『元』魔法少女デガラシ

SoftCareer

文字の大きさ
7 / 20

七.坂出一輝

しおりを挟む
 それから数日後。アパートのポストにマジノ・アルデンヌから返事が来ていた。
 来たのだが……何これ。封筒、やけに分厚くね? 
 部屋に持って上がって、デガラシに渡した。

「なんかドキドキする。ラブレターの返事開ける時ってこんな感じなのかな?」などと言っているがまあ、そうかもしれんな。封書を開けてみると、おや? 中にもう一つ封筒が……?
「ありゃ。これ私がアルデに出した奴じゃん」

 確かにデガラシが銭湯に行く途中で投函した封書だ。宛先が間違っていた?
 いや、一度転送されているなこれ。多分、ノルマに教えてもらった住所から転居か何かしていて、そっちに転送されたのだろう。でもそこで宛先不明になったとか? いやそれなら、郵便局で宛先不明のハンコおして返してくれるはずだろ。

 それに、よく見ると開封されている。
 デガラシがそこから中身を取り出して開いた所……うわー、そういう事!
 デガラシが一生懸命書いた手紙なのだが、赤ペンで誤字脱字や改行、送り仮名などが事細かく添削されていた。

「あちゃー……これはまさしく、悪魔アルデの所業!!」デガラシが驚嘆した。
「すごいなこれ。マジノ・アルデンヌの添削とか……マニア垂涎すいぜんだな。
 とは言えこれじゃ、会ってくれるかどうかの返事になってないよな?」
「うーん。この修正が無くなるまで再提出とか? いやいや、さすがにそれは……あー、まだ奥に紙が入ってたー」そう言いながらデガラシが封筒から紙片を取り出した。

 そしてそこには「会いたくありません」とはっきり書かれていた。
 ああ、完全に拒否られた。心無しか、デガラシが涙ぐんでいる様にも見えた。

「それにしても……会いたくないなら、それだけ伝えればいいのに。こんな嫌がらせみたいな添削して……おれアルデのファンやめようかな」
 デガラシを励ます意味も込めてこう言ったのだが、デガラシが言い返してきた。
「田中はもともと私推しでしょ? アルデは昔からこういう奴なんだよ……ツンデレ。私の事を気にかけていないなら、こんな事はしないと思うよ」
「そうなのか。それじゃ、これがアルデなりの愛情の表現なのか」
「でも、会いたくないってのは本音だよね。あいつも何か闇抱えてんのかな?
 そうじゃなきゃこんな病んだ事……」

 うーん。あいかわらずこの距離間は分かりにくい。だが……そうか!
 このデガラシの出した封書ごと送り返してきたのって……

「デガラシ! ほらこのお前が出した封書。転送先が追記されてるじゃん! 
 アルデはこれも教えたかったんじゃねえの? 会いたくないって言ってながらさ。
 まったく、とんだツンデレだぜ」
「そうかな。でも……こうもハッキリ会いたくないって言われちゃうとね」

「そんならデガラシ。俺が偵察して来ようか?」
「えっ?」
「ノルマンディの時もそうだったけど、第三者を介した方が冷静に会話出来るってのもあると思うぜ」
「そうかな……でもそうかも知れないね。お願いしようかな。だけど無茶はしないでね」
「ああ、一応社会人なのではわきまえているつもりだ。とりあえず家の前まで行って見るけど、面会のチャンスがなさそうだったらさっさと退散してくるさ」

 ◇◇◇

 三日後。目黒で納品があり、その後ちょっと時間が空き場所も近かったので、例のアルデの住所を訪ねてみる事にした。行ってみて驚いたが、高級住宅街の一等地も一等地な街のど真ん中に、これまた巨大な邸宅がそびえていた。うひゃー、本当にお金持ちなんだな。
 とりあえずさりげなく玄関に近づいてみると、表札が出ていて姓だけが書かれているが、家族の名前などはない。

『坂出』か。あれ? 『宮越』じゃない? あーそっか。もしかして結婚してる?
それで昔の秘密に関わる連中とは会いたくないとかは有るかもな。
 家は広すぎて塀も高く、中の様子など全く分からない。
 どうしよう。この情報だけ持って帰るか?
 いや、せっかくここまで来た事だし、一発当たってみるか。
 俺は意を決して、門の脇にあったインターホンのベルを押した。

 ピンポーン

「はい。どちらさまでしょうか?」かなり年輩の女性の声だ。お手伝いさんかな?
「はい。私、この地区の営業担当をしております田中と申します。複合型コピー機をご紹介する為、この辺を回らせていただいております」
「あー、結構です。間に合ってます」
「そうおっしゃらずに是非。パンフレットだけでも……」

 そんな感じでインターフォン越しに食い下がっていたら「おい君」と、いきなり後ろから声をかけられ、振り向くと、大きな犬を連れた三十前後と思われる男性が立っていた。

「あっ、こんにちは」営業の習性で、初対面の人には必ず挨拶してしまう。
「君はどこのコピー機屋さんだい? 私の家にセールスに来るとはいい度胸じゃないか」
「はっ? ああ、こちらの家の御主人様でしたか。これは失礼いたしました」
 慌てて名刺を出して挨拶をし直す。
「それにしても大きな犬ですね。でも賢そうです。グレートデンでしたっけ?」
 将ではなくまず馬を褒めるのは営業の鉄則だ。
「ふむ。まだぺーぺーの新人さんという訳でもなさそうだ。
 やはり私にチャンネルを作ろうとして来たのかな?」
「あの、そう言う訳では……いや、さすがは社長。ご慧眼けいがん! 私は坂出様と顔見知りになりたくて参りました!」
 こうなりゃヤケだ。俺は口から出まかせで相手の言う事に合わせた。
「はは、やっぱりそうか。君くらいの中堅営業が、ただの飛び込みでこの坂出一輝さかいでいっきの家に来る訳ないもんな」
「いやー。はい。やはり社長には敵いません」
 口ではそう言ったものの、俺は内心、心臓が飛び出すんではないかというくらい驚いた。

 坂出一輝って……表札だけじゃ気が付かなかったが、俺みたいな木っ端営業でも知ってる、IT業界の寵児じゃん! もう雲の上の神様より偉いかも知れない人だ。
 そうだと思っちゃうと、神々しくて直視出来ないくらい眩しく感じる。
 すると通りの向こうから白いベンツがゆっくり近寄ってきて、窓が開いたと思ったら中から声が聞こえた。
「あなた。通りで立ち話はみっともないですよ」
 そしてベンツは、坂出の御屋敷の中に消えていった。

「ああ。妻に怒られてしまったな。だが今日はまだ時間があるし天気もいい。たまには若者と茶飲み話をするのもいいだろう。君! ちょっとうちに寄って、お茶位飲んでいきたまえ」

 えー、なんだこの超展開は……ノルマンディの時もそうだったが、やっぱデガラシは何か持ってるわ。それにしても、妻って言ってたけど……あれがアルデンヌ? 車内で彼女の様子はよく見えなかったけどな。

 さすがに家には上げてもらえなかったが、五月の心地良い日差しの中、庭にしつらえたベンチに座って、俺はコーヒーを頂戴しながら、坂出一輝と、とりとめも無い世間話をしていた。

「そうか。君もRINEが苦手なクチか」
「そうなんです。あの既読を強制される感じがなんとも嫌でして……」
「今は若者でもそんな人が増えてるらしいね。何かそれに代わる新しいサービスアプリのアイデアとかないかね?」
 そんな話をしていた所へ、深くサンバイザーを被った女性が歩み寄ってきた。
「あなた。そろそろ、お支度をしたされたほうが宜しくはなくって?」
「ああ、そうか。もうそんな時間か。田中君。君の話はなかなか面白かったよ。
 私は夜、会合があってその支度をするので失礼するが、まだコーヒーも菓子もたくさんあるから、よかったらゆっくりして行ってくれ。機会があったらまた会おう」
 そう言いながら坂出一輝は、母屋に戻っていった。

「田中さん……でよろしいのでしょうか。よろしければコーヒーのお代わりをお持ちしますので、ゆっくりして行って下さいね。あんまり早くお客様を帰すと、主人に叱られますので」
 うわっ、セレブってそんなものなのかな。でも、この人が妻ってことは……。

「あの突然失礼ですが……あなたは、マジノ・アルデンヌさん?」
 もう駆け引きなしで直球勝負だ。
 そう思って声をかけたが、一瞬、場の時間が止まった様に思えた。

「あ、あなたは一体……」
「すいません。別に驚かせるつもりじゃなくて、俺……私、マジノ・ダンケルクの知り合いなんです!」
「……それじゃ、あの手紙……」
「はい。私も一枚かんでます」

「今日はお話する事は何もありません! お帰り下さい!!」
 サンバイザーで顔はあんまり見えなかったが、かなり動揺している様ではあった。
「はい。突然変な事を申し上げて申し訳ありませんでした。
 ですが今日でなくても、いつかダンケとは会っていただけますか?」
「今は……ダメです。主人がまだ家におります……あなたの名刺、頂戴出来る?」
 そうか。ご主人の前でこの話自体がタブーなんだな。俺は自分の名刺を奥様に渡し、カップに残っていたコーヒーを一気飲みしてから坂出家を後にした。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...