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八.マジノ・アルデンヌ
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「えーーーーっ! アルデンヌに直接会ったぁ!?」
デガラシが口から胃が飛び出さんばかりに叫んだ。
「いやいや。でもよく会ってくれたわね。田中の事なんか知らないだろうに……」
確かにデガラシの言う事ももっともだな。
「ああ。やっぱデガラシは何か持ってんだよ。幸運が重なって、直接話が出来た。
それでな。結婚してた!」
「ほおー……まっ、世間的にも年齢的にも不思議でも何でもないか。でもそうか……結婚したんだ」一瞬、デガラシの顔が曇った様に見えた。
「ああ。しかも驚け。お相手はなんと、あの坂出一輝だぞ!」
「いっき? 誰それ?」
「何―。デガラシは坂出一輝知らねえのか……最初はIT通販だったかな。そっから身を起こして巨大IT企業のオーナーになった立志伝中の人物だ。三十前後なのにすごいよな。俺その人と茶飲み話までしてきたんだよ!
まあ、サボってたのがバレるんで、会社じゃ自慢出来ないけどさ」
「さかいで……いっき……いっきってどう書くの?」
「えっ? ほらこれ。数字の一に輝く……」俺は脇にあったチラシの裏に書いて見せた。
「あっ……」突然、気の抜けた様な声が聞こえたので、デガラシの顔を見たのだが……なんとその頬を涙が一筋伝っていた。
「おい。デガラシ。どうしたの?」
「あっ。ううん、何でもない。そんなすごい人とアルデが結婚してたと思ったら、ちょっと感極まっちゃった」
「はは。それでどうする? あの様子だと、旦那にバレなければ会ってくれそうな気もするぞ」
「そっか。でも、もういいや。アルデと会うのはあきらめるよ」
「えーどうしたんだよ。自分探しはいいのかよ?」
「うん。結婚して幸せになったアルデを、私の自分探しに巻き込みたくないよ」
「はあ。そっか。てっきり先を越されてじぇらしいとか……まあデガラシ自身の事だし、無理にとは言わないよ。でも、おっしいなー。もうちょっと踏み込んだら、ほんとに坂出一輝と商売出来たりしたかも……」
「はは……ごめんね田中。でも、そっか。結婚したんだ…………
ねえ、田中。私達も結婚しようか?」
「はいぃ!? 突然何言ってんの?」
「何よ! そんなに露骨に嫌がらなくてもいいじゃん! でもまあ、ウソ!! 冗談よ!! 言って見たかっただけ。だいたい私、バージン捨てる気ないし」
「はは……心臓に悪い」
そうは言ったものの、その後デガラシはずっと元気が無い。
こりゃ、アルデンヌに先を越されたのがよほどショックだったに違いない。
そう思って、俺もアルデの事には触れない様にして、次の自分探しの作戦をデガラシと相談したりしていたのだが、翌週、会社にアルデンヌからのメールが来た。
それには、今のダンケルクの様子を知りたいのだが、直接本人には会いたくないと書いてある。全く、一体こいつら何なんだよ。生死を共にした戦友じゃねえのかよ。
仕方なく、「ダンケルクは貴方が結婚したのを知って、ご迷惑にならない様、訪問はあきらめると言ってました」と返信した。
すると翌朝。またアルデンヌからメールが来て、俺でいいので会ってくれと書いてある。さすがにこれは勝手にOKは出来ないなと思い、デガラシにショートメールで確認したら「田中が会ってきて」と返事が来た。
ほんと魔法少女って、何でこんなに不器用なのかね!
二日後の夕方。おれはアルデンヌが指定してきた恵比寿のビヤホールに向かった。
「田中さん。御忙しい所をわざわざお越しいただき申し訳ありませんでした。屋外飲みには、ちょっとまだ時期が早いかもですが、ここのビールはおいしいですよ。好きなものをオーダーしていただいて構いませんので、ゆっくりなさって下さい」
先日、ご自宅で会った時とは違い、アルデンヌは気持ちに余裕がある様に感じられた。物腰も上品で柔らかで、まさにマジノ・アルデンヌと言えよう……というか、本物のほうがアニメより美人じゃね? それにまあ、三十近いオトナの人妻の色気がムンムンだ。デガラシ用に爪のアカ貰えないかな?
しかし、二人でビールを飲み始めたものの、何を話せばいいんだ?
こっちからいろいろ突っ込んで聞くのは違う様な気もするが……黒い半透けレースのパンティーしか履かないんですかと、危うく聞きそうになり慌てて口をふさいだ。
坂出氏の事も聞いてみたが、当たり障りのない答えしか貰えず、そんな感じであまり会話も弾まないまま、二人とも大ジョッキ三杯くらい開けた所で、アルデンヌが口を開いた。
「それで田中さん。ダンケは私の事を何と言っていましたか?」
「いや。メールの通りです。結婚されている貴方に自分探しを手伝わせたくない感じでした」
そして、メールには書ききれなかったデガラシとの今までの経緯をアルデンヌに話した。
「そう……ノルマの所にも行ったんだ」
「はい。ですが、それは自分で考えるものだって言われて……」
「そうよね。あの子はまだ何も分かっていないのね」
「あの子って……デガラシの事ですよね?
それに分かってないってどういう事でしょうか」
「デガラシ?」俺はあわててデガラシの名前の由来も説明した。
「ははは。ほんと今のあの子にはピッタリな呼び名ね。分かってないっていうのは……私達『元』魔法少女がどうあるべきかって事よ。デガラシ……は全く分かっていない……」
「あのー。俺もあなた達魔法少女の内情なんかは全く分かりませんので率直に伺います。デガラシはどうすればいいんでしょうか?」
その俺の問いに、アルデンヌはちょっと険しい顔をした。
「はあ……田中さん。人生の目標って、他人が決めるものなのですか?」
「あっ、いえ。そんな事は……」
「でしょ。だからノルマンディも言った通り、自分で探すしかないわ。
その足りないものとやらをね」
「そう……なんですか。でもあいつ馬鹿だから……何かそれを掴むきっかけ位は作ってやりたいんっすよ……」
「あらあら、優しいのね。ねえ、田中さん。
あなたとダンケ、いやデガラシちゃんはもう男女の間柄なのでしょ?
だったらあなたがあの子を貰ってくれればそれで解決かも知れないわよ」
「いえ。同居して二か月になりますが、そんな気配は全く……だいたいあいつはずっと処女でいるつもりの様ですし……」
「何ですって!!」
俺の言葉に、突然アルデンヌが驚いた様に立ち上がった。
「うわっ。どうされました? 何かお気に障る事でも?」俺、ヘタレだと思われた?
ビックリしている俺を前に、アルデンヌがゆっくり腰を掛け直して言った。
「驚かせてすいません。でも……あの子、まだそんな事を……ああ、ご免なさいね。
田中さんには関係ない話だわ」
ああ、とりあえず俺が怒られた訳ではなさそうだ。だが関係ないって言われても……何かデガラシの処女とめっちゃ関係ありそうだけど……ああでも、それも俺には関係ないか。
「それであの子は、私の夫が坂出一輝だと知っているのですよね?」
「はい。いっきってどう書くんだって聞かれたので、紙に書いてやりました」
「ああ……そうですか……そこまで分かっていて会いたくないとあの子が言っているのであれば、無理に会わない方がいいと私も思います」
「んー? よくは分かりませんが、そもそも深く詮索するつもりもありませんので、私もあいつにそう伝える事にします」
「それじゃ、今日はこの辺にしましょうか。田中さん。あなたに会えてよかったです」そう言いながらマジノ・アルデンヌこと坂出月代が席を立ったので、後について店を出た。
「あの……飲み代は?」
「ああ気にしないで。あそこは主人の会社の系列店で、話は通ってるから」
「はは、すいません。ごちそう様です」
そして下りのエスカレータに乗ろうとした際、酔いが回ったのかアルデンヌの足がもつれて、俺にしがみつく恰好になって、ほわーんと高級そうな香水の匂いが俺の鼻を刺激した。
「ああ、ごめんなさい。こんな所で転んだらケガしちゃうわね」そうは言いながらもまだ地面が回っているのか、アルデンヌは俺にしがみついたままだ。
すると「おや? 月代じゃないか?」と近くで声がしたのでそちらを見ると、向かい側の上りエスカレータに、坂出一輝が乗っていた。
えっ!? なんでここに坂出さんが? 見るとその後ろに派手な恰好のOL風美女が数名連なっている。ありゃ、これひょっとしてこれからあの店に飲みに行くところだった?
突然、夫が目の前に現れて、アルデンヌもフリーズしている様だ。
って、ヤバイじゃんこれ! 俺とアルデンヌ、どう見ても逢引き中じゃん!!
エスカレータが下に着いたけど、アルデンヌは自分で歩けないくらいフラフラになっている。酔っているのもあるだろうが、俺といたところを旦那に見られた事がショックなのは間違いなかろう。仕方がないのでそのまま抱え込んで支えていたら、坂出一輝が一人でエスカレータを降りてきた。取り巻きはそのまま上で待ってる様だが、まあ夫婦の修羅場だし、その方がいいだろう。
「君は……田中君だっけ? なぜこんなところで月代と……いや、ヤボな詮索はやめよう。いやいや君も大した営業マンだな。この間の訪問でまさか妻にコネを付けるとは……」
坂出一輝が、呆れた様な顔で、しかも怒っているのに冷静にそれを隠そうとしているのが見え見えな感じで話しかけてきた。
「あ、あの。坂出様! 俺……私は、別に奥さんとは何も……」
とりあえず言い訳をする。
「何が、何も……かね。いい加減妻の肩から手を離したらどうかね?」
「あー。でもこれ離しちゃうと、奥さん倒れちゃう!」
俺がオタオタしていると「社長――! まだですかー!?」と上の階から声が聞こえた。
「あー、先に店入ってていいぞー…………ふっ。四角四面の石部金吉かと思っていたが月代。お前もなかなか隅に置けないじゃないか。僕も安心したよ。まあたまにはゆっくり羽を伸ばすのもいいさ。あー田中君。すまないが今日の所は妻のわがままに付き合ってやってくれんかね。僕もこれから羽を伸ばす予定だし……ああ、今日は帰らないからね」
氷の様に冷たい顔と口調で坂出一輝がそう言って、再び上りエスカレータに乗った。
いやちょっと待て。これはまずいんじゃ……いくらセレブとはいえ、お互いが不倫の現行犯みたいに出くわしちゃって……これで夫婦が不仲になったら俺のせいか?
そんな俺の葛藤を見透かしたかの様に、アルデンヌが言った。
「大丈夫よ、田中さん。あの人の女遊びは今に始まった事じゃないから……」
「はあ……でも、まずかったですよね。俺と一緒の所を見られちゃって」
「……でも、まあいいわ。あの人公認だし……田中さん。
これから二人っきりになれる場所でお話しましょう」
「はい……って、えーーーーーーーーーーーーーっ!」
デガラシが口から胃が飛び出さんばかりに叫んだ。
「いやいや。でもよく会ってくれたわね。田中の事なんか知らないだろうに……」
確かにデガラシの言う事ももっともだな。
「ああ。やっぱデガラシは何か持ってんだよ。幸運が重なって、直接話が出来た。
それでな。結婚してた!」
「ほおー……まっ、世間的にも年齢的にも不思議でも何でもないか。でもそうか……結婚したんだ」一瞬、デガラシの顔が曇った様に見えた。
「ああ。しかも驚け。お相手はなんと、あの坂出一輝だぞ!」
「いっき? 誰それ?」
「何―。デガラシは坂出一輝知らねえのか……最初はIT通販だったかな。そっから身を起こして巨大IT企業のオーナーになった立志伝中の人物だ。三十前後なのにすごいよな。俺その人と茶飲み話までしてきたんだよ!
まあ、サボってたのがバレるんで、会社じゃ自慢出来ないけどさ」
「さかいで……いっき……いっきってどう書くの?」
「えっ? ほらこれ。数字の一に輝く……」俺は脇にあったチラシの裏に書いて見せた。
「あっ……」突然、気の抜けた様な声が聞こえたので、デガラシの顔を見たのだが……なんとその頬を涙が一筋伝っていた。
「おい。デガラシ。どうしたの?」
「あっ。ううん、何でもない。そんなすごい人とアルデが結婚してたと思ったら、ちょっと感極まっちゃった」
「はは。それでどうする? あの様子だと、旦那にバレなければ会ってくれそうな気もするぞ」
「そっか。でも、もういいや。アルデと会うのはあきらめるよ」
「えーどうしたんだよ。自分探しはいいのかよ?」
「うん。結婚して幸せになったアルデを、私の自分探しに巻き込みたくないよ」
「はあ。そっか。てっきり先を越されてじぇらしいとか……まあデガラシ自身の事だし、無理にとは言わないよ。でも、おっしいなー。もうちょっと踏み込んだら、ほんとに坂出一輝と商売出来たりしたかも……」
「はは……ごめんね田中。でも、そっか。結婚したんだ…………
ねえ、田中。私達も結婚しようか?」
「はいぃ!? 突然何言ってんの?」
「何よ! そんなに露骨に嫌がらなくてもいいじゃん! でもまあ、ウソ!! 冗談よ!! 言って見たかっただけ。だいたい私、バージン捨てる気ないし」
「はは……心臓に悪い」
そうは言ったものの、その後デガラシはずっと元気が無い。
こりゃ、アルデンヌに先を越されたのがよほどショックだったに違いない。
そう思って、俺もアルデの事には触れない様にして、次の自分探しの作戦をデガラシと相談したりしていたのだが、翌週、会社にアルデンヌからのメールが来た。
それには、今のダンケルクの様子を知りたいのだが、直接本人には会いたくないと書いてある。全く、一体こいつら何なんだよ。生死を共にした戦友じゃねえのかよ。
仕方なく、「ダンケルクは貴方が結婚したのを知って、ご迷惑にならない様、訪問はあきらめると言ってました」と返信した。
すると翌朝。またアルデンヌからメールが来て、俺でいいので会ってくれと書いてある。さすがにこれは勝手にOKは出来ないなと思い、デガラシにショートメールで確認したら「田中が会ってきて」と返事が来た。
ほんと魔法少女って、何でこんなに不器用なのかね!
二日後の夕方。おれはアルデンヌが指定してきた恵比寿のビヤホールに向かった。
「田中さん。御忙しい所をわざわざお越しいただき申し訳ありませんでした。屋外飲みには、ちょっとまだ時期が早いかもですが、ここのビールはおいしいですよ。好きなものをオーダーしていただいて構いませんので、ゆっくりなさって下さい」
先日、ご自宅で会った時とは違い、アルデンヌは気持ちに余裕がある様に感じられた。物腰も上品で柔らかで、まさにマジノ・アルデンヌと言えよう……というか、本物のほうがアニメより美人じゃね? それにまあ、三十近いオトナの人妻の色気がムンムンだ。デガラシ用に爪のアカ貰えないかな?
しかし、二人でビールを飲み始めたものの、何を話せばいいんだ?
こっちからいろいろ突っ込んで聞くのは違う様な気もするが……黒い半透けレースのパンティーしか履かないんですかと、危うく聞きそうになり慌てて口をふさいだ。
坂出氏の事も聞いてみたが、当たり障りのない答えしか貰えず、そんな感じであまり会話も弾まないまま、二人とも大ジョッキ三杯くらい開けた所で、アルデンヌが口を開いた。
「それで田中さん。ダンケは私の事を何と言っていましたか?」
「いや。メールの通りです。結婚されている貴方に自分探しを手伝わせたくない感じでした」
そして、メールには書ききれなかったデガラシとの今までの経緯をアルデンヌに話した。
「そう……ノルマの所にも行ったんだ」
「はい。ですが、それは自分で考えるものだって言われて……」
「そうよね。あの子はまだ何も分かっていないのね」
「あの子って……デガラシの事ですよね?
それに分かってないってどういう事でしょうか」
「デガラシ?」俺はあわててデガラシの名前の由来も説明した。
「ははは。ほんと今のあの子にはピッタリな呼び名ね。分かってないっていうのは……私達『元』魔法少女がどうあるべきかって事よ。デガラシ……は全く分かっていない……」
「あのー。俺もあなた達魔法少女の内情なんかは全く分かりませんので率直に伺います。デガラシはどうすればいいんでしょうか?」
その俺の問いに、アルデンヌはちょっと険しい顔をした。
「はあ……田中さん。人生の目標って、他人が決めるものなのですか?」
「あっ、いえ。そんな事は……」
「でしょ。だからノルマンディも言った通り、自分で探すしかないわ。
その足りないものとやらをね」
「そう……なんですか。でもあいつ馬鹿だから……何かそれを掴むきっかけ位は作ってやりたいんっすよ……」
「あらあら、優しいのね。ねえ、田中さん。
あなたとダンケ、いやデガラシちゃんはもう男女の間柄なのでしょ?
だったらあなたがあの子を貰ってくれればそれで解決かも知れないわよ」
「いえ。同居して二か月になりますが、そんな気配は全く……だいたいあいつはずっと処女でいるつもりの様ですし……」
「何ですって!!」
俺の言葉に、突然アルデンヌが驚いた様に立ち上がった。
「うわっ。どうされました? 何かお気に障る事でも?」俺、ヘタレだと思われた?
ビックリしている俺を前に、アルデンヌがゆっくり腰を掛け直して言った。
「驚かせてすいません。でも……あの子、まだそんな事を……ああ、ご免なさいね。
田中さんには関係ない話だわ」
ああ、とりあえず俺が怒られた訳ではなさそうだ。だが関係ないって言われても……何かデガラシの処女とめっちゃ関係ありそうだけど……ああでも、それも俺には関係ないか。
「それであの子は、私の夫が坂出一輝だと知っているのですよね?」
「はい。いっきってどう書くんだって聞かれたので、紙に書いてやりました」
「ああ……そうですか……そこまで分かっていて会いたくないとあの子が言っているのであれば、無理に会わない方がいいと私も思います」
「んー? よくは分かりませんが、そもそも深く詮索するつもりもありませんので、私もあいつにそう伝える事にします」
「それじゃ、今日はこの辺にしましょうか。田中さん。あなたに会えてよかったです」そう言いながらマジノ・アルデンヌこと坂出月代が席を立ったので、後について店を出た。
「あの……飲み代は?」
「ああ気にしないで。あそこは主人の会社の系列店で、話は通ってるから」
「はは、すいません。ごちそう様です」
そして下りのエスカレータに乗ろうとした際、酔いが回ったのかアルデンヌの足がもつれて、俺にしがみつく恰好になって、ほわーんと高級そうな香水の匂いが俺の鼻を刺激した。
「ああ、ごめんなさい。こんな所で転んだらケガしちゃうわね」そうは言いながらもまだ地面が回っているのか、アルデンヌは俺にしがみついたままだ。
すると「おや? 月代じゃないか?」と近くで声がしたのでそちらを見ると、向かい側の上りエスカレータに、坂出一輝が乗っていた。
えっ!? なんでここに坂出さんが? 見るとその後ろに派手な恰好のOL風美女が数名連なっている。ありゃ、これひょっとしてこれからあの店に飲みに行くところだった?
突然、夫が目の前に現れて、アルデンヌもフリーズしている様だ。
って、ヤバイじゃんこれ! 俺とアルデンヌ、どう見ても逢引き中じゃん!!
エスカレータが下に着いたけど、アルデンヌは自分で歩けないくらいフラフラになっている。酔っているのもあるだろうが、俺といたところを旦那に見られた事がショックなのは間違いなかろう。仕方がないのでそのまま抱え込んで支えていたら、坂出一輝が一人でエスカレータを降りてきた。取り巻きはそのまま上で待ってる様だが、まあ夫婦の修羅場だし、その方がいいだろう。
「君は……田中君だっけ? なぜこんなところで月代と……いや、ヤボな詮索はやめよう。いやいや君も大した営業マンだな。この間の訪問でまさか妻にコネを付けるとは……」
坂出一輝が、呆れた様な顔で、しかも怒っているのに冷静にそれを隠そうとしているのが見え見えな感じで話しかけてきた。
「あ、あの。坂出様! 俺……私は、別に奥さんとは何も……」
とりあえず言い訳をする。
「何が、何も……かね。いい加減妻の肩から手を離したらどうかね?」
「あー。でもこれ離しちゃうと、奥さん倒れちゃう!」
俺がオタオタしていると「社長――! まだですかー!?」と上の階から声が聞こえた。
「あー、先に店入ってていいぞー…………ふっ。四角四面の石部金吉かと思っていたが月代。お前もなかなか隅に置けないじゃないか。僕も安心したよ。まあたまにはゆっくり羽を伸ばすのもいいさ。あー田中君。すまないが今日の所は妻のわがままに付き合ってやってくれんかね。僕もこれから羽を伸ばす予定だし……ああ、今日は帰らないからね」
氷の様に冷たい顔と口調で坂出一輝がそう言って、再び上りエスカレータに乗った。
いやちょっと待て。これはまずいんじゃ……いくらセレブとはいえ、お互いが不倫の現行犯みたいに出くわしちゃって……これで夫婦が不仲になったら俺のせいか?
そんな俺の葛藤を見透かしたかの様に、アルデンヌが言った。
「大丈夫よ、田中さん。あの人の女遊びは今に始まった事じゃないから……」
「はあ……でも、まずかったですよね。俺と一緒の所を見られちゃって」
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