『元』魔法少女デガラシ

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四.最初の一手

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 翌日の月曜。早めに出社した俺は、会社の企業データバンクで『夢たこ』について調べてみたが……すげえな。この二年位で店舗百以上増やしてんじゃん。それにこの会社。レジ周りの機器取扱ってんの主にうちじゃん! いやツイてるというか、やはりデガラシにはなんらかの引きの強さがあるのかもしれない。取引があるという事は既にチャンネルがあるという事で、うちの『夢たこ』の担当者に話を聞くのが早そうだ。

 で、担当者は……うげっ、ストアシステム部の吉崎碧よしざきみどり!? 
 よりによってあいつかよ……吉崎は俺と同期入社なのだが、とにかく鼻っ柱が強い。女だてらにと言われるのが大っ嫌いな、男勝りで上昇志向の強い、俺の様な弱キャラには付き合いにくい相手だ。研修中もほとんど関わりがなかったと言うより、相手にされてなかったよな。それでいて大した美人でスタイルも良く、一説には専務と出来ているんではないかとの噂もある。まあ、あいつなら出世の為にはやりかねん。周りにそう思わせるような人物だ。
 だが、俺だっていつまでも新入社員じゃねえし、それなりに実績も積んできた(はずな)ので、とりあえず吉崎との会話を試みた。

「何の用かな。田中君」社内メールで、仕事の相談があると吉崎にメールをしたら、彼女が俺の所まで来てくれたので、社員食堂でコーヒーをおごりながら話を始めた。

「ああ、忙しいところごめん。今俺、店舗系のチェーンにコピー機入れられないか考えてて、うちの会社が持ってる商流を色々研究してたんだけど、吉崎さん。『夢たこ』担当だよね?」
「はあ? まあ、確かに『夢たこ』は私がメイン営業だけど……たこ焼き屋にコピー機売ってどうする気?」
「いや、コピー機は営業のとっかかりのきっかけでさ。PCでもサイネージでも……」
「そんなにうまくいくかな? 確かに『夢たこ』は急成長してるし伸びしろもあるけど、管理部門はそんなに大きくはないし、各店舗なんてそもそもそんなの置く場所すら怪しいじゃない。もっと別を探したら……時間の無駄だわ」
 スマホを見てそう言いながら離席しようとする吉崎をなんとか引きとどめる。

「だからさ。営業なんて数当たって砕けてナンボなんで、一度はチャレンジしたいんだよ」
「……まったく。なんでそんなに『夢たこ』にこだわるかな。もっと大型店舗系のチェーンもうちの顧客にはいるでしょうに。あー、もしかして田中君。あなた『夢たこ』じゃなくて、私とチャンネル作ろうとしてる?」
「はいっ?」うーむ。吉崎らしいというか自信満々というか、別にお前に気がある訳じゃ……そうは思ったが、いや。ここは勘違いでもいいから少しおだててみるか。
「あっ、判かっちゃった?」俺は不本意ではあったがそう言った。

「ふう。まったく男って、どいつもこいつも、何で私ばっかり気にかけるのかな。他にも女性はいるだろうに。でもまあいいわ。同期のよしみで一回だけチャンス作ってあげる。後でお返しちゃんとしてよね」
 あまりに高飛車な吉崎のもの言いに、正直かなりムッとはしたが、よし。これで何とかなりそうだぞデガラシ! そしてさらにプッシュする。

「あのさ吉崎さん。そのチャンスなんだけど……トップコール出来ないかな?」
「はあ? あなた何のぼせ上がってんのよ。いくら私の紹介でも、いきなり社長とは会えないわよ!」
「いや、営業たるもの。そうしたインパクトも大事かなって……ああでも、やっぱり吉崎さんでも、社長は遠い人なんだ……」
「失礼な。足利社長は大変懇意にしてくれているわ。歳が近い事もあるけど結構話もはずむし、いっしょに飲みに行ったのも二回や三回じゃないわよ!」
 それって、もしかしてお持ち帰りコミか……とはちょっと思ったが、口には出さず
「すごい! さすがは吉崎さんだ。営業の鑑だな。是非教えを乞いたいなー」と持ち上げた。

「くっ、仕方ないわね。特別に頼んでみてあげるけど田中君。この貸しは大きいからね。お返し、覚悟してなさい!」
「ああ、俺の給料で出来る範囲でお願いします」

 ◇◇◇

「すごーい田中。いきなりあしがるに会えるかも知れないんだ」
「まだわかんないけどな。でも最悪、あっちの会社の事務とか調達担当には挨拶が出来そうだし、そっから押しては見るけどな」
「ありがとー田中。やっぱ田中、今夜気持ち良くしてあげる!」
「いらねえって! そんで、デガラシの方はどうだったのよ。就職」
「ああ、何とかなりそうなコンビニがあったんだけど、住民票とかマイナンバーとか言われて……私のやつ、今どうなってんだろ?」
「そこからかよ! でも戸籍はあるんだろ? ちゃんと自分で役所行って調べて来いよな」
「うう。役所は苦手……」
「そんな事言うな。俺だって吉崎は苦手だったんだよ!」
「……わかった。くすん」

 ◇◇◇

 一週間ほどして、吉崎から足利社長のアポが取れたと連絡があった。とはいえ時間は十分程との事なので、あまり大仰なプレゼンも出来ない。もっともプレゼンは建前で実際はデガラシの件を打診するつもりなのだが、一応プレゼン資料は用意したし、一対一で会話出来ない可能性も考え、デガラシの件を書いた手紙も用意した。

 指定された日の夕方六時に、俺は新橋にある『夢たこ』の本社に足利社長を訪ねた。吉崎も来るのかと思ったのだが、別件の仕事で来られず、社長には俺一人で行くことを了解してもらっているらしい。まあ、好都合ではある。

 応接室に案内され座って待っていたら、足利社長が入ってきた。
 ああ、あのポスターのまんまだ。

「お待たせしました。私が『夢たこ』CEOの足利ルナです」
「御忙しい所大変恐縮です。田中良男と申します。吉崎碧とは同期入社です」
 名刺を交換しながら挨拶を交わし、社長に促され、俺はソファーに腰をおろす。

「それで、ご用件は?」
「はい、こちらに資料をまとめて参りましたのでこれをご参照頂きながら……」
「ああ。こんなのはいいわ。間に合ってます」
「えっ? ですが、訪問の趣旨は予め吉崎から説明させて頂いていたと存じますが……」
「ええ、伺ってます。でもね田中さん。私があなたと会おうと思ったのは、吉崎さんが今付き合っている彼氏があなただって言うから、一度顔を見てみたかったのよ。
 ただそれだけ。でももう結構よ。大した男前でもないし……ご苦労さん。もうお引き取り頂いて結構よ」

 その言葉にさすがの俺もカチンと来て、思わず爆発してしまった。

「……ふざけるな!! 何ですかそれ? いくら日ごろお世話になっている会社の社長さんとは言え、人を馬鹿にするにも程がある! それとも何ですか? 俺がもっと男前のいい男だったら、オトナの付き合いでもするつもりでしたか!? 吉崎はそういう風に俺を紹介をしたのでしょうか? まったく、往年の魔法少女が聞いて呆れる! これならまだデガラシの方がマシに思えるわ!」

「あなた……一体何を……」俺が想像以上にキレてびっくりしたのか、足利社長はかなり動揺していた。怒りの収まらない俺はさらに言葉を続ける。
「ああ。俺だって実はこんな商談どうだっていいんです! ほんとはマジノ・ダンケルクの件でお話ししたかったんだ。ですがいくらなんでもそんな言い方は……」
 そこまで言いかけて、部屋に飛び込んできた守衛さんに俺は取り押さえられた。

「社長! 大丈夫ですか? どうしますこいつ。警察呼びましょうか?」
「いいえ。警察沙汰にはしたくないわ。そのままお引き取りいただいて」
 そして俺は、守衛さんに会社の外に放り出された。

 くそ。痛ててて……しかし、すまんデガラシ。あんな言い方されてキレちまった。
 また別の作戦考えないといけないなー。
 だが、まだ腹の虫が収まらん。七時前だし、デガラシには悪いがせっかく新橋まで来てるんだ。一杯ひっかけて帰ろうか。

 そう考えながら飲み屋を物色していたらスマホが鳴動した。
 あちゃー、吉崎だ……なんて言おう。ええい俺も男だ。潔く詫びを入れよう。
「もしもし。吉崎さん? 済まない! 俺、足利社長怒らせた!」
「この馬鹿田中―!! 最初『夢たこ』の総務部長から話を聞いた時、立ち眩みがしたわよ! まったくあんたときたら……でもね。そのあと足利社長が私に直接連絡くれてね。田中の事を見くびって大変失礼をしたので、商談を仕切り直したいって……今どこ?」
「……ああ。まだ新橋。これから一杯ひっかけて帰ろうかと思ってた」
「それじゃ、今からMAP送るからその店に行って。そこで足利社長待ってるって」
「わかった」

 ほわー。首の皮一枚つながったか? 
 しかしこれで本来の目的を果たせるかもしれん。
 そう思いながら、俺は指定された築地の料亭に向かった。


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