いできれば嬉しいです。買い物については現物しか持ち合わせてないのですが、換金できる方法はありますか?」
「方法はもちろんございますが、賓客の方にご負担をいただくわけには参りません。その辺りは案内の者に対応させますのでご安心ください」
「いえ、完全に私的な物になるのでさすがにそれは…」

 遠慮の押し問答が少し続いたが、高額品に関しては友好の贈り物にしたいという申し出を受ける形でなんとか落とし所がついた。

「では早速、明日から数日予定を組みましょう。お二方にとって我が国の滞在が良いものになるよう尽力いたします」

 首長から乃愛にもにこりと笑顔を向けられて、どきりとする。どこか他人事になって聞いていたことを察されてしまったかのようでばつが悪くなる。

 その時、一方向から強烈な気配を感じて背筋がぞくりと震えた。絡みつくような悪意ある視線だ。
 動揺して目が泳いでいると、沙奈も気づいたのか怪訝そうに眉を顰めて末席の辺りに目を向けていた。そこにはどこか昏い瞳をした初老の男性が俯きがちにグラスを傾けていた。

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 名前: イーゴリ=シュミェツ
 年齢: 127
 性別: 男
 出身: 教育省事務次官<魔国<ピセス<KC3631-Qj82

 種族: 魔人
 天職: ノーブル
 魔法: 地属性、水属性、無属性
 能力: 地魔術、水魔術、並列処理、思考加速、社交力、盾
 才能: 魔力感知、聡明、伝授、矜持、誘引、護身

 魔力: 50
 気力: 50
 知力: 70
 視力: 30
 聴力: 30
 筋力: 40
 持久力: 40
 瞬発力: 30
 柔軟性: 40
 敏捷性: 30

 状態: 不眠
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