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五.マジノ・ノルマンディ
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吉崎が指示した店ってこれだよな。いやこれ……すんごい高級料亭じゃね?
恐る恐る木戸をくぐって名乗ると奥の間に案内され、そこには足利社長が一人で座っていた。
「あ、あの。足利社長。先ほどは、大変無礼な物言いをしてしまい……」
「ああ田中さん。私の方こそごめんなさい。あの吉崎さんの彼氏がどれほどの器か見てみようとか思っちゃって、あなたを試すような物言いをしてしまいましたが、まさか、あんなにストレートに反応されるとは……ですから、お互いにさっきの無礼は水に流すという事でいかがでしょうか」
「はい。その方が有難いです。このままでは、私は吉崎に絞め殺される所でした」
「それで田中さん。あなた、吉崎さんとの関係はもう長いのですか?」
「はい? いいえそんな事はありません。
今回の社長との商談を相談する前に彼女と話したのは新人研修の時です」
「あらそうなの? 吉崎さんが自慢たらたらにあなたの事を言うから、てっきり深い仲なのだと思って……ちょっと嫉妬してしまいましたのよ」
「ああ……はやり百合方面……」あっ、しまった。口が滑った……
「……ふう。田中さん。さっきは私も動揺していてよく聞き取れなかったんですが……あなた普通の人が知らない私の何かをご存じなのかしら。ああ、安心して。ここは会社の応接と違って、会話は録音されていないわ」
ああ、そうか。それであそこではマジノの話に食いつかなかったのかな。
「あの……足利社長って、マジノ・ノルマンディさんなんですよね?」
「!! やはりその事なのですね。一体どこでそれを……」
俺は、デガラシがうちに転がり込んでからのいきさつを、足利社長に語った。
「……そう。ダンケが……何かが足りなくて悩んでいると」
「はい。それで無二の戦友だったノルマンディなら何かヒントが貰えるんではないかと……」
「何かが足りないか……そうね。心当たりが無くはないかも。ですが田中さん。それは多分、人に教えてもらって気付くものではないと思います。私がダンケに言う事は何もありません」
「あの……それって、デガラシ、いやダンケルクがノルマンディを振った事に関係あります?」
「ぷっ、デガラシって何よ……ああ、五十嵐かえでだから? まさに言い得て妙だわね。でも振られた事は関係ありませんよ。気持ちの整理はすぐについたし、もとより最初からイエスと言ってもらえるとは思っていなかったし……でもね。卒業にあたって私の本当の気持ちだけは彼女に知っておいてほしかったの」
「分かりました。デガラシにその様に伝えます」
「それじゃ、この話はこれで終わり。結構いいコース頼んじゃったから、いっしょに食べましょう」
「あ、はい。せっかくですから、食べながらでいいんで、私のプレゼンも気軽に聞いてもらえると……あと、そうだ。マジノ・アルデンヌさんって連絡取れますか?」
「あー、アルデンヌか。私も十年位会ってないわよ。たしかリベルテ卒業後の数年は年賀状のやり取りしてたけど……今どうしてるのかしら。自宅に帰ればその年賀状がまだあると思うから、後日メールしてあげる」
「有難うございます。それにしても……魔法少女って卒業するとそんなに疎遠になるものなんでしょうか……あ、すいません。生意気な事を」
「うーん。他のチームはどうなんだろう。でも多分どこも大差ないかな。なんて言うのかな。当事者じゃないと分からないと言うか……苦楽も生死も共にしたからこそ、卒業後はお互い距離を置きたいというか……うまく言えないわ。
さあ、ビールが温くなっちゃうわ。料理もたくさん出てくるし、どんどん食べて飲みましょう。大丈夫よ、あなた若いんだから遠慮しないで。それに万一あなたが酔いつぶれても、吉崎さんじゃないからお持ち帰りしたりしないわよ!」
「はは……年齢は社長とそんなには変わらないかと……」
……吉崎。やっぱりあいつ。お持ち帰りされてたんだ。
「それじゃ、遠慮なく戴きます!
あと、すいませんが、少しデガラシに料理持って帰ってやってもいいですか?」
「うん。それじゃあの子の分も別に用意してもらうね。あの子ね。練り物が好きなのよ」
さんざん飲み食いさせてもらって、築地から七郷までタクシーで送ってもらったが、アパートに着いたら日付が変わっていた。部屋に入ると、デガラシが……起きているハズもなく、グーグーと高いびきをかいていたが「あれ。何かいい匂いがする……」と、手土産の仕出しに敏感に反応して眼を覚ました。
「あー田中、お帰り。遅かったね。それでどうだった、あしがるは?」
「ああ。ちゃんと会えて、お前の話も出来たよ。それでごちそうになって、これがお前の分のお土産」
「あー、それもおいしそうだけど。ノルマ、何て言ってた?」
「振られた事は、最初から予感してたから全然根に持ってないって。でも、お前が足りないと感じているものに関しては、心あたりが有りそうだったんだけど、自分で探せと伝えてくれと言われた」
「あー、あいつらしいな。いっつもそうやって私に考えさせようとするんだよね。だけど私はどっちかというと脳筋だからわかんない。でもありがと田中。私が直接聞いても同じ答えだったと思うわ」
「それでどうする。どっかで一度会ってみるか? プライべートの連絡先は聞いてきたけど」
「そうだね。でも私自身が何らかの回答を手に入れてからにするよ。そうでないとまた、アホの脳筋呼ばわりされそうだし」
「そうか。それじゃ、アルデの連絡先も後日教えてくれるっていってたし、そっちを先にあたろうか?」
「そうだね。アルデ、私の事覚えてるかな……んー。このさつまあげ、最高!!」
そしてデガラシは、冷蔵庫から缶ビールを二本取り出し、俺に一本渡した。
「さ、田中。今日はご苦労さん! こんなにいいツマミもあるし……飲み直そう!」
「いや、俺明日仕事あるし……さんざん飲んでるし、もう寝たいんだが」
「だめー寝かせない。今日はなんだかうれしいんだ。朝まで付き合え。
先に寝たらエッチな事するぞー」
「もう……勘弁して……」
でもそうだよな。深い溝があると思ってたノルマンディとの間の距離が、ちょっと幅が広い位で大した事が無かったのが、デガラシにはうれしいのかもしれないな。
仕方ない。今少し付き合ってやるか……変な事されてもかなわんしな。
そして田中も、グイっと缶ビールを飲み干した。
恐る恐る木戸をくぐって名乗ると奥の間に案内され、そこには足利社長が一人で座っていた。
「あ、あの。足利社長。先ほどは、大変無礼な物言いをしてしまい……」
「ああ田中さん。私の方こそごめんなさい。あの吉崎さんの彼氏がどれほどの器か見てみようとか思っちゃって、あなたを試すような物言いをしてしまいましたが、まさか、あんなにストレートに反応されるとは……ですから、お互いにさっきの無礼は水に流すという事でいかがでしょうか」
「はい。その方が有難いです。このままでは、私は吉崎に絞め殺される所でした」
「それで田中さん。あなた、吉崎さんとの関係はもう長いのですか?」
「はい? いいえそんな事はありません。
今回の社長との商談を相談する前に彼女と話したのは新人研修の時です」
「あらそうなの? 吉崎さんが自慢たらたらにあなたの事を言うから、てっきり深い仲なのだと思って……ちょっと嫉妬してしまいましたのよ」
「ああ……はやり百合方面……」あっ、しまった。口が滑った……
「……ふう。田中さん。さっきは私も動揺していてよく聞き取れなかったんですが……あなた普通の人が知らない私の何かをご存じなのかしら。ああ、安心して。ここは会社の応接と違って、会話は録音されていないわ」
ああ、そうか。それであそこではマジノの話に食いつかなかったのかな。
「あの……足利社長って、マジノ・ノルマンディさんなんですよね?」
「!! やはりその事なのですね。一体どこでそれを……」
俺は、デガラシがうちに転がり込んでからのいきさつを、足利社長に語った。
「……そう。ダンケが……何かが足りなくて悩んでいると」
「はい。それで無二の戦友だったノルマンディなら何かヒントが貰えるんではないかと……」
「何かが足りないか……そうね。心当たりが無くはないかも。ですが田中さん。それは多分、人に教えてもらって気付くものではないと思います。私がダンケに言う事は何もありません」
「あの……それって、デガラシ、いやダンケルクがノルマンディを振った事に関係あります?」
「ぷっ、デガラシって何よ……ああ、五十嵐かえでだから? まさに言い得て妙だわね。でも振られた事は関係ありませんよ。気持ちの整理はすぐについたし、もとより最初からイエスと言ってもらえるとは思っていなかったし……でもね。卒業にあたって私の本当の気持ちだけは彼女に知っておいてほしかったの」
「分かりました。デガラシにその様に伝えます」
「それじゃ、この話はこれで終わり。結構いいコース頼んじゃったから、いっしょに食べましょう」
「あ、はい。せっかくですから、食べながらでいいんで、私のプレゼンも気軽に聞いてもらえると……あと、そうだ。マジノ・アルデンヌさんって連絡取れますか?」
「あー、アルデンヌか。私も十年位会ってないわよ。たしかリベルテ卒業後の数年は年賀状のやり取りしてたけど……今どうしてるのかしら。自宅に帰ればその年賀状がまだあると思うから、後日メールしてあげる」
「有難うございます。それにしても……魔法少女って卒業するとそんなに疎遠になるものなんでしょうか……あ、すいません。生意気な事を」
「うーん。他のチームはどうなんだろう。でも多分どこも大差ないかな。なんて言うのかな。当事者じゃないと分からないと言うか……苦楽も生死も共にしたからこそ、卒業後はお互い距離を置きたいというか……うまく言えないわ。
さあ、ビールが温くなっちゃうわ。料理もたくさん出てくるし、どんどん食べて飲みましょう。大丈夫よ、あなた若いんだから遠慮しないで。それに万一あなたが酔いつぶれても、吉崎さんじゃないからお持ち帰りしたりしないわよ!」
「はは……年齢は社長とそんなには変わらないかと……」
……吉崎。やっぱりあいつ。お持ち帰りされてたんだ。
「それじゃ、遠慮なく戴きます!
あと、すいませんが、少しデガラシに料理持って帰ってやってもいいですか?」
「うん。それじゃあの子の分も別に用意してもらうね。あの子ね。練り物が好きなのよ」
さんざん飲み食いさせてもらって、築地から七郷までタクシーで送ってもらったが、アパートに着いたら日付が変わっていた。部屋に入ると、デガラシが……起きているハズもなく、グーグーと高いびきをかいていたが「あれ。何かいい匂いがする……」と、手土産の仕出しに敏感に反応して眼を覚ました。
「あー田中、お帰り。遅かったね。それでどうだった、あしがるは?」
「ああ。ちゃんと会えて、お前の話も出来たよ。それでごちそうになって、これがお前の分のお土産」
「あー、それもおいしそうだけど。ノルマ、何て言ってた?」
「振られた事は、最初から予感してたから全然根に持ってないって。でも、お前が足りないと感じているものに関しては、心あたりが有りそうだったんだけど、自分で探せと伝えてくれと言われた」
「あー、あいつらしいな。いっつもそうやって私に考えさせようとするんだよね。だけど私はどっちかというと脳筋だからわかんない。でもありがと田中。私が直接聞いても同じ答えだったと思うわ」
「それでどうする。どっかで一度会ってみるか? プライべートの連絡先は聞いてきたけど」
「そうだね。でも私自身が何らかの回答を手に入れてからにするよ。そうでないとまた、アホの脳筋呼ばわりされそうだし」
「そうか。それじゃ、アルデの連絡先も後日教えてくれるっていってたし、そっちを先にあたろうか?」
「そうだね。アルデ、私の事覚えてるかな……んー。このさつまあげ、最高!!」
そしてデガラシは、冷蔵庫から缶ビールを二本取り出し、俺に一本渡した。
「さ、田中。今日はご苦労さん! こんなにいいツマミもあるし……飲み直そう!」
「いや、俺明日仕事あるし……さんざん飲んでるし、もう寝たいんだが」
「だめー寝かせない。今日はなんだかうれしいんだ。朝まで付き合え。
先に寝たらエッチな事するぞー」
「もう……勘弁して……」
でもそうだよな。深い溝があると思ってたノルマンディとの間の距離が、ちょっと幅が広い位で大した事が無かったのが、デガラシにはうれしいのかもしれないな。
仕方ない。今少し付き合ってやるか……変な事されてもかなわんしな。
そして田中も、グイっと缶ビールを飲み干した。
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